トップクリエーターが名を連ねる電通社内のクリエーティブブティック、電通zeroに所属しているクリエーティブディレクターの嶋野裕介氏。テレビや新聞、SNSを連係させた「未来をここからプロジェクト」をはじめ、社会課題の解決の糸口を探るプロダクトやサービスの開発や、アイドルのプロデュースなど、多岐にわたる仕事を手掛けている。日頃から「新聞好き」であることを公言していることでも知られている。そんな嶋野さんに新聞の面白さや新聞広告とSNSの親和性、SNSで話題となる新聞広告の特徴などについて聞いた。
クライアントが求めるSNSでの話題化
──ご自身のことを「日本でいちばん新聞を愛する広告クリエーター」と自己紹介されていました。新聞の面白さや魅力はどんなところに感じていますか。
嶋野裕介氏
よく言われていることではありますが、新聞は自分の視野や考え方などを広げてくれるメディアだと思っています。人は、自分の好きなことばかりに目が向きがちです。しかし、新聞には様々な情報が幅広く掲載されているので、日頃は気に留めていないジャンルのニュースや、異なる意見や考え方などを目にすることもあるはずです。関心のない情報を読むことは、多少苦痛があるかもしれません。ただ、いろんな知識を得ることは、脳の様々な回路が開くような気がしています。その面白さや楽しさは、脳トレみたいなものだとも思っています。
私が新聞を読み始めたのは、中学2年生のとき、テレビゲームに夢中になりすぎて、テレビを見てはいけないと親に言われたことがきっかけです。新聞を読むことは許可されて、毎日読むようになりました。それ以来、約25年、1日も欠かさず読んでいます。
──広告会社で働くクリエーターとして、新聞広告の強みはどんなところに感じていますか。
企業が本気で世の中に何かを広告したいときや、これから新しいことを始めるときの情報発信媒体として、新聞は最適です。また、新聞好きとしても、そうあってほしい。テレビの15秒では伝えきれず、ウェブでメッセージなどを真剣に読み込ませることは難しいと思います。
とはいえ、クライアントから広告媒体として選ばれにくくなっているのも事実です。ただ、新聞広告はSNSで話題となり、拡散される可能性があります。クライアントの中には、そのことに気づいていない方も多いように感じます。
──SNSで話題になった新聞広告の特徴を「今こそ言いたい型」「意見募集型」「HELP ME! 型」「トリック型」の四つに分類されていますね。
企業が世の中に対して伝えたいことを、大きな紙面で発信をして確実にリーチさせることが、新聞広告を活用する目的なので、それが達成できれば本来は十分です。しかし、ターゲットや世の中と相互のやりとりを考えるならば、読者を意識した展開があるとSNSでも話題となり、エンゲージメントも深められる可能性があります。SNSで話題となり、口コミで情報が広がってほしい。そう考えるクライアントは増えていますが、センスに頼っているクリエーターも少なくないはず。そこで、Twitter社さんと2020年に話題になった新聞広告の事例を分析して四つの型に方式化してみました。
「今こそ言いたい型」は、語りやすいハッシュタグを設定し、議論を広げることを狙った広告です。朝日新聞で展開した「#広告しようぜ」や、パンテーンの「#この髪どうしてもダメですか」など。「今こそ言いたい型」は、一番新聞らしい手法だと思います。世の中の気分やタイミングから発想したメッセージを、みんなが共感できるクリエーティブで発信する新聞広告です。としまえんが閉園する前日に朝日新聞に掲載した「Thanks.」もその一例です。
2020年8月30日付 東京本社版 朝刊722KB
「トリック型」は、コピーやデザイン自体に仕掛けがあり、驚いた人が思わず誰かに伝えたくなる広告。「HELP ME!型」は、むしろお客様に助けてもらう広告です。SNSではよく見かける手法で、ファンを増やすきっかけにもなります。
──SNSの中でもTwitterが新聞広告との親和性が高いのでしょうか。
そうですね。SNSは色々ありますが、Twitterは画像でも展開できるし、感想を言うこともできる。ハッシュタグで意見を集めて拡散させる仕掛けもできるので、新聞広告との相性はいいと思います。四つの型で共通しているのは、読者視点であることです。どんなメッセージだと興味を持ってもらえるのか、世の中の人は何を言われると会話をしたくなるのかを考える必要があります。
しかし、企業は伝えたいことが明確にあるので、新聞広告が独りよがりな発信になってしまうことも珍しくない。それを防ぐためにも、アイデアを練るとき、四つの型をチェックリストのように使ってみるのもいいと思います。
今後は誰も傷つけないエンタメ系広告が増加の予測
──最近、印象に残っている広告があれば教えてください。
キンチョーの広告はHELP ME!型で、とてもユニークでした。コロナ禍で先がまったく見えない状況で、新聞広告を制作することは容易ではありません。掲載する時期には状況が変わっている可能性もあり、予測を立てながら表現やメッセージを考えなければなりません。その苦労をさらけ出したことで、共感を呼ぶことができた広告です。本音を語る、その姿勢が今の時代に合っていたのでしょう。QRコードで迷った広告を何パターンも披露する仕掛けも、とてもユニークでした。
森永乳業のアイスクリーム「ピノ」の広告も「売れなかったらどうしよう」という不安な気持ちをさらけ出して、うまくいったケースです。上から目線で情報を発信すると反抗されますが、あくまでも低姿勢で下からいくことで応援してもらえる。弱い人のほうが、実は強い。そんなネットで好かれるトーンや情報の広がり方を踏まえた新聞広告は、素直にすごいと思います。
実は、過去にこっそりソロデビューをしていた #ピノアーモンド。
— pino(ピノ)/ 森永乳業 (@morinaga_pino) November 23, 2020
苦い過去を乗り越え、ようやく迎えた #ピノアーモンドソロデビュー。決意をこめて、北海道で新聞広告を出しました。
今度こそ売れたい。売れますか?売れますよね?
