「個告」の時代、新聞は王道を行きつつデジタルとも新たな取り組みを

 昨年、朝日広告賞の「広告主参加の部」の審査委員に加わった川口清勝氏。過去60年のグランプリ受賞広告を見て、全体の印象について聞いた。また、オンラインメディアの施策を幅広く展開されている視点から、デジタル時代において新聞が進むべき方向性についても語ってくれた。

歴代グランプリに共通する「時代の共有感」

川口清勝氏 川口清勝氏

──過去60年のグランプリ受賞広告を見た印象は。

 新聞広告は時代を映す鏡なのだと改めて感じました。コピーの巧さやビジュアルの先進性など、技術的に優れた点への評価ももちろんあったと思いますが、60年という長いスパンで振り返った印象は、圧倒的に時代性です。「今欲しいのは、こういうメッセージなのではないか」という思いを、意識的ではないにしろ、広告主、広告制作者、メディア、消費者が共有していて、その「時代の共有感」が、歴代受賞作に表れていました。

 現在、朝日新聞は約750万世帯に届けられています。ただ、対象は「マス」であっても、基本的には一人で読むメディアです。そこをよくわかっている経営者、あるいは宣伝担当者は、「幅広い読者層の中に、この特別な思いを受け止めてくれる人がきっといる」と信じ、最大公約数ねらいではないラジカルなメッセージを発信している。そんな印象も持ちました。

 これに対してテレビCMは、複数で視聴されることも多く、お茶の間がドッと沸くような表現、ある意味で「吉本新喜劇」的なテクニックが優先されます。新聞広告もテレビCMも「マス広告」と言われますが、実際の構造はずいぶん違う気がします。

──時代と共に広告表現に何らかの変化を感じますか。

 昔のほうが、「企業の思いを察してください」という表現が成立していたように思います。読者にしてみれば、ちょっと背伸びをしないと理解できないコピーだったり、ビジュアルだったり……。行間を想像することが楽しく、しかもニュースという真実のはざまでめぐらせる想像はなお楽しい。そんな広告です。ただ現在では、費用対効果という点では直接的でわかりやすい表現のほうがいいという考えもあり、ましてやそれを完全に数値化できるデジタルメディアが台頭しています。スマートフォンでスピード感をもって情報を取る習慣が身についている消費者も増えています。そうした傾向を捉えて、すぐに理解できることを重視した新聞広告が増えているようにも思います。方向性として間違っているかといえば、間違ってはおらず、やはり「時代」なのだと思います。

──広告制作者として、新聞広告の未来をどのように見ていますか。

 僕がいちばん好きな広告は新聞広告なんです。社会に影響力のある層の多くに同じタイミングで目にしてもらえて、良い意味での事件性や破壊力がある。デジタルメディアがどんなに便利で、どんなにアクセスを稼ぐといっても、その特長にはかなわないと思っています。

 とはいえ、企業の宣伝担当者が20代だと、自分が頻繁にアクセスするメディアに親しみがありますから、媒体計画に新聞広告が盛り込まれないこともある。年配の上司が新聞信奉者だとしても、「オンラインの施策なら、費用対効果がはっきり出ますよ」などとささやかれると、「なるほど。そっちのほうがいいかも」となるかもしれない。

 僕は、新聞などの既存メディアは刀、オンラインメディアは鉄砲だとよく言っています。どんなに腕の立つ剣豪でも、雑兵が放つ鉄砲の威力にはかなわない。じゃあ剣豪はどうすればいいか。刀を磨きながら、鉄砲も持ったらいいんです。明治維新後の指導者の多くが双方に秀でていたように。ところが、既存メディアはとかくオンラインメディアと距離を置きたがる傾向にありました。その姿勢は通用しない時代にきていると思います。

朝日広告賞は新聞広告の本流を貫くべき

──昨年、朝日新聞の紙面イメージとツイッターを連携させる取り組み「SocialA」に参加されました。「作り手と読み手が、新たな情報や意見を付け加えることで、さらなる価値を生み出そうとする試み。次世代の新聞プラットホームのあり方を探る」という趣旨でしたが。

川口清勝氏 川口清勝氏

 今は、新聞の情報もソーシャルメディアの情報も並列に扱われる時代です。本来は、記者が書いた情報と、友人がフェイスブックにアップした日記的な情報が同質であるはずがありません。でも、スマートフォンが主な情報源となっている若い人たちに「どっちが読みたい?」と聞いたら「友人の情報」と答えるでしょう。それが実際の肌感覚だと思います。

 ソーシャル上の情報は、広告ではなく「個告」です。「個告」の台頭によって広告の「公」としての影響力は薄まっています。そうした中、若い人たちが集うところに居場所を作っておかなければ、新聞の将来は危ういと僕は思っています。居場所を作るためには、「面白そうなことをやっている」「新しいことをやっている」と思ってもらわなければいけません。
例えば、ふだん真面目なオジサンが、休日にノーネクタイですてきなジャケットを着こなしていたりすると、「おっ、センスいいな。このオジサンだったら一緒にお酒を飲みたいな」と若い人は思いますよね。新聞も、真面目な記事と歴代の朝日広告賞作品のような王道の広告が太い幹としてあったうえで、若い人のニーズと呼応していけばいい。「SocialA」を提案したのは、そんな思いからです。

 TUGBOATは、雑誌のプロモーションをお手伝いする目的から、「magabon」「X BRAND」という二つの雑誌の情報サイトを運営しています。ここで閲覧できる広告の多くは、クリックするとeコマースで掲載された服などを購入できる仕組みになっています。新聞もそうした取り組みを積極的に採用したらいいと思います。朝日新聞デジタルは、他紙に先がけてソーシャルメディアやネット動画との連動を始めました。広告主や読者はそれをちゃんと見ています。さらなる新しい試みによって、本流である記事や新聞広告も活気づくのではないでしょうか。

──朝日広告賞が進むべき方向性については、どのように考えますか。

 先ほどの刀と鉄砲の話でいえば、朝日広告賞は、刀を磨く場であり、剣豪が腕を競う場であり続けるべきだと思います。メディア環境がどんなに変わろうと、手間を惜しまないものづくりの尊さや、ゆったりと想像する楽しさを、今後も大切に見守っていくべきだと。昨年グランプリを受賞したも、普段スマートフォンに流れてくる情報群とはまるで異なる世界観を提供し、支持されました。オンライン的な動きの対極に座して本流を貫くことが、朝日広告賞の価値の存続、ひいては新聞メディアの総合的な魅力につながっていくのではないかと思います。

川口清勝(かわぐち・せいじょ)

TUGBOAT クリエーティブディレクター /アートディレクター

1985年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。同年、電通へ入社。クリエーティブ局アートディレクターを経て99年クリエイティブ・エージェンシー「TUGBOAT」を設立。雑誌ポータルサイト「magabon」編集長。オンラインメディア「X BRAND」編集責任者。多摩美術大学客員教授。 東京ADC会員。NY ADC会員。LONDON D&AD会員。NY ONECLUB会員。2011年から朝日広告賞審査委員。主な仕事にNTTドコモ、マグライト、NTT東日本、富士ゼロックス、サッポロビール、朝日新聞、JR東日本 など。

<参考記事>
震災があった年、人々の心に明るさをもたらしたメッセージ
「広告主参加の部」審査委員/TUGBOAT クリエーティブディレクター アートディレクター 川口清勝氏