「Hype」

Keyword

Hypeは、元々は「誇大宣伝」といったネガティブな意味合いで使われていたが、SNSがトレンドを形成するようになったことを背景に、近年ではラグジュアリーファッションの領域を中心に「旬で流行(はや)っている、熱狂的に受け入れられている」といった肯定的なニュアンスを伴うものに変化している。

Hype=ラグジュアリーでカッコイイ?

 Hypeという言葉の辞書的な定義は「誇大宣伝」「過剰広告」といったもので、これまではネガティブに使われることが多かった。
 実際、20年ほど前(筆者が10代の頃)は、レーベルの息がかかった新進のミュージシャンが売れ始めると、批評系の雑誌が「これはHypeだ」と否定的に論じていたのを思い出す。本質を伴わないもの、見た目や評判ばかりが良くて中身がないものというニュアンスが常につきまとっていた。
 無論、過剰に持ち上げて、そして徐々にメディアが取り上げなくなり、人々は次のHype Starを探し求めるという意味では注目度(アテンション)を売り物にするメディアとも共犯関係なわけだが。 

 しかしながら、最近のラグジュアリーファッションの領域では、この言葉をやや違う角度から使うようになっている。特に海外メディアを中心に、「流行っている」「旬で勢いがある」「皆が夢中になるイケてるもの」といった用法が定着してきた。もちろん、肯定的な意味合いに変化したとまでは言えず、肯定的なニュアンスが付加されたという限りにとどまる。つまり、同時に「刹那(せつな)的な流行である」という否定的なニュアンスも含まれているためだ。

 具体的にいくつか見ていこう。
例えば、PRADAの2022年の業績が好調だったことを伝えるVogueの記事タイトルは「Prada Group converts hype to sales as 2022 revenues rise 21%」。HypeをSalesに繋(つな)げたという意味だが、このHypeを「誇大宣伝」と訳すことはできないだろう。PRADAファンやトレンドフォロワー達によって「PRADAはいまイケてる」と思われていたこと、ないしはその空気を含めた総体が売り上げに寄与したと読み取らなければならない。 https://www.voguebusiness.com/companies/prada-group-converts-hype-to-sales-as-2022-revenues-rise-21-percent

 また私自身も敬愛するDIORメンズのアーティスティック・ディレクターを務めるKim Jones氏を論評したGQの記事は「How Kim Jones Engineers Hype at Dior Men」。その時人々が「これが欲しかったんだ!」と求めるようなコラボレーションを仕掛け、コレクションごとに大きな話題と売り上げをつくるKim Jonesは類いまれなるHypeのセンスを持っていると結論付けられている。 https://www.gq.com/story/kim-jones-eli-russell-linnetz-dior-men

 2023年2月に驚きとともに世界中を駆け巡ったニュースが、新しいLouis Vuittonメンズの新クリエイティブ・ディレクターにPharrell Williams氏が選ばれたというもの。伝統的なファッションデザイナーではなく、本業はミュージシャンである彼を指名することへの賛否両論がすぐさま巻き起こった(もちろん、彼自身アパレルブランドを立ち上げ経営してきた経歴は有しているわけだが)。

PharrellWilliams
出典:Louis Vuitton 公式ウェブサイト

 それを伝えるVogueの「Pharrell at Vuitton: Has fashion gone full hype?」において、識者の声としてFashion評論家のOsama Chabbi氏の意見が紹介されている。いわく、「FashionにはHypeの要素が必要」であり、「Louis Vuittonのような巨大なラグジュアリーブランドは、メンズウェアの人材起用に際して、Hypeの要素が必要だと私は純粋に信じている」と。 https://www.voguebusiness.com/fashion/pharrell-at-vuitton-has-fashion-gone-full-hype

 服飾の知識やスキルはもちろん重要だが、この起用はファッションのもう一面にあたる「流行」の比重がより高まっていることを示唆している。Pharrell氏のように音楽やファッション、アートなどカルチャー全般の広く深いネットワークを有するシンボリックな存在が、この情報爆発時代においてHypeを生み出すために欠かせないと世界最強のラグジュアリーブランドの一つが判断したわけだ。

HypeをもたらすSNSマーケティング

 Hypeという言葉は様々な場に顔を出す。例えばHypebeastという最新の流行にフォーカスしたファッションメディアも人気があるし、Gartner社が毎年発表する「Hype Cycle」はテックトレンドを技術の成熟度に加えて人々の期待・熱狂の視点から分析したものだ。

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出典:Gartner公式ウェブサイト「ハイプサイクルについて」

 また、Z世代を中心に強い支持を集めるK-POPの新星「New Jeans」に『Hype Boy』という曲がある。このHype Boyで歌われる少年像は、洗練されていてかっこいいけど流行に頑張ってついていく強がりの側面がかわいらしいというもの。私たちがHypeを求めてしまう心理の二面性に言及しているところが、より深い理解に達していると感じる。

 これだけHypeが注目されるのは、いまや流行を作り出す主体はブランド側ではなく、SNSを通じた生活者の評判形成の側へとパワーバランスが移行しているためだ。筆者の言い方でまとめるなら、「(ブランドの)発信力<(生活者の)拡散力」となる。ブランド側が仕掛けるPR戦略や広告を通じたイメージ訴求も大切だが、SNSでのバズやポジティブなUGCを生み出せる”Hype Creative”の重要性がこれまで以上に高まっている。

 筆者が新著『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』(2022年、世界文化社)の第2章で論じたように、SNSの見せびらかしは進化心理学でいう適応度標示にあたり、人間の本性に深く根差したものだ。私たちは常にかっこつけたがる存在である。その意味で、Hypeは単純な悪ではなく私たちの社会に必然的に付随するものだと考えるようになった近年の「修正」は正しい。
 世界トップのラグジュアリーブランドの数々が、コラボレーションやドロップ(数量限定で発売することで稀少性や緊急性を訴求する手法)といったストリートブランドのマーケティング戦略を模倣するのも、それがボトムアップに話題・評判を形成しHypeを生むための最適な打ち手であるからに他ならない。

 人々が何をクールだと思うのか、流行っているという感覚はどうつくられるのか。マーケティング・クリエイティブ産業はそのテーマに深く関わるビジネスだが、それは情報環境の進化や私たちのコミュニケーションのあり方の変化と密接に結びついているのだ。

天野 彬(あまの・あきら)

電通メディアイノベーションラボ 主任研究員


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1986年生まれ。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。若年層の消費行動やSNSのトレンドに関する研究・コンサルティングを専門とする。近著に『新世代のビジネスはスマホの中から生まれる―ショートムービー時代のSNSマーケティング―』。その他、『シェアしたがる心理』、『SNS変遷史』、『情報メディア白書』(共著)等。セミナー登壇やメディア出演の経験多数。