「ブロックチェーン・マーケティング」

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近年、管理主体を要することなく自律的に稼動し、データの改竄(ざん)耐性が強いシステムを実現可能とするブロックチェーンという技術に注目が集まっている。そして、マーケティング領域でも、このブロックチェーン技術を活用したサービス開発が、海外のスタートアップを中心に活発に行われている。ブロックチェーン・マーケティングサービスの現状を俯瞰(ふかん)して見ることで、今後のトレンドを読み解く。

 2008年、Satoshi Nakamotoと名乗る匿名の人物が「Bitcoin : A Peer-to-Peer Electric Cash System」という論文を発表してから10年。現在、論文で紹介されているブロックチェーンという技術は、金融・物流など幅広い領域のビジネスを変えようとしている。
そして、マーケティングの領域においても、海外を中心としたスタートアップが、ブロックチェーン技術を活用して、さまざまなサービスの開発に取り組んでいる。

 まずは、マーケティングのサービスレイヤーの大枠を模式化した下図で、それぞれのレイヤーでブロックチェーン・サービスを展開しているスタートアップが、そのサービスで実現しようとしている狙いと、今後それらのサービスが普及していくことで業界にもたらされるかもしれない変化の展望について考察したい。

① メディア
狙い: 記事を投稿したり広告を閲覧したりするなど、メディアに貢献する生活者にインセンティブを与えられるようにする。
展望: 生活者が、自ら作ったコンテンツや、広告の閲覧に要した時間に対して、報酬を求めるようになる。

② リアルタイムビディング
狙い: 広告費の支払いを、法定通貨できなく、仮想通貨で行えるようにする。
展望: 広告費の支払いがリアルタイムで行われて、成果がでない広告は瞬時に終了されるようになる。

③ データマネジメントプラットフォーム
狙い: マーケティングデータを直接渡すことなく、異なる企業どうしで共有して活用できるようにする。
展望: セキュリティが担保された環境での企業間のマーケティングデータの相互利用が活性化して、よりユーザーに合った広告が出されるようになる。

④ アナリティクス(分析)
狙い: 信頼度の高い広告効果データを提供できるようにする。
展望: 広告主に対する広告のROIに対する説明責任がより問われるようになる。

⑤ ヴェリフィケーション(検証)
狙い: 実際に生活者に届いていない不正なインプレッションや架空アカウントへの配信がなくなるようにする。
展望: 広告の取引内容の透明性を高め、コンプライアンスの弱いプレーヤーが排除されるようになる。

⑥ エージェンシー
狙い: メディア取引における、中間コストを減らせるようにする。
展望: マーケティング、クリエイティブ、データなど付加価値業務の幅が広がる。

⑦ プラットフォーマー
狙い: プラットフォーマーが保持しているデータやそこから得られる権利を、ユーザーにも一部還元できるようにする。
展望: プラットフォーマーの保持しているデータの一部が生活者でもコントロールできるようになる。

 上述の各レイヤーのサービスの狙いや展望から、これらのサービスが解決しようとしていることを纏めると、以下の3点に集約されると考えられる。

A:アカウンタビリティの向上
広告の効果やマーケティングデータのセキュリティなどの説明責任を果たす

B:コンプライアンスの強化
広告の配信実績や取引結果などの透明性を高める

C:収益の適正配分
企業が生活者データから得ていた権利の一部をユーザーに還元する

 これらはいずれも、現在顕在化しているマーケティング領域の課題を解決することを目指しており、2017年までのトレンドとしては、これらの解を模索するようなブロックチェーン・マーケティングサービスが多くみられた。

 しかし、2018年に入ってから、そのトレンドに少しずつではあるが、変化の兆しが表れてきている。ここ最近になって、ブロックチェーンという革新技術の特徴を最大限に活用した、既存の枠に捕らわれない新たな発想のマーケティングサービスが現れ始めてきているからだ。

 具体的な例としては、ブランド商品のトレーサビリティをブロックチェーン上に記録して、新品購入から始まり中古市場で点々と流通する高級ブランド商品の所有権を登録することで、その価値を保証する「Arianee」(アリアニー)というサービスがある。このサービスは一見すると、大手ITシステム会社が行っているブロックチェーンを活用したブランド企業の業務システムのように見えるが、実はこのトレーサビリティ×ブロックチェーンに、さらにマーケティング的な機能を掛け合わせる仕組みが取り込まれている。

 購入者からすると、このサービスは、自分の所有する商品の真偽を証明することで、中古販売する際に高値で転売できるようになるメリットがあるが、実はブランド企業側にも、このサービスを使う大きなメリットが提供されている。

 ブランド企業は、新品を購入する顧客にこそ店舗や企業サイトといったタッチポイントを設けてマーケティングをすることができているが、一旦自社の商品が中古市場にいくと、その所有者とは一切タッチポイントを持つことができず、結果マーケティングができない。しかし、中古で購入したユーザーが所有権を登録することで、このサービスのUIを通じて、ブランド企業は中古品顧客とのタッチポイントを持て、CRMを行うことができるようになる。これは、これまで難しかった中古品顧客とのCRMを可能とする新たなマーケティング手法であり、ブロックチェーンの特徴をうまく生かした、革新的なアイディアと言えよう。

 Arianeeは一つの例に過ぎないが、他にもマーケティング領域の既存の課題解決にとどまらない、新たなマーケティング手法を生み出すサービスが次々と生まれてきている。2019年はブロックチェーン・マーケティングサービスの変革の年になるだろうと考えている。

伊藤佑介(いとう・ゆうすけ)
伊藤 佑介氏

博報堂DYホールディングス マーケティング・テクノロジー・センター

2008年にシステムインテグレーション企業を退職後、博報堂にて営業としてデジタルマーケティングを担当。2013年からは博報堂DYホールディングスに出向し、マーケティング・テクノロジー・センターにて、デジタルマーケティング領域のシステムの開発~運用に従事。2016年から広告・マーケティング領域のブロックチェーン活用の研究に取り組み、2018年9月より博報堂ブロックチェーン・イニシアティブとして活動を開始。