「ナラティブ」

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一人ひとりが主体となって語る”物語”のこと。ブランドの物語を提示する「ストーリー」型マーケティングに対し、ブランド体験を通じてユーザーそれぞれが物語を紡ぎ出せる状態をつくることを「ナラティブ」と区別する。ブランドパーパスやコンテキストデザインなどを起点に、ブランドに触れたユーザーが主人公としてアクションを起こして物語に参加し、その体験を人々がSNSなどで口にする状態のこと。

ナラティブとは、ブランド体験がユーザー自身の物語として語られている状態

 ナラティブとは、ブランド体験のプロセスで形作られる体験者自身の物語のこと。辞書的には「物語」「語ること」を意味する英語だが、マーケティング領域では、ストーリーテリングのように完成した物語を語る状態と比べて、一人ひとりが主体となってより自由にそれぞれの物語を語れる状態を指す場合が多い。従来のストーリー型マーケティングと対比して、ナラティブ型マーケティングと言われることもある。

 ゲーム業界には、ナラティブデザイナー(物語デザイナー)という職種が存在する。2006年にスティーブン・ダインハート氏により定義された職種と言われており、ストーリーを構築するシナリオライターとは区別される。ストーリーには始まり・中盤・終わりがある一本道の物語を指しているのに対し、ナラティブは時系列が設定されておらず自分の経験や出来事を通じて体験する意外性と偶発性があるストーリーを指す。たとえば『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』などのオープンワールドゲームやRPGのように、クリアに必要な複数のアイテムをどの順番で手に入れても構わないような作品がそれに当たる。ナラティブデザイナーは、どの順路でゲームを体験してもストーリーの質を維持する役割を担うそうだ。

ライブコマースの買い方▲リニア(直線的)なストーリーに対し、複線的なゲームの物語はナラティブデザイナーによって構築される。
(出典:Interactive Storytelling in Games: Next Steps, 2014)

 近年SNSの普及などに伴い、マーケティング領域でも同様に、ユーザーがどのような接点でブランドを体験しても、それぞれが主体的に質の高い体験を維持できるような状況や構造を作り出すことが重要になってきている。ストーリーは企業やブランドが「語る」ものだが、ナラティブはユーザーに「語られる」ものであり、ユーザーの行動により異なる物語が生まれる状態とも言える。

SNS全盛時代に、パーパスを起点としてナラティブな状態をつくる重要性

 ナラティブが注目される背景には、ネットの情報爆発とSNSの普及があると言われる。PCやスマホでネットに常時アクセスできる現代では、ユーザーが接触する情報量が増え、ブランドが一方的に発信するストーリーは効果的に機能しなくなりつつある。またSNSが普及してユーザーひとり一人が自分の体験をストーリーとして発信できるようになり、情報の氾濫に拍車がかかった。その結果、どの情報が事実でどれが虚構なのか見えにくくなり、フェイクニュースが氾濫する時代になった。ブランドが発信するストーリーも、SNSの多様なコンテキストで解釈や誤読をされることで、思わぬ炎上を招いたり真偽不明の風評が流れやすい状態になった。

 これに対応するキーワードのひとつが「パーパス」だ。モノや情報が氾濫する現代においてユーザーはブランドの存在意義を吟味するようになり、「なぜ、そのブランドが存在しているのか」というパーパスの重要性が増した。自分が何を買うのかという消費行動によってスタンスを表明し、社会の変革を求めて声をあげていくミレニアル世代が増したことで、パーパスのあるブランドが共感を生み、共感したユーザーが自分のコンテキストにブランド体験を取り入れ、自らの物語(ナラティブ)としてSNSで発信するという流れができつつある。