買ったら「#ピノアーモンドちゃんと買ったよ」をつけて教えてね! pic.twitter.com/knxoazMvqm
──四つの型は時代によって変わるものでしょうか。
最近は1、2年でコミュニケーションのムードが変化しているので、今年はまだ使えるとは思いますが、来年はアップデートが必要かもしれません。2018年にチョコレートメーカーのゴディバが「義理チョコをやめよう」というメッセージを広告で発信しました。SNSで大きな議論となりましたが、今だったらリアクションは違うような気がします。理由は、意見広告が急激に増えたからです。意見広告過多な状況の今、生活者は企業からの意見に対して正当性を問うようになっています。さらに発信した意見に対して、その企業は「何をするのか」「これまで何をしてきたのか」といった行動にも関心を寄せる人が増えています。
──そのようなトレンドは、どうやって捉えているのでしょうか。
ちゃんとキャッチできているか分かりませんが、日常ではTwitterだけでなくブログなどを含めてリアルタイム検索ができるアプリ「Yahoo!リアルタイム検索」をチェックしています。もう少し大きな流れをつかむためにも、海外の広告賞の傾向はチェックするようにしています。今、日本のコミュニケーション事例においても、女性の地位向上の流れは加速しています。しかし、海外では数年前から始まっていて、2017年にはカンヌライオンズでジェンダーイコールキャンペーン「恐れを知らぬ少女(Fearless Girl)」が4部門のグランプリに輝いています。その後、日本でも同様のキャンペーンが始まりました。
今後は、純粋なエンタメ系が中心になると予測しています。誰も傷つけず、愉快で楽しい、心温まるコミュニケーションです。その背景にあるのが、SNSでの総チェックの厳しさ。何か一つでも疑惑が見つかると、丸裸になるまでチェックされますよね。そうなると、正義や正論をかざすことは難しくなるという考えです。
──アイデアを考える上で工夫されていることは。
私はPRを中心とした仕事が多く、「世の中視点」で広告をつくることを得意としています。世の中視点とは、クライアントの「言いたいこと」ではなく、世の中の関心事からコミュニケーションを設計する手法です。意識していることは「今の世の中の流れに合致しているかどうか」という社会性。今の世の中を見据え、そこから逆算してアイデアを考えていきます。
例えば、宅配便の荷物が急増して、ドライバーの疲弊が社会問題になりました。そんな世の中の流れを変える取り組みとして「3cm market」という新しいものづくりの考え方とサービスを考えました。ネットで販売する商品をポストに入る「3cm以下」に包むという内容です。再配達する必要がなくなり、ドライバーの負担を減らすことができる上で、包装資源も削減することもできます。実際、3cm以下に包んだ商品をYahoo!ショッピングでテスト販売も行っていました。
ポイントは、再配達に困っている課題に対して、単にメッセージを発信するのではなく、売り手だけではなく買い手や作り手のメリットがあるようにプロジェクトしたこと。ウェブサイトやTwitterで発信し、商品化のオファーもありました。
──最後に、新聞広告の可能性についてご意見をお聞かせください。
新聞は、SNS時代に最も必要とされているメディアだと思います。それは、ネット検索やSNSの高度な最適化アルゴリズムよって、自分が見たいニュースしか見られない時代だからです。社会性が欠落しつつある時代だからこそ、様々な情報を盛り込んだ新聞は貴重な存在です。新聞が信頼できるメディアであることは若い人たちも認識しているので、新聞記事や広告はSNSで安心して話題にできるんです。
その一方で、情報はSNSやウェブで見ることが今後、ますます一般化してくるはずです。例えば、SNSで読まれることを前提に新聞の在り方を考え直すくらい、大胆な変革があってもいいのかもしれません。
電通zero クリエーティブ・ディレクター / PRディレクター
大阪出身(でも関西弁は下手)。趣味は研修と新聞。「世の中視点」で戦略から表現まで一気通貫したコミュニケーションを設計。主な仕事はトヨタ「#金曜日の新垣さん」、ソフトバンク「2019企業広告」、サントリー「BOSS 顔の映らない主役」、民放連「一緒にやろう2020」、テレビ朝日「未来をここから」、フリー素材アイドルMIKA+RIKA、0点ミュージアムなど。ACC、SPIKES、NY FestivalsなどのPR部門審査員。