企業の理念や商品特性など、消費者に有益な情報を伝え、読者の心に響くクリエーティブを実現した企業に賛辞を贈ってきた朝日広告賞・広告主の部。92年から審査委員を務める中島祥文氏に、これまで受賞した作品群の感想や、表現の変遷などについて語ってもらった。
デジタル時代に入り、表現が多様化している
──朝日広告賞「広告主参加の部」の特徴を、どのように捉えていますか。
朝日広告賞は、数ある広告賞の中でも、様々な分野、個性、表現を包含し、あらゆる意味で基軸となる賞だと思います。
私が審査を始めた92年以降、バブルの崩壊によって経済は悪化の一途をたどりました。しかし、受賞作品を振り返ると、景気動向に翻弄(ほんろう)されている印象はありません。どんな状況においても届けるべきメッセージを表現している企業が存在し、朝日広告賞がその姿勢を評価してきたからでしょう。
例えば、93、94年度と連続してグランプリを取ったメルセデス・ベンツ日本は、地球環境対策などについて説明責任を果たし、同業種のボルボ・カーズ・ジャパンは、車の安全性をテーマにアイデアの利いたビジュアルで、96年度のグランプリを受賞しています。事業の本質にかかわることを深く掘り下げ、真摯(しんし)に伝えようとする企業のメッセージは、いつの時代にも届く、ということが言えると思います。
──過去20年の受賞作を見て、どのような感想を持ちましたか。
クリエーティブに関しては、ある時点から明らかに変化が見られます。考えられるのは、デジタル化の影響です。従来は手間がかかった表現技術も容易に実現できるようになり、ビジュアル提案が多様化しました。コンピューター画面で作り込んだビジュアルが増えてくると、その揺り戻しで手づくりの温かみが感じられるビジュアルが出てきて……といったことも、多様化の一因になっていると思います。
グランプリ受賞作は優れたものが多いのですが、広告全般を見渡すと、デジタル化によって表面的な「表現競争」が活発化しているようにも感じられます。「深い思考」をせずに、いかに衝撃的なビジュアルやコピーを打ち出すか、ということに気を取られているような気がするのです。一方、コピーの文字組みなどが驚くほど配慮のないデザインだったりして、今より何倍も労力がかかった写植の時代の方がさらに神経を使っていたのではないかと思うことがあります。
コピーにしても、ひと昔前に開高健さんや土屋耕一さんが生み出したような豊かさのある言葉に、今はあまり出合えません。消費者が本当に望んでいる情報とは何か、企業が本当に伝えたいことは何なのかを深く思考すれば、安易な言葉にはならないはずです。基本的なことを忘れてはならないと思います。
「新しさ」につながる可能性を秘めた新聞広告
──昨年、新聞のカラー印刷技術を競う「INCQC」(国際新聞カラー品質クラブ)のコンテストで、朝日新聞の印刷技術が世界一の評価を受けました。新聞印刷技術の進歩が広告制作に与えている影響は。
印刷技術は格段に向上しています。07年度グランプリの旭化成の広告は、藤井保さんが撮影を担当されましたが、干上がった湖の写真など、ひと昔前の印刷技術であれば、微妙な濃淡がうまく再現できなかったでしょう。
昨年度のも美しい色彩でしたが、あの広告は、グローバルな広告展開を前提に、色や明るさのメリハリが出るように計算された優れたビジュアルでした。世界共通のクリエーティブを展開する企業ならではの工夫で、それも含めて評価しました。
私は、印刷技術が十分でなかった時代にずいぶん新聞広告を作りました。もとになる絵や写真の色がそのまま出ることはほとんどなく、何十枚も紙焼きをした中からこれぞという1枚を選んでいました。紙焼きの段階でコントラストが強すぎても、新聞紙に印刷するとちょうど良く見えたりするわけです。理想としていたビジュアルと実際に刷り上がったビジュアルとのギャップが少ないように細心の注意を払ってきた私としては、苦労せずに理想の原稿が上がってくる今の広告制作者がうらやましいというか、ちょっと悔しいですね(笑)。
──これまで審査してきた中で、印象的だった広告は。
あまり具体例は挙げないようにしているのですが、今回あえて挙げると、昨年度のエルメスジャポンの広告はここ数年間の中でも秀逸だったと思います。「3.11後」の日本社会を明るくしたいという思いを伝えつつ、ブランドイメージを100%出し切っていました。社会的なメッセージを感動的、あるいは印象的に伝える広告は数々ありますが、ブランドのアピールとうまく両立させている広告は、なかなか少ないと思います。
──新聞広告の存在意義について、改めてどのように考えますか?
複数のメディアを使ったキャンペーンの場合、新聞広告を中心に企業の理念や商品の特性を突き詰めていくと、雑誌、ポスター、テレビCM、ウェブなど、他メディアへの発展がしやすいということがあります。新聞広告を作るためには、キーコンセプト、キーコピー、キービジュアルなど、すべての広告要素を凝縮し、一枚の絵に定着させる必要があります。つまり、企業メッセージを表現として明確化するのに適したメディアなのです。新聞広告を制作すると、クリエーターの力もつくと思います。
──多メディア時代において、新聞広告の未来をどう見ていますか?
今、様々な分野でグローバル化が進み、価値観は多様化しています。そうした中では、「既存メディアにしがみついていると取り残される」「新しいメディアのほうが受ける」などとなりがちです。しかし、「既成概念を破ろう」という発想もまた既成概念であり、既成概念がむしろ飛躍につながることだってあると思います。一番大切なことは、「広告とは何か」という原点に立ち返って考えることです。広告とは、企業の軸となる価値観を伝えるものです。朝日広告賞「広告主参加の部」は、そのことを今後も示し続けていかなければならないと思います。
ウェーブ クリエーション 代表取締役 クリエイティブディレクター
1944年名古屋生まれ。66年多摩美術大学卒。J.W.トンプソンなどを経て、81年ウェーブ クリエーション設立。東京アートディレクターズクラブ会員。日本グラフィックデザイナー協会会員。多摩美術大学名誉教授。92年度から朝日広告賞審査委員。
東京アートディレクターズクラブ最高賞、日本経済新聞企業広告最高賞、日経流通新聞最高賞、消費者が選ぶ広告賞グランプリ、東京アートディレクターズクラブ会員最高賞、ACC賞、日本宣伝賞山名賞 他。
主な仕事:「ウールマーク」「伊勢丹」「ジャンポール・ゴルチェ」「マキシム(AGF)」「トヨタ ウインダム」「JR東日本VIEWカード」「ヴァージンアトランティック航空」「AIR DO」「東急電鉄 渋谷ヒカリエ」