人間の感情を理解し表現する、コンピューターやデバイスの開発に関わる研究分野。教育、医療、自動車、エンターテインメントなど、様々なビジネス領域で応用が期待されている。2021年には5兆円市場になると予想される。
2017年の流行語大賞に選ばれた「忖度(そんたく)」。その意味は「他人の気持ちを推し量ること。推察」(大辞林)とある。人間が持つ、この特異な能力が備わったコンピューターロボットが出現する日は、そう遠くないかもしれない。
1997年にマサチューセッツ工科大学(以下MIT)のロザリンド・ピカード教授が唱えたアフェクティブコンピューティングは、人間の感情を理解し、時には自らが感情を表現するITシステムや、デバイスを開発する研究分野である。MIT内には専門のプロジェクトチームも存在し、心理学、神経科学、生理学、脳科学、社会学、言語学、コンピューターサイエンスなど幅広い領域と関わりがある。
我々は、相手の言葉だけではなく「声のトーン、表情、仕草、行動」といった非言語的なコミュニケーションや、「冷や汗」などの生体反応からその人の心理状態を推察する。アフェクティブコンピューティングはセンサーを通じてそれらの情報を感知し、蓄積したデータを解析して相手の感情を推論している。
MITが開発した学習支援ロボット「Tega」。同大学の研究スタッフが開発した感情解析AIが組み込まれた、見た目愛らしいこのロボットは、教わる側の感情を理解し、それに合わせて教え方を変える能力を持っている。勉強中の子供の表情やしぐさを感知し、その子供が飽きていると判断したら、「Tega」は気晴らしに一緒に遊んであげたり、問題が解けて喜んでいる子供の笑顔や声の調子を感知したら、共に喜んでいるしぐさを見せたりする。
こうして子供のやる気を引き出すのである。継続して使用すると、「Tega」自身が適切な教え方やコミュニケーションの取り方を学習していく。「Tega」に教わった子供は、ストレスが低減し、学習効果が高まったと報告されている。
個人の感情を考慮した学習支援機能は、様々な分野での活用が期待できる。例えば、将来のオリンピック正式種目候補の「イースポーツ」。視線の動向や瞬きの回数、レバーやボタンを操作する力とリズム、表情の変化や心拍数からプレーヤーの心理状態を測定する。それに応じてゲームの難易度を調整し、適当なタイミングでアドバイスする。こうした過程を通じて、プレーヤーの能力を引き上げられるかもしれない。
自社で開発した感情解析のAIプログラムを外部企業に提供し、その企業のサービスに使ってもらう事例も増えている。IBMの「Tone Analyzer」というサービスは、テキストマイニングの技術を拡張して、文章に表れるトーンや感情を分析するので、コールセンターやSNS分析を行う企業が活用している。スマートメディカル社の「Empath」は、発言の内容よりも、発言の仕方に注目する。声の大きさ、トーン、発声速度など、音声から抽出された様々な特徴を解析して、その人の喜怒哀楽や元気の度合いを測定する。最近では、スポーツ選手の精神状態を「Empath」で把握し、体調管理をサポートしている。
技術の進歩が著しい近年、センサーはますます高精度化・小型化し、機械学習を用いて画像認識や音声認識がなされている。誰かが開発しウェブ上に公開したAIプログラムを、他のユーザーや企業がAPIを経由して利用できるようにもなった。20年前に提唱されたことが、現実のものとなっている。
2016年に122億ドル(1.3兆円)だった感情コンピューターの市場規模は、2021年には540億ドル(5.9兆円)に達すると見られている※。
広告業界は、以前からクリエーティブ評価において脳波測定や視線計測を行ってきた。 今後、アフェクティブコンピューティングの技術や知見を応用した、新しい評価手法が開発されるかもしれない。
※1ドル110円で計算。
アサツー ディ・ケイ M&D事業統括本部 R&D局長
メーカー勤務を経て1999年アサツー ディ・ケイ入社。
主に研究開発部門に所属し、ブランディング手法の開発や、統計・機械学習手法を活用したマーケティングデータ解析などを担当。日本広告学会会員。日本消費者行動研究学会会員。2017年より現職。