不便の益(benefit of inconvenience)のこと。不便の中の効用や豊かさに注目し、そこに積極的な価値を見出す考え方。これからの時代の企業のプロモーションや各種マーケティング活動への活用が期待される。
例えば、遠足のとき、子どもにとって学校の「おやつは300円まで」という決まりは、「不便」な制限ではありますが、そのためにどうしたら満足する取り合わせになるかを一所懸命自分で考えて決めようとするといった効用ももたらします。この不便な制限があったからこそ、自分で工夫して決められる達成感・自己肯定感という価値が見出せます。これが不便益の考え方です。
また、最近の新型コロナウイルス感染拡大で”STAY HOME”が世界的な合い言葉になる中、コロナに疲れた人たちの“癒やし”として大ヒットするゲームソフトも生まれています。例えば現実世界と同じタイムラインで展開するので非常にスローモーで「不便」なゲームがあります。でも、だからこそ夜に店が閉まっても、ゲームの中で欲しいものを友達と交換したり、手紙を書いたりなど、人と一緒に遊べばその不便さも楽しさという魅力のひとつになる、という“効用”もあります。
この考え方は、効率化や合理化が一段と進み、何でも掌のスマホで完結できてしまう今の時代に、企業のマーケティング施策(企業施策)にも有効になると思われます。というのは、業種を問わず企業施策の改善で効率化、合理化が進めば進むほど、そうした施策はかえって生活者にエンゲージされなくなっているからです。
そこで、不便だからこその効用を示すこの「不便益」という考え方を企業施策の立案に応用する研究を、「不便益」の提唱者である京都大学特定教授・京都先端科学大学教授の川上浩司先生と共同で開始しました。博報堂で長年記録・分析してきた過去の企業施策から、厳密には不便益には該当し難いものも含めて、その性質が見られる100を超える企業施策を材料に分析を進めています。
不便益を考えるとき、大事なチェックポイントは、
- 益は、その不便があるからこそですか?(他の方法があれば不便益ではない)
- 益も不便も、あなたのものですか?(益が本人に帰ってこなければ不便益ではない)
- 益は、そのマンマじゃないですね?(何かをすれば何かが得られるのは当たり前で不便益ではない)
川上先生はもともと著書の中で、益を生みやすい12の不便と、不便から得られる8の益を紹介されています(図1)。特に企業のマーケティング施策の事例に照らして共同で再吟味したところ、益を生む手段としての7つの不便と、不便から得られる情緒的な7つの益があることがわかりました。(図2)
例えば、
- 直前まで行き先がどこになるかわからない旅をオファーされる施策は、行き先がわからない(無秩序にせよ)からこそ、ワクワクして待てる(楽しい)
- そこに行くための情報は詳しく提供されるが目的の絶景は紹介しないという施策は、行かないとわからない(情報量を減らせ)からこそ、自分の目で見た絶景がかけがえのないものになる(俺だけ感がある)
- 雑談など交えた後でbotがアドバイスやお勧めの商品を紹介してくれる施策は、雑談で自分の話をいろいろさせられる(操作量を多くせよ)からこそ、自分を理解してもらえて的確なアドバイスやお勧めの商品を教えてくれる(ワタシに合う)
こうした考え方は、発想法として企業施策の立案に活用することができます。施策を便利か不便か、益か害かに分解すると、「便利益」「便利害」「不便益」「不便害」の4つに分けられます。
- 「便利・益」手間暇をかけないで得られる益
- 「便利・害」手間暇をかけられないことによる害
- 「不便・益」手間暇をかけるからこそ得られる益
- 「不便・害」手間暇をかけているのに被る害
これまでは、とにかく手間をかけないで益を得られる「便利益」にもっていくことに汲々としていましたが、これからは「不便益」というもうひとつの益も別解として成立するのではないでしょうか。不便益の考え方は、企業のプロモーションや各種マーケティング活動に今後大いに役立つと考えています。
博報堂 研究開発局 上席研究員
1989年博報堂入社。事業局を経て、2002年より研究開発局。主な担当領域は、顧客リレーション/UXを中心とした企業施策、トレード(流通)マーケティング。