アイデアの発端は「新聞でかわいい女の子のグラビアが見たい!」

 2012年度朝日広告賞「一般公募の部」の最高賞は、大日本除虫菊の課題「金鳥の渦巻(うずまき)」。シミひとつない美肌の女性が紙面を占め、「キンチョーは、美容の会社かもしれないと思った。」というキャッチコピー。

 審査会では、「虫よけ」というイメージが定着しているキンチョーの蚊取り線香に「美容」という価値を与えた視点に多くの賛辞が寄せられた。

デザイングループ チカメパンダン アートディレクター・デザイナー 土屋 誠氏
モードツー・コンパス コピーライター 春原伸也氏
フォトグラファー 佐野円香氏
編集・ライター 太田青里氏

 受賞した4人は、普段は全く別の職場で働いており、一緒に仕事をしたのは今回が初めて。受賞の感想とともに、自己紹介をお願いした。

土屋 誠氏 土屋 誠氏

 「受賞の知らせが届いたときは、『まさか!』と思いました。僕はフリーランスになって4年目で、主に雑誌や会社案内、カタログなどのエディトリアルデザインやディレクションを手がけています。マス広告は一度も作ったことがありません」(土屋誠氏)

 「僕は、地方の新聞社の営業職を経て土屋さんがいた出版社に入り、広告営業の仕事を通じてコピーを書きたいと思うようになりました。コピーライターとして今の会社に転職しましたが、マス広告はまだ作ったことがありません。グランプリだと聞いた時は信じられなくて、今日のこの取材でやっと実感しています(笑)」(春原伸也氏)

 「私は、アシスタントの経験もなく23歳の時にフリーランスとして独立しました。普段はファッション誌やCDのパッケージなどの写真を撮っています。広告写真も最近少しずつ手がけるようになりました。昨年は、『アニマルガールズ』(発行:メディア・パル)というフォトブックを企画、撮影。今回モデルになってくれた女性は、この写真集でモデルになってくれた素人の女の子です。彼女に受賞の報告をしたら、すごく喜んでいました。受賞は彼女のおかげもあると思っています」(佐野円香氏)

 「受賞の感想は、『うれしい』の一言です。私は5年間制作会社に勤めた後、一昨年フリーランスになり、編集やライティング、ディレクション、たまに服のスタイリングもしています。制作会社時代から土屋さんと一緒に働いていて、そのご縁で今回声をかけていただきました。佐野さんとはユニットを組んで仕事をしており、土屋さんから『グラビア写真を撮りたい』と言われて、橋渡し役をさせていただきました」(太田青里氏)

もともとは全く別のアイデアだった

春原伸也氏 春原伸也氏

 応募のきっかけを作ったのは、春原氏だ。

 「実は、僕の友人がグランプリを受賞したことがあるんです。いつか自分も、と思ったことはありますが、過去の応募では入選もできませんでした。今回、また挑戦してみたいと思って土屋さんに声をかけたんです」(春原氏)

 新聞広告と聞いて、いの一番に「グラビアをやりたい」と答えたという土屋氏。

 「単純に、かわいい女の子の写真を新聞で見てみたかったんです。週刊誌などではグラビアは当たり前だけど、新聞を開いてグラビアがあったら、面白いんじゃないかと」(土屋氏)

 それから課題選びが始まり、大日本除虫菊に行き着いた。同社の従来の広告活動に「間口の広さ」を感じたからだという。

 「やりたいビジュアルが先にあって、あとから広告主の意向に沿わせていくというのは、広告の作り方としては少し邪道かもしれません。でも今回は、新聞広告として面白いものを作りたいという思いを優先しました」(春原氏)

 ビジュアルのイメージは、土屋さんが詰めていった。もともと考えていた案は、提出した作品とは違っていた。

 「最初は、蚊の目線で女の子のバストをスコープで狙っているイメージを思い描いていました。佐野さんにも、そういう絵を撮ってほしいとお願いしました」(土屋氏)

 撮影は、佐野さんと太田さんとモデルの女性と3人だけで行った。土屋さんと春原さんも立ち合う予定だったが、仕事との兼ね合いでスケジュールが合わず、女性たちに任せた。「結果的に、任せたのがよかったと思います。僕たちが立ち合ったら、もっと“グラビアっぽく”なってしまったと思います」と、土屋さんは振り返る。

