顧客の課題解決を目的に商品が販売され、結果的に何を買うかを決める・商品を選ぶ・支払いする・補充するなど、店舗を介さず買い物のプロセス全てがオンラインで完結するEC(電子商取引)。
本や日用品のまとめ買いや健康食品など店舗で買うよりも、利便性が高いカテゴリー商品を買うチャネルとしての「EC1.0」、オンラインで注文し店頭で受け取るなど、デジタルとリアルを横断した買い物を支援する手段としての「EC2.0」と、これまでECはリアルな店舗の存在を前提に、生活者の買い物を補完する機能を進化させてきた。そしていま、店舗を介さずオンライン上で購買行動を完結するプラットフォームとなる「EC3.0」が登場しつつある。
欧米では、スタートアップ企業を中心にすでにこの動きが活発化している。例えばHarry'sは、「『Masculinity=男らしさ』の多様性を受け入れる」ことをスローガンに、ドイツの自社金属工場で生産するシンプル・高品質なひげそり・替え刃を、価格を抑えた定額料金で自宅に定期配送するサービスを展開している。オンライン完結のサブスクリプションモデルを採用することで、プロモーションや配架コストの圧縮で価格の安さを実現し、強いブランドビジョンをもとにひげそり以外のカテゴリーに領域を拡大するなど、継続的に繫がる顧客基盤を獲得している。さらに興味深いのが、顧客基盤をある程度構築したタイミングで大手の小売りと提携を行い、これまでカテゴリーシェアトップだった大手メーカーとのシェアを逆転した点だ。EC発のブランドが、小売りにおけるカテゴリー全体の売り上げの拡大にも寄与したという。
ここでは、ECは単なる「オンラインの売り場」ではなく、顧客の課題解決が志向されており、その結果、商品の販売・CRMおよびその顧客体験を通じてブランドが構築される、プラットフォームとして機能している点に注目したい。ブランドにとって、これまでは小売りの店舗が生活者との直接的な接点だったが、店舗を介さずともオンラインを通じて生活者と直接繫がり、顧客課題に応えるブランド体験を提供することで、強固なブランド構築が可能になっている。さらに、サブスクリプションはブランドとの継続的な関係性構築の手段となる。顧客の一次データも蓄積されていくことで、顧客理解の深化をもとにした商品改善や新たなカテゴリー展開に役立てることもできるだろう。
現状日本における買い物のEC比率は、依然として7%程度にとどまっており、ブランドのEC活用においてはスケールや、小売りとの兼ね合いが課題となることが多い。しかし例えば、エッジを立てた新商品をEC上でブランド育成し、ある程度育った段階でEC上での売り上げや顧客特性等の実績データをもとに、リアルの小売店舗に乗せていくといった、オンラインを起点にブランド構築・拡販をしていくマーケティング手法も考えられる。米国では大手CPG(消費財)メーカーが近年ECサービスに積極的に取り組んでおり、オンラインで購買行動が完結するEC3.0を、積極的にブランド管理に生かす戦略が伺える。日本でも嗜好(しこう)性の高いカテゴリーでCPGメーカーが自社ECでの販売をするケースがあるが、顧客の課題解決視点での商品提供や継続的な関係性構築の仕組みとして進化させていくなど、ブランド体験を強化していく余地はまだ大きい。
EC3.0は、これまではリアル店舗での購買を補完する役割を果たしてきたECが、ECで完結する・ECから広がっていく新たな購買行動をつくりだす。ECの役割を捉えなおしていくことで、ブランドにとっての新たなマーケティングチャンスが見えてきそうだ。
博報堂DYグループ デジタルロケーションメディア・ビジネスセンター/ 博報堂 データドリブン・マーケティング局 ストラテジックプラナー
2012年博報堂入社。以来マーケティングプラナーとしてコミュニケーション戦略の立案に従事し、現在は主に小売・CPGメーカー・通信会社等の企業が保有する顧客データや「生活者DMP」の活用によるマーケティングの高度化を支援。また、サイネージ・モバイル等の生活動線メディアを連携させ、都市の中で新たな情報体験の提供を可能にするメディアサービス・ビジネス開発を推進。