「SFプロトタイピング」

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SF(サイエンスフィクション、Sci-Fi)をベースに未来のシナリオを構築して、そこから逆算(バックキャスト)していま何をすべきかを導き出す手法。未来の不確実性が増大している現在、従来の未来予測とは異なるアプローチとして注目されている。特定の未来を予言することよりも、SF的な未来予測シナリオを通じて、現在の我々がどんな未来を目指すべきかという考察を得ることに主眼が置かれている。

不確実な未来を考える手法「SFプロトタイピング」

 SFプロトタイピングとは「SFを通じた未来予測を行い、未来に向けたビジョンを探究する手法」である。急激に進化する科学技術が未来に及ぼす未知の影響、予期せぬ結末、全く新しい可能性などを考察する目的で作られたメソッドであり、特定分野における未来予測シナリオからインスピレーションを得て現在に活(い)かすことを得意としている。このプロセスを通じて企業やブランドは、いま何をすべきかの戦略、どんな未来を目指すべきかのビジョン策定などへのヒントを得ることができる。

 この手法は、インテルのフューチャリスト(未来研究者)であるブライアン・デビッド・ジョンソン氏によって2010年頃に導入されたメソッドとして有名だ。彼のインテルでの役割は「SFを使った10年後の未来予測」であり、現実の科学技術をベースに未来を描いた小説や映画、コミックなどの物語を創造するクリエーティブな手法を使っている。SFをベースに行った未来予測から、インテルという企業の未来のポジショニングを探ることで「未来に対して実行可能なビジョンをつくる」ことがゴールだ。

 ポイントは、現実の科学技術をベースとしながら、虚構であるSFの発想で未来シナリオを予測する点だ。SFだからといってワープ技術や宇宙船などの荒唐無稽なモチーフが突然登場する訳ではない。一方で、現在の科学技術の延長線上で未来予測を行う「フォアキャスト」の手法とも異なっている。現実と虚構の両側面を加味した未来予測を行うことで、科学技術が未来に及ぼすインパクトを占う点が、従来の未来予測手法とは異なる点だ。ジョンソン氏によると、SFプロトタイピングの手法は次の5ステップにまとめられる。

Step1 科学を選び、世界観を作る (科学技術の選択)
Step2 科学の変化点 (科学技術の変化予測)
Step3 科学が人々に及ぼす影響 (2による影響)
Step4 人間の変化点 (人間の変化予測)
Step5 何が学べるのか (4による影響)
▲SFプロトタイピングでは、5つのステップ(上図の黒いBOX)を軸としてSF的視点でナラティブなプロセスで考察を加えながら、未来のストーリーを構築していく。

 大まかにSFプロトタイピングは「特定技術と市場」における「科学技術の進化とその影響」を予測して「人間の変化とその影響」について考察を得るメソッドだと言える。またその過程で、現実の延長線上にある1つの未来だけでなく、SF的な自由な発想に基づいた複数の未来シナリオの可能性を考察することで、従来の未来予測とは異なる視点を得られることも特長だ。

SF的な未来のインスピレーションを、現在の課題解決に活かす

 SFプロトタイピングに限らず、SF作品にインスパイアされた技術・社名・製品名は現実に数多く存在する。例えば、アイザック・アシモフのSF⼩説『われはロボット(I,Robot)』とアイロボット社、SF映画『ターミネーター』とサイバーダイン社などの社名もその⼀例だ。また同じくアシモフの「ロボット三原則」やSF映画『2001年宇宙の旅』に登場する人工知能「HAL9000」などは、AIの未来や倫理問題を語る文脈でよく引用され、例えばHAI(ヒューマンエージェントインタラクション)などの人間とAIエージェントとの関係性を模索する学問分野にも大きな影響を与えている。

 このようにSF的モチーフを通じて得たインスピレーションは現実世界に一般的に存在するが、それを企業のビジョン策定やブランディングに活かすプロセスを汎用化したメソッドが、SFプロトタイピングであるとも言える。

 ここ数年「VUCA」という単語をよく聞くようになった。VUCAとは、ビジネス環境の変化が速く先の予測が困難な現在の社会を表した言葉で「Volatility(変動性)/Uncertainty(不確実性)/Complexity(複雑性)/Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を示している。特にコロナ禍により世界が一変した現在では、不確実性が増大しており、未来予測はより困難になりつつある。そのような状況の中でブラックスワンの到来にどう備えるべきか、その示唆を得る手法のひとつとしてSFプロトタイピングが注目されている。※事前にほとんど予想できず、起きたときの衝撃が大きい事象

 たとえばスウェーデンの「Radical Ocean Futures」プロジェクトでは、気候変動により危機に瀕(ひん)した海洋環境問題に、SFプロトタイピングを活用したシナリオ、アートワーク、音楽を通じて取り組んでいる。海洋自然資源の利用における現状と、新たに起こり始めた環境問題、技術革新、社会醸成、経済動向など踏まえて未来の海洋の危機を考える手法として、SFプロトタイピングが活用されている。さまざまな科学論文を吟味し、それらを元にSFの未来シナリオを複数書いて、コンセプチュアル・アーティストにビジュアル化を依頼した。この未来シナリオは4通りの「急進的な未来の海」像としてビジュアル化された。これらはフィクションだが、科学的根拠に基づいた未来シナリオであるため、現在の海洋環境問題について得られる考察は多い。

▲「Radical Ocean Futures」では、海洋問題に関するSFプロトタイピングを行い、X軸に「生態学的」観点、Y軸に「社会的寄与」観点を用いて、未来の海洋に関する4つのシナリオを模索している。

 アメリカではSFプロトタイピングを専門に扱う「SciFutures」というコンサルティング企業が、VISA、Intel、FOXチャンネル、フォード、ペプシコなどの企業のプロジェクトを進めた実績がある。フランスのDIA(国防総省情報局)では、将来どのテクノロジーが必要になり、リスクがあるかを予測するためSF作家のチームを組んでいる。日本においても、ロフトワーク社が「SFプロトタイピング」のワークショップを実施したり、日本版『WIRED』誌とクリエイティブ集団Partyが共同で「Sci-Fiプロトタイピング研究所」を設立したりするなど、クリエーティブ業界でも注目され始めている。

不確実な未来に向けたビジョン構築・ブランディングへの応用

 この手法は、どのような未来が到来したとしても対応できるような「現在のあり方」を規定できるため、不確実な現代社会にマッチしていると言える。欧米ではすでにSFプロトタイピングは企業の広告・マーケティングにも応用され始めており、日本での注目も高まっている。これからの企業のマーケティング担当者は、従来の手法によるビジョン構築・ブランディング手法だけでなく、不確実な未来に対応したSFプロトタイピングのような手法を駆使して、新たなマーケティング戦略を模索することが求められるだろう。

<参考文献・引用文献>
小塚仁篤(こづか・よしひろ)
小塚仁篤氏

ADKクリエイティブ・ワン SCHEMA クリエイティブ・テクノロジスト

2009年ADK入社。デジタル領域の企画開発を経て、2013年よりプランナー・テクノロジスト。統合型コミュニケーションをはじめ、AR・IoT・AI・ロボットなどのテクノロジーを活用したプロダクト開発・サービス開発などを手がける。