佐野円香氏 佐野円香氏

 「屋外で水着で撮影する案もあったのですが、肌のきれいなモデルさんだし、女の子の肌がきれいに映るのは室内だと思ったので、室内で撮りたいと主張しました。撮影は、彼女のいちばんかわいい自然な表情を引き出すことに集中し、無理な姿勢などを要求せずにさりげない生活のワンシーンとして切り取りました。彼女とは仲良しなので、お互いに言葉を交わしながらリラックスした雰囲気の中で撮影しました」(佐野氏)

 「バストをスコープで狙う案は面白いと思っていたので、そういうアングルでたくさん撮りましたが、途中から佐野さんと『モデルさんのかわいさだけでも十分イケるよね』という話になって、電話やメールで土屋さんにもそれを伝えて、全身写真を含めたいろんなカットを収めました」(太田氏)

考え抜いてひらめいた「肌を守る」というキーワード

一般公募の部 朝日広告賞 大日本除虫菊による課題 一般公募の部 朝日広告賞
大日本除虫菊による課題

 写真をもとに、デザイン作業に入った土屋さん。最初のアイデアを絵にしてみたところ、何かピンとこない。改めて全部の写真を見ていくと、座って髪の毛をいじっている写真を見つけて、「これしかない!」と確信した。しかし、スコープのアイデアをボツにすれば、コンセプトを一から考え直さなければならない。4人が集合してから2週間が過ぎていた。この間、春原さんは「スコープ案」をベースにコピーを考えていた。

 「最初から念頭にあったのは、『蚊を殺す』という視点じゃないアプローチです。生きるために血を吸っているのに夏に大量に殺されてしまう蚊は、なんだかかわいそうな生き物だなと思ったんです。だからせめて、かわいい女の子を見ながら、安らかに天国にいけたら幸せかもしれない。そんなコンセプトのもと、コピーを考えていました。でも、結局は殺生のことを言っていると気づいて・・・。そこで悩んで、『金鳥の蚊取り線香の効能を知らない人はいないはずだ、もっと違うことが言えないだろうか』と考え始めたんです」(春原氏)

 ちょうどそのタイミングで土屋さんから「この写真(受賞作品の写真)をもとに企画を考え直したい」と持ちかけられた。提出期限までに残された期間は2週間。

 「気持ち悪い奴と思われるかもしれませんが、提出までの2週間は、ずーっと下着姿の女の子のことを真剣に考えてました(笑)。糸口が見つかったのは提出直前です。かわいい女の子のきれいな肌が虫さされで赤くなっていたら、男は見て興ざめしてしまうかもしれないし、女の子自身も気にするはず。でも、化粧をしたり日焼け止めを塗ったりする子は多いのに、虫さされに気を使っている子は意外に少ないのではないか。そこでひらめいたのが、『肌を守る』というキーワードです。肌を守る商品を作ってきたということは、『日本女性の美を守ってきた会社』と言うこともできるはず。そんな思いから、『肌を守って111年。』『キンチョーは、美容の会社かもしれないと思った。』というコピーにたどり着きました。キャッチコピーの語尾をあいまいな表現にしたのは、押し付けがましくしたくなかったのと、女の子の言葉としてリアルに捉えてもらいたかったからです。でも確信は持てなくて、土屋さんに相談したら、『いい!これで行こう!』と言ってくれたので、ようやく決意が固まりました」(春原氏)

 また、「肌を守る美容商品」というコンセプトから、いろんな可能性が広がったという。

 「最近は恋人なんてほしくないという若者も増えていると聞きます。この商品が売れて、人の美しさが育てば、日本に“愛”が生まれるきっかけにだってなれるかもしれない。この企画をレギュラー化すれば、新聞広告から毎年アイドルが輩出するのではないか。あるいは、化粧品や日焼け止めと並べて蚊取り線香を売ったらどうか……などと、どんどん想像が膨らんでいきました。アイデアの発端は、土屋さんの『かわいい子を新聞で見たい』ということだったんですけど……(笑)。でも、不純なようで実はすごく純粋な動機で、その初期衝動を信じて自分たちが面白いと思う表現を追求したのがよかったんだと思います」(春原氏)

