応募の締め切り日にドラマ 「ギリギリのもう一作」に栄冠

 第62回(2013年度)朝日広告賞「一般公募の部」の最高賞は、出光興産の課題「ニッポンに、エネルギーを。」を制作した電通のアートディレクター、江口昌宏さんが受賞した。受賞の喜びについて次のように語る。

 「夜遅くに帰宅したらポストに速達が入っていて、開封するとグランプリを知らせる通知でした。連絡ミスじゃないかとにわかに信じられなかったのですが(笑)、後日、グランプリ受賞者が例年担当する『朝日広告賞入賞作品集』の表紙デザインを依頼された時にようやく実感が湧きました」

江口昌宏氏 江口昌宏氏

 江口さんは入社2年目。電通の新人アートディレクターは営業部で研修する期間があり、グランプリを受賞した作品はちょうどその期間に制作した。「クリエーティブの現場から一歩離れたことで、気負いなく制作に臨めたのかも」と振り返る江口さん。制作に際しては、コピーライターと組まず、一人で完成させることを選んだ。

 「自分が具現化したいことをコピーライターに伝えるのは意外と難しいんです。今回は仕事ではないので、一人で作ったほうが感じていることを100%出し切れると思いました」

 提出の約1カ月前から制作準備を始め、出光興産の課題に注目した。江口さんの心を捉えたのは、「ニッポンに、エネルギーを。」という企業スローガンだ。

 「スローガンを見て、震災の時の経験を思い出しました。当時の僕は美大の学生でしたが、自分に何ができるのかと悩み、復興支援のボランティアに参加したりしました。出光興産は、利益追求だけでなく日本の未来に貢献しようとしている。その意気込みをスローガンから感じ、とても共感しました」

 さらにもう一社の課題に注目し、出光興産の課題と合わせて2作品を完成させた。提出したのは締め切り当日。朝日新聞社に足を運び、応募作品の受付窓口が閉まる17時ギリギリに作品を提出した。

 「その帰りに同僚と出くわして、『作品の郵送受付は、今日の24時消印まで有効だよ』と教えてもらったんです。じゃあもう一つ作品を出せるなと思って、急いで帰社して出光の課題でもう一作品を作り、24時直前に銀座の郵便局に出しました」
最後に提出したこの1点が、グランプリを受賞した。
「サッカーのアディショナルタイムでゴールを決めた感覚ですね(笑)。制作時間が短い分、純粋な思いをストレートに出した作品でした。あれこれ考えを巡らせて作った最初の2作品は自分に酔っているようなところがあって、今考えると全然ダメでした」

様々な想像が広がるデザインを「手で考えた」

 受賞作にかけた時間は正味5時間。先に提出した作品を作る際に出光興産の企業理念や事業内容を調べていたものの、かなり短い。制作はどのように進めたのだろう。

 「写真を撮影する時間はないのでアイデアとデザインで勝負することに決め、最初はスケッチブックに落書きのようなラフ案を描き並べました。1時間ほど描いて紙面を眺めていたら、『日の丸』の丸の部分を出光興産のシンボルマーク「アポロマーク」が息で吹いている絵がパッと“見えた”のです。それが、日本を上昇させ膨らませている出光興産の企業イメージにつながっていきました」

 イメージが固まるとパソコンでデザインを詰め、大枠を整えてから原寸でプリントアウトし、さらに微調整を加えて完成させた。

 「デザインのポイントは、丸の大きさです。日の丸と同じ比率だと大きすぎてアポロマークが懸命に吹き上げているように見えてしまうので、小さめにしてやさしく吹いて持ち上げている印象にしました。また、丸を小さくしたことによって生まれる余白が、見る人の想像をかきたてるのではないかと考えました。もう一つのポイントは、アポロマークが途中で切れていることです。マークの下に体が続いていることを想像させ、見た人がその体を“自分ごと”に置き換えられやすいのではないかと考えました」

※画像は拡大します。

一般公募の部 朝日広告賞グランプリ (出光興産の課題)

一般公募の部 朝日広告賞グランプリ (出光興産の課題)

 ちなみに江口さんは、出光興産のスローガンの言葉を考えたのが電通の同じ職場の先輩であることを後で知った。

 「このスローガンにはいろんなことを想像させる力があり、グラフィックも同じような世界観を目指したのがよかったのかなと思います。今回、自分の思いを100%出し切りたいと思ってコピーライターと組まなかったのですが、結果的にコピーの偉大さを痛感しました。また、現実の仕事では、打ち合わせで出たキーワードを手がかりに、いきなりパソコンでデザイン作業に入ることが多かったのですが、スケッチブックにアイデア出しして“手で考える”ことが大事だと改めて実感しました。今後の仕事で実践していきたいと思います」

震災時のCMに感動して希望の進路を転向

 江口さんが広告の道を志したきっかけは、3年前の震災だったという。大学2年生だった。それまではプロダクトデザインの道に進もうと考えていたそうだ。

 「あこがれはプロダクトデザイナーの深澤直人さんで、深澤さんは自分が専攻していた学部の教授でもありました。当時、私はプロダクトデザインの『人の生活に最低限必要なものを豊かにする』というところに意義を感じていて、広告は『人の生活に最低限必要なものではない余剰』という意識を持っていました。ところが震災があって、何が人を幸せにするのか分からなくなる時期がありました。そんな時、JR九州の『祝!九州縦断ウェーブ』や、サントリーの『歌のリレー』のCMを見て、広告の花火的な魅力に感銘を受け、広告の世界に興味を持つようになりました」

 江口さん自身の発想源やデザインポリシーについても聞いてみた。

江口昌宏氏 江口昌宏氏

「学生時代に深澤さんから教わったことが自分のベースになっています。その一つは、完成されたデザインだけでなく、ふだんの生活の中で心地いいと思うものを採用する、ということです。今回の作品でいえば、紙風船を吹いている姿に純心さを感じる感覚です。もう一つは、押しつけがましくないデザイン。深澤さんが作り出す『スーパーノーマル』のように、誰もが共感できるデザインを広告で実現できたらいいなと思っています」

 新聞広告と朝日広告賞のイメージについては次のように語る。「新聞は毎朝読んでいて、気になった新聞広告はスクラップしています。リテラシーのある媒体でもあるので、世の中へのメッセージ性とデザイン性を発揮できるメディアでもあると思います。朝日広告賞は、メッセージ性が評価されるイメージがあるので、純粋な思いをぶつけた作品が評価されてとてもうれしいです。親も喜んでくれました。デザインの勉強で美大に行くよりも、一般の大学に行ってほしかったようなので、少しは安心させられたかなと思います(笑)。あとは身の丈以上に大きな賞をいただいてしまったので、賞の名前を汚さないようにしなければ(笑)」

 同社の新人クリエーターは、先輩から指導を受ける「トレーナー制度」がある。「受賞できたのは先輩のご指導のおかげ」と、真っ先に担当トレーナーに報告したという江口さん。賞金の使い道については、「奨学金の返済と『ADC年鑑』を10冊(年)分のオトナ買い」だそうだ。

江口昌宏(えぐち・まさひろ)

電通 アートディレクター

1990年福岡県生まれ。武蔵野美術大学基礎デザイン学科卒業後、電通入社。現在、第2クリエーティブプランニング局所属。