ライブコマースの買い方▲パタゴニアは大統領選の前に「VOTE THE ASSHOLES OUT」というタグを付けた製品を世に送り出した。

 たとえば、パタゴニアは米国大統領選が迫る2020年9月頃に「VOTE THE ASSHOLES OUT(投票してアイツを叩き出せ)」と裏地に書かれたタグが刺繍された製品をゲリラ的に世に送り出し、SNS上に画像が拡散された。これは創業者イヴォン・シュイナード氏の「故郷である地球を救うためにビジネスを営む」というパーパスに基づく行動だ。これには賛否あったはずだが、共感するユーザーが製品を身に着けたりSNSで情報を発信する過程で、ブランドはより強固になっただろう。ブランドがパーパスに基づいた行動を行い、社会的コンテクスト(文脈)を付与することで、そこに意義を見出したユーザーの共感や行動を促し、ナラティブな状態をつくりあげたとも言える。

ユーザーとともに物語を作り上げるナラティブ型マーケティングの可能性

 ナラティブの特長として、まだ完結していない現在進行系の物語という側面がある。ブランドが完結した物語を語るストーリーと異なり、ナラティブは物語の結果は定まっておらず、これから決定される。つまり、ブランド体験を経たユーザーそれぞれがアクションを起こすことで、ユーザー自身の物語となって各人のブランド体験として結末を迎える。先のパタゴニアの事例では、パーパスに基づいたブランドの発信に対して、共鳴したユーザー自身が製品を身につけたりSNSに投稿することで、パーソナルなブランド体験が完結する状態といえる。

 その視点で別の事例を紐解こう。オリィ研究所は、創業者の吉藤オリィ氏が引きこもりだった経験から「孤独の解消」というパーパスを掲げて、遠隔操作できる分身ロボット「OriHime」などを開発している。筆者も携わった同社の「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」は、障害者の方が遠隔地から分身ロボットで接客してくれるカフェだ。この施策では「寝たきりの、先へ行く。」というコンセプトを2019年に掲げ、人は誰でも長い人生で寝たきりになって孤独になり得るという視点で、将来寝たきりになり得るすべての人の孤独を解消するための社会実験としてカフェを位置づけた。

ライブコマースの買い方▲期間限定の「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」では、パーパスに基づくコンセプトを掲げたことでナラティブな状態が自然と発生した。(2019年)

 このようなパーパスに基づくクリエイティブを発信することで、カフェ来店者や乗車して操作する障害者だけでなく、障害者雇用を検討する企業人から政治家までさまざまな人がSNSで共感や賛同を表明して、多くの支援が集まった。さまざまな接点で施策に触れたユーザーが、障害者雇用支援や孤独の解消、コロナ禍におけるコミュニケーションの拡張などの異なるナラティブでカフェを解釈して、SNSで発信したのだ。これはある種ナラティブな状態であり、この施策を応援する声は現在進行系で増え続けている。そして、ユーザーの支援によってブランドやプロジェクトも進化していき、その結果、2年後の2021年に期間限定だった分身ロボットカフェ DAWNの常設化への道筋ができあがりつつある。

ライブコマースの買い方▲ユーザーとともに物語を紡ぐナラティブな状態が、期間限定だった「分身ロボットカフェDAWN」の常設化を後押しした。(2021年4月7日現在)

企業とユーザーがナラティブで繋がることで、ブランドが発展していく

 ユーザーとともにブランドの物語を作り上げ、ブランドとユーザーが一緒に進化していく。このような状態が、ナラティブ型マーケティングの持つ大きな可能性と言えるだろう。SNSの浸透によりブランド発信のストーリーが届きにくくなり、あるいは誤読されやすくなった現代。企業のマーケターにとって、この「ナラティブ」という言葉は次の時代の指針になるマーケティングキーワードになるだろう。

<参考文献・引用文献>
小塚仁篤(こづか・よしひろ)

ADKクリエイティブ・ワン/SCHEMA クリエイティブ・ディレクター/クリエイティブ・テクノロジスト

小塚仁篤氏

2009年ADK入社。デジタルやテクノロジー分野での経験を武器に、未来志向のクリエイティブ開発を得意とする。最近の仕事に、障害者の社会参画をテーマにした「分身ロボットカフェDAWN」、ブラックホール理論が導く”役に立たない未来のプロトタイプ"を空想した「Black Hole Recorder」など。D&AD、SPIKES ASIA、ADFEST、ACC、メディア芸術祭、ほか受賞歴多数。クリエイター・オブ・ザ・イヤー2020メダリスト。