クリエイティブエージェンシー博報堂ケトルのクリエイティブディレクター橋田和明さんは、従来の広告の枠組みにとらわれず、あらゆる手口でクライアントの課題解決を目指している。そのベースにあるのは、「自分が考えたことで少しでも世の中を良くしたい」という思いだ。仕事を通じて社会課題と向き合いながら、企業と生活者をつないでいる。
「世の中を動かす」というおもしろさ
──広告業界を目指したきっかけは。
大学生の頃、ダイビングサークルに所属していました。あるとき、サークルのメンバーと「ダイビングサークルを日本一にしてみよう」という話になりました。そこでまず考えたことは、ダイビングサークルにとって「日本一」とは何かということ。そもそもダイビングは競技ではなく、楽しむことが目的のスポーツです。そこで、「日本一」の定義を「サークルの規模」と捉え、所属する人を増やす活動を始めました。
特に印象に残っているのが、パターン分けして制作したチラシです。男女別や大学別など、配布する人や掲示する場所に合わせて6種類ほど作りました。
男女それぞれダイビングサークルに求めていることをリサーチしたところ、女性は「イルカと泳げる」というメッセージが効きそうだということが分かりました。それを伝えるコピーを大きく配したチラシを女性に手渡すと、「イルカと泳げるんですか?」と狙い通りの反応。一方、男性がサークルを選ぶときの基準はもっとシンプルで、「かわいい女の子がいるかどうか」(笑)このように、ターゲットによって効果的な訴求方法が異なるということを実感しました。
その結果、前年は4月に一度だけ開催した新入生歓迎コンパが、その年は4月の土日すべて開催するくらい人が集まったのです。ものすごく手応えがありおもしろかった。それから「自分が考えたことで世の中を動かすような仕事がしたい」と思うようになりました。「世の中を動かす」というのは、広告やマーケティングの仕事なのではないかと思い、マーケティングのゼミに入って、広告業界を目指しました。
──博報堂に入社して4年目の2006年、博報堂ケトルの立ち上げから参加しました。
博報堂では、ストラテジックプラニング局に所属し、広告戦略や商品開発、ブランディングの戦略などを担当していました。広告会社のいいところは、戦略だけを立てるのではなく、世の中を動かすためにアウトプットまでやり切るところ。マーケティングの仕事をしながら、コミュニケーションをトータルで手がける大切さをあらためて感じていたとき、博報堂ケトルを設立した嶋浩一郎と木村健太郎から声をかけられたのです。「手口ニュートラル」というコンセプトを掲げ、従来の広告の枠組みにとらわれない新しいソリューションを作る会社だと聞き、迷うことなく参加することに決めました。
──博報堂ケトルのコンセプトである「手口ニュートラル」とは。
広告は一般的に、戦略を基にCMやポスターなど広告物が制作され、その後にSPやPRの方法を考える、いわゆるバケツリレー型で作られています。それに対して、博報堂ケトルでは、戦略や制作、SP、PRなどと分業せず、クライアントの課題解決のために何をしたらいいか、コミュニケーションの手口をゼロベースで企画します。例えば「本を作って出版する」とか「お店を作って人を呼び、話題を作る」など、クライアントの課題と予算に合わせて、最適な解決方法を考えるのです。もちろん「広告」が最適である場合は、テレビCMや新聞広告、駅貼りポスターなどを制作します。クライアントの課題解決のためであれば「広告」の枠にとらわれなくてもいい。そのため、広告業界のクリエーターだけではなく、さまざまな業界のプロフェッショナルとタッグを組むことも少なくありません。
企業の課題と社会課題をリンクさせて発信する
──ヘーベルハウスの広告では、新聞広告を活用しました。
「世の中を動かしたい」という思いは、広告業界で働く中で進化していきました。今は「自分が手がけるクライアントの課題解決を通じて世の中を良くしたい」と考えています。そのきっかけともなっているのが、ヘーベルハウスのお仕事です。ヘーベルハウスの商品である「家」は、社会の基盤。人が暮らすだけではなく、社会を変えられる力を持っているからです。
