クリエイターが作り出した作品の価値は、それが誰と出会うかによって決定づけられる。今回は、まさにそれを実感した審査であった。
最初の入選作品を選ぶまでは、去年よりも順調に進んだと思う。クライアントがそのまま採用すれば、人目をひく素敵(すてき)な新聞広告になる秀作が多数あった。問題はどれに最高位の朝日広告賞を与えるか。新聞広告の新しい可能性を感じさせる独創的な作品は残念ながら見当たらない。最後に残ったのは、香水のボトルの中に榮久庵憲司さんデザインの醤油(しょうゆ)差しを紛れ込ませ、「男をつかむ香り。」というコピーを入れたキッコーマンと、ホースを手にした老女の意味不明な写真に「目に見えるものだけが、世界のすべてではない。」というコピーをつけた角川文庫。
完成度か、型破りか……。去年と全く同じ展開である。審査委員は真っ二つに割れ、わずか1票の差で型破りが勝利した。ただしこの作品の優れている点を理論的に主張した審査委員はいない。
「(キッコーマンの)妙な安定感が面白くない」
「(角川文庫は)他のものに埋もれていない」
「(角川文庫を) 選ぶことで朝日広告賞の新しい分岐点になる」
時代の機運が審査委員の気分をつくり、型破りなクリエーティブが評価されたのだ。
景気が上向きの時期だからこそ、安定したものよりも、挑戦的なものに審査委員は惹(ひ)かれたのだと思う。
だから今回、大賞を取ったからと言って傲(おご)ってはいけない。入賞を逃したからと言って失望する必要もない。クリエーターが命がけで産み落とした作品の価値は、時代の掌(てのひら)の上で転がされているに過ぎないから。
放送作家
熊本県出身。テレビ「カノッサの屈辱」「料理の鉄人」やキャラクター「くまモン」などを企画。初脚本となる映画「おくりびと」で第81回米アカデミー賞外国語映画賞を受賞。現在は小説、絵本翻訳、作詞でも活躍。