新しい価値観や物の見方を提案しやすい新聞広告

 これまでマス広告の制作には無縁だった4人。そもそも新聞広告について、どのようなイメージを持っていたのだろうか。
「ニュースと並んでいるところに可能性を感じます。1日限定の刹那(せつな)性を生かすなど、他のメディアではできないメッセージの打ち出し方ができる魅力的な舞台だと思います」(土屋氏) 

 「広告自体を一つのニュースとして捉えてもらえるメディアで、今回のように新しい価値やものの見方を提案する時に、メディアの信頼性に重ねて伝えることができる。毎日決まった時間に読んでいる人も多いので、人々の生活リズムに入り込んでいけるところも特性だと思います」(春原氏)

太田青里氏 太田青里氏

 「私は新聞を読む習慣がないのですが、働いている男の人が読んでいるイメージが強いので、今回の『グラビア』というアイデアは、すごくいいと思いました」(佐野氏)

 「私の母親は新聞を隅から隅まで読み尽くす人なんです。そういう家庭に育ったので、私も新聞には親しんできました。若い人が新聞を読まなくなったと言われますが、紙媒体が元気じゃないのはさみしい。そういう意味で、今回の広告が実際にドーンと掲載されたらうれしいです(笑)」(太田氏)

受賞を励みに、信じた道を突き進んでいきたい

最高賞 デザイングループ

最高賞 デザイングループ

 クリエーティブポリシーや、受賞を糧に今後どのようなクリエーティブに挑戦したいかについても語ってくれた。

 「仕事だと、自分のアイデアとクライアントの意向とどう折り合いをつけるかに悩むことが多いのですが、今回評価していただいたことが自信になりました。僕は先日、東京から地元の山梨に拠点を移したばかりなんです。山梨はまわりから『元気がない』とか言われることが多いですが、実際面白いことをしている人はたくさんいるんです。受賞を糧に、僕も面白いことをしたいし、微力ながら山梨を広告するお手伝いをしていけたらと考えています」(土屋氏)

 「コピーやアイデアを考える時に思うのは、人の人生を肯定したいということ。もともと僕自身、すぐにくよくよする性格なので、『物事をこういうふうに見たら面白いとか、ちょっと幸せかもしれませんよ』ということを、“上から目線”でなく、自分も悩みながら一緒に探して伝えていきたいです。そういう意味で、今回、『殺生』ではなく『美容』という切り口を見つけられたのは大きな収穫でした。ただ、見た人を幸せにできただろうかと、今も考えています」(春原氏)

 「私は、写真学校に通っていた時に、先生によって作品に対する評価が違うので、『自分にとっての“いい写真”とは何か』をすごく考えました。そこで自覚したのは、直感に訴えるようなシーンが好きだということ。例えば、散歩中の犬が飼い主を振り返った時の表情などにキュンとくる。何かそういう、日常の中でふと見た時に、ハッとするような写真を撮っていきたい。特に、かわいい女の子を撮るのは私が得意とするところ。アシスタント経験のないままフリーになって手探りでやってきましたが、自分は間違っていなかったのかもと、大きな自信になりました」(佐野氏)

 「私は、エディトリアルの仕事に携わる中で、お客様に『いい記事だったよ、ありがとう』と言っていただけるのが何よりうれしい。そんな私にとって、土屋さんや春原さんや佐野さんは、お客様でもあったんです。なので、土屋さんの『新聞でグラビアをやりたい』という願いと、佐野さんの『かわいい子をかわいく撮りたい』という願いを結ぶことができて、しかも結果が伴って本当にうれしいです」(太田氏)

 最後に土屋さんは、こう締めくくってくれた。

 「朝日広告賞のグランプリは、例年大手広告会社のクリエーターが受賞しているイメージがありました。そうした中で、僕たちのようにマス広告を作ったことがないフリーランス集団が受賞できたことに驚きましたし、とても力づけられました。広告の世界にはまだまだ未来があるんだと気づかされたことは大きかったです。ありがとうございました」(土屋氏)