2011年度朝日広告賞・広告主参加の部の最高賞は、エルメスの広告。クリスマスシーズンにさしかかる12月11日の朝刊に全15段広告を4面にわたって掲載。休刊日の関係で翌日の朝刊がなく、11日と翌12日のテレビ面がこの日の中面に掲載される。エルメスは、多くの読者が翌日まで保存するこの日の中面を活用した。テレビ面の裏を返すと、左右にエルメスの広告が並ぶ形となった。さらに、13日の朝刊から1週間にわたり、クオーター広告を1点ずつ展開した。最高賞の受賞に関して、同社コミュニケーション部・広報担当に感想を聞いた。
「今回のようなボリュームで新聞広告を展開したのは初めてのことで、ある種の挑戦でした。栄えある賞をいただき、大変うれしく思っています」
「賞をいただいてから、改めて審査委員の方々の顔ぶれや、過去の受賞広告を見て、すばらしい賞をいただけたのだと実感しました。受賞のニュースを聞いてすぐにパリの本社にも連絡しました。ちょうど向こうは休日だったのですが、社員間ですぐにメールを転送してくれたらしく、直接連絡した人からも、連絡していない人からも、『おめでとう』のメールが届きました(笑)」
エルメスは、世界共通の広告クリエーティブを徹底しており、ビジュアル制作は、エルメス本社の指示のもと、パリを拠点とする代理店のクリエーティブチームが担当した。長年エルメスのコミュニケーションに携わり、エルメスの文化を熟知しているチームだ。「エルメスから、まごころを込めたおくりもの」というコピーも、フランス語で制作されたコピーをもとに作成したものだ。ただ、メディアプランは各国担当者の意見が臨機応変に反映される。新聞活用や、中面活用を含むシリーズ展開については、エルメスジャポンが決めた。
2011年12月11日付 朝刊 全60段
つらい1年の終わりに明るいサプライズを
審査会では、休刊日による特別紙面を活用した出稿アイデアに対する称賛のほか、「震災があって重苦しい空気が漂っていた年の最後に、人々に明るさをもたらした」という評価も多かった。
「昨年は日本にとって本当につらい年で、新聞では連日、被災地の惨状が伝えられていました。ラグジュアリーといわれる商品の広告を展開していいものかどうか、悩みました。しかしながら、年末が近づくにつれて、人々に前向きな気持ちが芽生えてきているのを感じました。つらいニュースで疲れた心を明るくしてくれる何かを求めていると。そうした中で、エルメスだからできることがあるのではないかと考えました。エルメスは、心をこめた手仕事にこだわる職人気質を受け継ぎながらも、おちゃめで子ども心を忘れない、エスプリのきいた商品を届けてきました。つらいことがあった年だからこそ、人々の心に灯火をともすようなサプライズ、明るいプレゼントを届けたい……。クリスマス広告は世界共通のものなので、震災を意識したクリエーティブではありませんでしたが、そんな思いで一連の広告を打ち出しました」
全15段広告のモチーフはクリスマスツリー。エルメスのギフトボックス、エナメルブレスレット、スカーフ、ネクタイで形作られ、一つ一つのアイテムをエプロン姿の職人がせっせと積み重ねているようにも見える。ツリーの土台は、パリのフォーブル・サントノーレ店のイメージだ。
クオーター広告のモチーフは、フォーブル・サントノーレ店のウインドーディスプレー。窓からエルメスのクリスマスギフトが飛び出すような遊び心あふれるビジュアルが日替わりで展開された。
「商品を見せていますが、エルメスの世界観を表したイメージ広告でもありました。特にオレンジボックスはエルメスの象徴であり、贈られたときや開けたときのワクワク感を、意外かつ楽しくお届けできたのではないかと思います」
「昨年のエルメスの年間テーマは、『現代(いま)に生きるアルチザン』でした。紙面でもアルチザン(フランス語で職人の意)が活躍してくれています。モチーフとなっているフォーブル・サントノーレ店のウインドーディスプレーは、『エルメス劇場』と呼ばれています。長年にわたってウインドーディスプレーに携わっている社内のデザイナーと彼女を中心としたチームが、何面もあるウインドーそれぞれに趣向を凝らしたディスプレーを施し、ディスプレーが変わるたびに除幕式を行うのです。お客様は、一つ一つの窓をのぞく楽しみがあって、その様子を再現したビジュアルといえると思います」
クォーターページ 全7回 シリーズ広告
新聞のカラー再現力にパリ本社が感嘆
エルメスが広告展開に新聞を活用するのは今回が初めてではない。いわゆるラグジュアリーブランドとしては、むしろ先がけだ。最初に新聞広告の活用を本社に打診した際は、「新聞で商品の色合いを忠実に再現できるのか」という反応だったという。
「朝日新聞の印刷技術を見せたところ、『すばらしい』となって、新聞での広告展開が始まりました。ほかの誰もやっていないことへの挑戦こそ、エルメスのスピリットなのです。日本の新聞は発行部数が多く、しかも各家庭に宅配されています。朝、新聞を読むことが人々の生活習慣になっています。エルメスに関心のない方の目にも自然と触れるので、『色鮮やかなビジュアルがいいな』『エルメスは縁遠いと思っていたけれど、この商品なら手が届くかな』などと、気づいていただけるのではないかと期待しました」
「何度も色校正に協力してくれた朝日新聞、とくに色や素材感を出すために努力してくれた印刷担当の方にはとても感謝しています。エルメスの職人に通じるような職人さんが、新聞社にもいるのですね」
出稿後、広告に対して多くの好意的な意見が寄せられた。その大半が、「今年は暗いことばかりだったが、広告を見て明るい気持ちになれた」というものだった。「紙面を見た」という来店者も多かったという。また、社内のモチベーションアップにもつながった。
「新聞はいろいろな方が見ているので、子どもの担任の先生から『エルメスのすてきな広告を見ました』と言われてうれしかったという社員や、百貨店の朝礼で、百貨店の社員さんが新聞紙面を掲げて全員の前で紹介してくれた、誇らしかった、という販売員の声などが届いています。きっとパリの広告部の壁にも貼ってあると思います(笑)」
最後に、今回の受賞についてこう振り返る。
「職人が商品に込めるまごころや、夢や希望を伝えるエルメスのメッセージは、毎年変わっていません。それが今回評価されたのは、震災という大変なことがあって、本当に大切なものを見つめ直す人、夢や希望を見いだしたいと願う人、そうした人々の心の動きにフィットしたからなのではないかという気がしています」