コピーがうまく機能している新聞広告らしい提案が多く見られた2012年度朝日広告賞「一般公募の部」。審査委員の前田知巳氏に、応募作品への評価や、これから応募しようというクリエーターへのメッセージなどを聞いた。
商品に新しい価値を与えたグランプリ作品
──グランプリに選ばれた作品について。
この作品については、審査会での講評で児島令子さんが的確なコメントを寄せていらっしゃいました。女性にとって肌の蚊に刺された跡は非常に気になるので、蚊取り線香が美容商品であるという切り口は同社のマーケティング的な意図としても納得してしまいそうだ、と言われていました。
正直、僕はほかに好きな作品があったのですが、児島さんのこのコメントはとても腑(ふ)に落ちました。また、キャッチコピーの語尾を「かもしれないと思った。」としたところもいいと思いました。つまり、主役を広告主にしていないところがよかった。企業の立場は「肌を守って111年。」という右下のコピーで押さえているのでなおさらです。言葉の組み立て方がしっかりしていました。
またこの作品は、いわゆる「傾向と対策」をやっていない印象を持ちました。審査会では例年、「既存の作品の学習ばかりしていてもダメだよね」ということが話題になります。この作品は、キンチョーの蚊取り線香という応募の多い定番の課題を扱っていながら、かつてない視点を示していました。意外にこういうことがきっかけになって新しいビジネスチャンスにつながることもあると思います。例えば、富士フイルムが化粧品の分野に参入して成功していますが、そういったことを期待させる提案になっていました。
──準朝日広告賞の3作品について。
アストラゼネカの課題を扱った課題は、まず、コピーがよくできていたと思います。「会社員であり、妻であり、母であり……」と読んでいって、「日本国民であり、赤の他人であり、がん患者である。」という最後のところで、広告の意図がわかってハッとする。特に、「赤の他人であり、」という言葉を入れているあたりが、よく練られていると思います。がん患者が「赤の他人」というのはとてもリアルなことですから。言葉の選び方や並べ方に細やかな配慮が感じられました。イラストもよかったと思います。イラストの「匿名性」によって、がんという病気を自分に投影して考えることができる。もし写真だったら、印象はかなり違っていたでしょう。
新潮社の課題を扱った作品は、本を読んで受けるイメージは人によって違うことを、「読み手で変わる。だから面白い。」というコピーと手書きのイラストで伝えました。ありそうでなかったアプローチで、とても共感しました。書籍の課題というと、“頭良さげ”な作品が集まる印象がありますが、これは高みに立ってものを言っていない感じがとてもいいと思いました。
出版共通課題は、アートディレクションの勝利、この一言に尽きると思います。
コピーがビジュアルとかみ合い、きちんと働いている作品が多かった
──その他、気になった作品について。
ヤマト運輸の課題を扱った作品はとても好きですね。この5段広告を記事の中で見つけたら、ホッと心がなごむと思います。えひめ飲料の「ポンジュース」を扱った作品も心引かれました。段数を減らしてこれを5段にしても効いたと思います。
梶佑輔さんがご存命の時、「暗いニュースが増えるほど、広告は明るくなきゃいけない」とおっしゃっていました。僕もそう思います。この2点は、暗いニュースのはざまをポッと照らしてくれる感じがしたので、高く評価しました。
──ここ数年の審査会では、応募作品の“ポスター化”を指摘する声と、「コピーに力がある作品を見たい」という意見が多くあがっています。今回の印象はどうでしょう。
グランプリをはじめ、準朝日も入選作も、コピーがビジュアルとかみ合い、きちんと働いている作品が多かったと思います。良くない意味でポスターのような作品はむしろ少なかったのではないでしょうか。昨年度から「梶祐輔賞」が新設されたことが、少なからず影響しているのかもしれません。「コピーが働く広告」というのが、賞として受け継ぐべき梶さんの精神だと思うので、そういう作品が増えたらいいなと思います。
──全体として、どんな特徴が見られましたか。
上位作品に全30段広告がなかったのが、近年にない特徴でした。デザイナーが独りよがりで作っているような作品や、変に自己顕示欲の強い作品がなくて、見ていて気持ちがよかったです。広告主や商品について、あるいは新聞メディアの特性について、真面目に考えて表現している作品が多かったように思います。
見いだされた若い才能にどんどんチャンスを
──今回グランプリを受賞したのは、ふだんマス広告を制作する機会がない4人の若いクリエーターで、そのうち3人がフリーランスとして活動しています。
そういう方々がチャレンジ精神をもって応募され、グランプリを受賞されたのは、すばらしいことだと思います。そのぶん「受賞してよかったね」で終わってしまうのはもったいない。審査委員として朝日新聞社にぜひお願いしたいのは、せっかく見いだした才能にスポットが当たり、新たなチャンスが提供されるような仕組みを作っていただきたい。グランプリを受賞した人がさらに飛躍し、いずれ若い才能を発掘する立場になる。そんな循環が生まれるような工夫に期待しています。
──これから応募を目指す若いクリエーターにメッセージをお願いします。
以前、僕も参加したウェブ「広告月報」の座談会で、副田高行さんが26歳の時に朝日広告賞のグランプリを受賞した時のことを話してくださいました。カゴメのトマトジュースの課題に取り組んだ副田さんは、「当時は流通の都合で青いうちに収穫したトマトが青果店に出回っていた。一方、カゴメのトマトジュースについて調べたところ、完熟トマトを収穫してすぐに搾るので、青果店の青いトマトよりも栄養価が高いことがわかった。流通問題や環境問題を扱った有吉佐和子さんの小説が朝日新聞に連載されていて、世の中の関心事でもあったので、それを作品にした」とおっしゃっていました。当時の副田さんのように、制作の課程で自分なりに資料を調べるなどしてたくさん汗をかいてほしい。汗がにじむ作品に出合いたいですね。
また、クライアントが提示するテーマはもちろん尊重すべきですが、クライアントも気づかなかったような、でも、「確かにそうかもしれない」と納得できる提案ができないかと知恵を絞ることも大切だと思います。今回のグランプリ作品は、それができていた気がします。
フューチャーテクスト コピーライター
1965年生まれ。東京外国語大学卒。博報堂を経て99年からフリーに。2006年度から朝日広告賞審査委員。宝島社『おじいちゃんにも、セックスを。』『団塊は、資源です。』など一連の企業広告、トヨタ自動車の企業広告『REBORN』『86』『クラウン』、キリンビール『うれしいを、つぎつぎと。』などを手がける。広告を超えてユニクロのブランドビジョンや『ヒートテック』『ビックロ』などの商品コンセプト、森ビル『上海環球金融中心』、福岡市『福岡新都心構想』など、企業や商品のコンセプトワークも担当。受賞歴は、朝日広告賞、毎日広告デザイン賞、読売広告大賞読者大賞、東京コピーライターズクラブ最高賞、東京アートディレクターズクラブADC賞など。http://futuretext.co.jp/