今回は、ヘーベルハウスの二世帯住宅研究所と共働き家族研究所が提唱する「親子コラボ」という暮らし方のPRがテーマでした。最近、景気が良くなってきていると言われていますが、世帯年収は必ずしも伸びていないのが現実です。そんな中、共働きの子育てが当たり前となり、親世代と子世代が別々に暮らしながら家事や育児を支え合う、新しい暮らし方も生まれています。そうした状況を踏まえ、同居している二世帯住宅だけではなく、「近居や遠居を含めた家族の在り方・暮らし方」を共感できるストーリーにして世の中に提案したいと考えました。そういった社会的なメッセージを発信するのにふさわしい媒体は、やっぱり新聞だと思います。デジタルメディアが進化したからこそ、その意味での新聞広告の価値は高まっているのではないでしょうか。企業の真面目な姿勢が伝わり、信用を高めることにもつながると考えます。
──レディー・ガガのセルフィー写真で展開した2015年お正月の資生堂の新聞広告は、テレビやウェブのニュースでも話題となりました。
2015年1月1日付 朝刊
このときは新聞広告を「デジタル上の情報にする」という戦略で、ウェブでの拡散を狙いました。そのための仕掛けをいくつも盛り込んでいるのが特徴です。例えば、単にレディー・ガガをモデルとして起用するのではなく、セルフィー写真を使用したことで注目を集めることができました。さらに全国50紙で展開することや、新聞ごとに写真が全て異なること、50紙出そろった状態を「コンプリート」と意味付けるなど、新聞広告そのものがニュースになるように情報を作り込み、各メディアにPRしました。その結果、テレビやウェブなど多くの媒体で新聞広告を取り上げてもらうことができたのです。一つのメディアだけで完結させず、いかに広がりを持たせるか。これはプレゼンの段階である程度想定し、クライアントにも伝えるようにしています。こういったPRの施策を考えるのも、私たちの重要な役割だと思っています。
──アイデアの生み出し方は。
日頃から頼まれてもいないキャンペーンを勝手に考えて、シミュレーションしています。例えば、オレオレ詐欺に関するニュースを見たら、「もしオレオレ詐欺をストップさせるためのキャンペーンの依頼が来たとしたら」と、真剣に企画を考えてみるのです。さらに、そのキャンペーンを実施したら、新聞やネットのニュースはどう報じるか。テレビ番組はどう反応するか、ソーシャルメディアではどんな風に書かれるか、など想像する。その練習を常にしていると、実際に企画を考える時も、そのネタは広がるかどうかイメージできるようになるのです。そのためにも、テレビや新聞をチェックすることはもちろん、ウェブのニュースサイトをはじめ、SNSやまとめサイトなど、さまざまな媒体の今の状況を知っておく必要があります。
──最後に若手クリエーターにメッセージをお願いします。
「さわれる検索」
クライアントからの課題を自分なりに大きく設定しなおすと、広告の仕事はおもしろくなると思っています。もちろんまずは、商品を売ることが大切。でも、それとともに、「この仕事を通じて世の中を良くしている」と思えると、仕事が楽しくなるんです。Yahoo!JAPANと一緒に開発した「さわれる検索」はまさにそうで、メッセージを伝えて終わりではなく、大きく言えば「世の中を良くするためのインフラを作るテクノロジー」に挑戦したものです。
「世界を良くしたい」なんて言うと、偽善的だと感じる人もいるかもしれない。だけど、まずは自分がワクワクして前向きな気持ちで仕事に取り組むことが、クライアントの課題解決のためになると思います。企業が広告で伝えたいと思っていることも「企業が世の中をどう良くしたい思っているか」と捉えなおして発信する。その方が、企業と生活者が結びつくし、共感も得られると思います。
博報堂ケトル クリエイティブディレクター
2002年に博報堂入社。2006年、博報堂ケトルに出向。
現在は手口にとらわれない統合キャンペーンをつくるクリエイティブディレクター。
主な仕事に、Yahoo! JAPAN「さわれる検索」、資生堂企業広告キャンペーン「Lady Gaga with SHISEIDO」など。12のカンヌライオンズ、4つのアドフェストグランプリなど海外賞の他に、2015年には東京ADC賞、クリエイター・オブ・ザ・イヤー・メダリストを受賞。2016年Cannes PR Lions審査員。