農ブランディングとは、農家や産地のこだわりを、自己満足ではなく、戦略的に「見える化」し、消費者に伝えること。
同じ食材でも、価格には差がある。毎日スーパーで買う食品と、ギフトとして贈る食品では、価格に差があって当然だ。この価格差は、味やおいしさが生み出すのだろうか。自分が栽培した食材のおいしさは誰にも負けないと話す農家は多い。農家はきっと、味やおいしさが価格差を生み出すのだと信じているのかも知れない。一方、食べる側からするとどうか。例えば目隠しをして食べ比べをしたら、どちらがスーパーで買う食品で、どちらがギフトとして贈るような高級食材なのか言い当てられる人は多くないだろう。そもそも、味やおいしさの感じ方は、百人百様。同じ人でも体調によって変わるものだ。味やおいしさが生み出す価値は不安定でもある。そこで、食材の価値を安定化させ「農ブランディング」するためには、食べたらおいしいという評判をつくる必要がある。つまり、食材のおいしさとして「食べたら分かる」ではなく「食べる前から分かっている」とか「名前やブランド名を聞いたら、おいしさを感じる」となるような評判がおいしさの価値になるのだ。こうなるためには、おいしい理由であり、物語が必要となる。食べる人にとっては、食材の持つおいしさもさることながら、食卓を囲みながら、この物語を語り合うことで感じる、おいしさやありがたさもある。魅力的な物語を紡ぐには、「その主人公を何にするか」という視点が必要だ。物語の主人公は、食材そのものではなく、農家であることが肝心である。農家は、食材の味を語るのではなく、自分自身がこだわっていることを語ることで、おいしさの物語を伝えるのである。
一例として、農家が自分たちのこだわりから、物語を紡ごうとする取り組みを紹介したい。長野県小諸市で始まった、「KOMORO AGRI SHIFT」プロジェクトだ。「小諸の農を支えている多様な生命の営みは、土壌微生物から始まる」という気づきから、プロジェクトは始まった。プロジェクトでは、土壌微生物の多様性・活性値を測定し分析することで、土壌微生物で元気な土づくりを目指すことになった。小諸の元気な土づくりでは、土壌微生物にとっておいしい食事(堆肥)をつくり、心地いい住処(土壌環境)を整えることを推進している。小諸の農が生命のつながりを作ろうとしている取り組みである。2018年から、その年ごとに農家が目標とする土壌微生物の多様性・活性値を超えた作物を、「小諸の土」産(小諸のみやげ)として売り出していくことを計画している。まさに、元気な土で作られた作物を、小諸から食べる人に届ける、生命をつなぐ旅のお土産である。ちなみに、土壌微生物の多様性・活性値が一定の数値を示し、微生物のバランスが良い土で育った農産物は、糖度が高く、えぐみの元になる硝酸態窒素が少ないことが分かっている。
農家として、食材の物語をどう伝えていけばよいのか。農を取り巻く物語は、品種・歴史・最新技術などなど、事欠かない。しかし、この小諸の農ブランディングから、農家が生命とどう向き合っているのか、生命をどう捉えているのか、そのこだわりを食べる人に伝えようとすることが、いかに大切かを気付かされる。わたしたちが口に入れる食べものは命であり、土からできているものだ。そして、その生命のつながりを作っているのは農家である。「農ブランディング」が取り組むべきは、この生命のつながりを探し出すことにあるのではないだろうか。
電通 CDC 事業開発ディレクター
1998年電通入社。現在は、本社CDC Future Business Tech Teamに所属。事業開発アイディアを核に、ITからバイオテクノロジーまで、さまざまな先端技術を活用して社会的課題を解決する取り組みにチャレンジしている。