2012年度朝日広告賞「広告主参加の部」は、4カ月にわたって朝刊テレビ面に連載された小型広告シリーズと全30段などの一連の広告を展開した東京エレクトロンがグランプリに輝いた。審査委員の弘兼憲史氏に、上位作品の感想や今年の傾向について聞いた。
「コレクター心」をくすぐるアイデアに拍手
──審査に際して、独自の審査基準を持っていますか。
漫画家という職業柄、ビジュアル的なインパクトを第一の評価基準としています。今回の審査も、初めのうちは15段や30段の大きなスペース使った大胆なビジュアルの広告に目が行っていました。ところがよくよく見ていくと、地味な小枠のスペースながら、実によくアイデアが練られた広告があって、自分の中でどんどん評価が高まっていきました。それがグランプリを取った東京エレクトロンの広告です。
──グランプリの広告について、どんなところを評価しましたか。
紙面を切り取って台紙に貼っていくという「コレクター心」をくすぐるアイデアが光りました。また、身の回りのどんな物にその元素が含まれているのか、イラストでわかりやすく解説していて、子どもたち以上に大人が楽しめる広告だったと思います。グラフィック的にもきれいでした。
朝日広告賞 東京エレクトロン 64点シリーズ
2012年11月3日付エリア広告特集
──準朝日広告賞の第一生命保険の広告について。
紙面の大きさにまず圧倒されました。ビジュアルのモデルとなった武井咲さんが、フェルメールの絵画「真珠の耳飾りの少女」のイメージに見事にはまっていることにも驚きました。いわばパロディーですが、本物をおとしめている印象はなく、美しく絵画的に見せようという工夫がうかがえて好感を持ちました。
──ホクレン農業協同組合連合会の広告について。
新聞で野菜を包むというよくある設定をうまくビジュアル化していました。シワの寄った新聞紙を読んでいくと、ちゃんとホクレンの取り組みを伝える記事になっていて、文字量があっても読ませる力を持っていたと思います。
──宝島社の広告について。
何といってもビジュアルのインパクトがありました。コピーもエスプリがきいていました。宝島社の広告はいつも「前回よりも面白い広告を」という熱意が感じられ、新鮮な驚きをもたらしてくれます。上位賞の常連なので、「今年はもういいかな」などと思いながらもやっぱり票を入れてしまう広告主です。
ホクレン農業協同組合 2点シリーズ
2012年9月2日付朝刊
ホクレン農業協同組合 2点シリーズ
2012年11月3日付朝刊
2012年9月13日付 朝刊
部門賞も力作がずらり
──部門賞の中で印象的だった広告についても聞かせてください。
ティファニーの広告(くらし部門賞)は、「ティファニーブルー」を見ただけで、どこのブランドの広告なのかがすぐわかる。それは長年のイメージ戦略のたまもので、そういう不変のシンボルを持っている企業は強いなと再確認しました。
パイロットコーポレーションの広告(準くらし部門賞)も大好きな広告でした。エッジのきいていないモッサリとした字や絵が、万年筆の「味」をうまく伝えていて、見ていてほっと心がなごみました。
味の素の広告(食品・飲料部門賞)は、デザインが秀逸でした。ほどよい暗さが、田舎のおばあさんが囲炉裏端で作る料理を想像させ、とても雰囲気のあるビジュアルだったと思います。
ネスレ日本の広告(準食品・飲料部門賞)は、下のイラストレーションが岩井俊二さんの作だと聞いてびっくりしました。光を感じるいいイラストで、絵に誘われて上の文章もつい読んでしまいました。
ドナルド・マクドナルド・ハウスの広告(教育・公共部門)は、入院したお子さんの治療に付き添う家族のための滞在施設への寄付を呼びかける広告で、審査会で多くの共感を得ていました。半ページの仕掛けを使った表現で、お母さんが隣にいない時のさみしさ、隣にいる時の安心感が伝わってきました。
吉本興業の広告(流通・エンターテインメント部門)もインパクトがありました。所属タレントを一度によくこれだけ集めたなと感心しましたし、なんとなく序列がわかってしまうのも面白い。しかも求人広告で、今の時代に「中学卒業・高校卒業の若い社員を採用する計画です」というメッセージを打ち出したことにも興味を引かれました。
この他、ビジュアルの大胆さでは、集英社の広告(出版部門賞)や、パナソニックの広告(エネルギー・産業部門賞)が印象的でした。
地に足の着いた誠実な広告が多かった
──今回の特徴や傾向について、何か感じたことはありますか。
グランプリの東京エレクトロンは、半導体製造装置を開発している会社だそうですが、そうした会社が受賞したこと自体が、時代を象徴していました。というのも、今、日本のものづくりは自動車も電化製品も大変苦戦しています。中国では反日感情もあって思うように日本製品が売れず、韓国製品に押されている現状があります。ただ、部品のレベルでは日本製は健在で、スマホのような最先端のデバイスを裏で支えていたりします。そうした目に見えない日本の技術の強さを、広告を通じても感じました。
全体的には、勢いでワーッと盛り上げるようなメッセージがあまり見られない一方で、地に足の着いた誠実な広告が多かったように思います。昨年はアベノミクス以前で、株価の低迷が続き、震災復興ももたついていました。世の中全体が「浮足立っていられない」という雰囲気だったのかもしれません。そういう意味では、今年は少し明るい兆しが見られるので、広告表現にも変化が出てくるような気がしています。来年の審査会も楽しみですね。
──弘兼さんが新聞広告に造詣(ぞうけい)が深い理由は。
僕は、大学卒業後の数年間、松下電器産業(現パナソニック)で働いていました。もともと広告業界に入りたくて松下に入ったんです。就職活動の時に、広告に力を入れている松下と資生堂とサントリーを志望し、最初に受けた松下に合格したので入社しました。広告には昔から興味があって、とくに朝日広告賞は制作者として目標の一つでした。ですから、審査委員の依頼がきた時はうれしかったですね。
──コミュニケーションの舞台として、新聞広告にどのような魅力を感じますか。
紙面の大きさです。今の時代はパソコンやデジタルデバイスが手軽な情報ツールとなっていますが、そうした画面で迫力のあるビジュアルを展開するのはなかなか難しい。新聞紙面は、クリエーターが存分に芸術性をたたきつけられる舞台だと思います。
──これからの新聞広告に期待することは。
いい広告には、企業の考え方や目指す方向性が顕著に表れます。例えばパナソニックは、僕がいた松下電器産業の頃から家族的な温かさや明るさを大事に伝えています。宝島社は、革新的なクリエーティブを通して常に何かの問題提起をしています。そうした揺るぎないポリシーが感じられる広告を見たいですね。また、「ティファニーブルー」のように、一目でどこの会社の広告かわかるシンボルを持っている企業は強い。企業への信頼を育むためには、新聞広告を掲載するなどして継続して一貫したイメージを打ち出すことが大事なのではないかと思います。
漫画家
1947年山口生まれ。松下電器産業(現・パナソニック)勤務を経て74年『風薫る』で漫画家デビュー。人生を考えさせる社会派作家として活躍中。代表作は『島耕作』シリーズ(『課長 島耕作』で第15回講談社漫画賞)、『人間交差点』(第30回小学館漫画賞)、『黄昏流星群』(平成13年度文化庁メディア芸術祭優秀賞ほか)など。日本漫画家協会参事、徳山大学客員教授などに就任。2003年から朝日広告賞審査委員。