2011年度朝日広告賞・広告主参加の部は、3.11以降の日本社会にメッセージを投げかける広告が多く見られた。今回初めて審査委員に加わった川口清勝氏に、受賞作品への評価や、新聞メディアの課題と可能性などについて聞いた。
フランス流のエスプリがきいていた最高賞
──まず、最高賞のエルメスの広告について聞かせてください。
クリスマスに焦点を当てた出稿のタイミング、紙面の使い方、翌日に期待を持たせるシリーズ展開など、新聞の特性を生かした広告で、すばらしかったと思います。掲載当日、新聞を開いてこの広告を見たときには、ワッと驚きました。朝日新聞のカラー印刷は、「2012年国際新聞カラー品質クラブ」のコンテストにおいて世界1位になったと聞いていますが、エルメスのフランス本社も印刷技術の高さを評価して出稿にゴーサインを出したのではないでしょうか。審査会では、「震災後、暗く落ち込んでいた日本に元気をくれた」という評価が集まりました。エルメスがそうした意図をひそかに込めていたとしても、表現はハッピーなクリスマスの世界観に終始していて、よく見ると、職人の手仕事のすばらしさをユニークに表現している。フランス流のエスプリがきいていました。
朝日広告賞 エルメス クリスマスキャンペーン 全8点シリーズ
2011年12月11日付 朝刊 全60段
朝刊 クオーターページ
──準朝日広告賞のJR東日本の広告の感想はどうでしょうか。
東北新幹線のイメージカラーを大胆に配したデザインが印象的でした。東北新幹線は、一昨年末に全線開業した矢先に3.11があって、開業キャンペーンは失速してしまいました。その悔しさをリセットするように力強く打ち出した「行くぜ、東北。」というコピーがよかったです。「自分が楽しむことで東北に力を」という人々の前向きな気持ちにうまくリンクしていたと思います。また、駅張りポスターと統一感をもたせたコミュニケーションによって、人々の記憶に長く残像を刻みました。
──準朝日広告賞の髙島屋の広告の印象は。
写真の力が圧倒的でした。創業期までさかのぼり、髙島屋の歴史を直球で伝えた広告です。昔から続くビジネスモデルを変えずに維持していくのは、変化の激しい現代では大変なことで、「誰が想像しただろうか。」というコピーを見て、髙島屋の従業員も利用客も、さまざまな思いをめぐらせたのではないかと思います。
──準朝日広告賞のトンボ鉛筆の広告について。
小学校低学年の子供の手に合わせた短寸鉛筆を紹介する内容でしたが、親たちが気づかないようなことを子供の立場でリアルにとらえて商品化し、人々に必要な情報として広く知らしめた姿勢に好感を持ちました。かわいらしくチャーミングな広告で、「なんでも相談できるやさしいおじさん」といった趣です。欲を言えば、シリーズ展開だったらよかったなと思います。職種や趣味、家族、学生時代の話などを聞くことで、人格が一層はっきり見えてくるのと同じように、トンボ鉛筆という会社の取り組みや考え方をいろんな角度から知りたかったなと。とはいえ、1点でも「人の良さ」は伝わってきました。
さりげない支援の気持ちが好感を呼んだ
──今回初めて広告主参加の部の審査をされましたが、朝日広告賞にはどのようなイメージを持っていましたか?
僕の以前の勤め先の電通では、クリエーティブ枠で採用された新入社員は、必ず朝日広告賞の一般公募の部に応募していました。受賞すれば、少なからず社内やクライアントからいい評価をもらい、若いうちに仕事のチャンスをつかむきっかけとなる賞だったと記憶しています。歴代の受賞作を見るとわかりますが、一般公募の部も広告主参加の部も共に、「論理的に人々を説得する力を持った、地に足のついたアカデミックな表現」が支持されてきた印象があります。そうしたアプローチは、実際に出稿する広告においては大切なことで、どちらかといえば広告主参加の部に関心を寄せてきました。
──今回の全体の印象と、初審査を終えた感想は。
震災があった年ということで、それをテーマとした広告が多く並びました。あの大災害を無視できる企業はなかったと思います。ただ、言いづらいことですが、「被災地への思いを押しつけられたくない」という受け手もいたでしょう。そうした中で、エルメスの広告は、直接的な表現は一切せずに、それでいて遠くフランスから傷ついた日本を温かく見守ってくれている、というようなスマートさがありました。JR東日本の広告も、一方的なメッセージの押しつけではなく、あくまで、「新幹線で東北に遊びに行くぞ。自分が楽しむことで支援につながったらうれしい」という自発的な気持ちに寄り添うものでした。
一つ気になったのは、結果的に上位にはなりませんでしたが、「賞をとるため」という意図を感じる広告が見受けられたことです。今回だけでなく、ここ数年の傾向ともいえると思います。本来は、モノを売るための広告、ブランドイメージを高めるための広告、企業メッセージを伝えるための広告であるべきで、そこは審査委員がしっかり見極めていかなければならないと思います。
新聞もデジタルの施策を考える時期にきている
──新聞メディアの今後の課題や可能性について、聞かせてください。
若い人を相手に新聞メディアの魅力を語るときは、ニュースの重要度が一見してわかるように編集されているところだと言っています。ネットのポータルサイトのニュースは、見出しの字の大きさが同じで、社会的見識として摂取すべき情報は何なのか、自分の関心のある情報がほかの人にとってどれだけ重要なことのか、といったことが判断しづらいだろうと。新聞の場合は、重要な情報ほど大きく取り上げるなど、社会的に情報の軽重がどうなっているかがわかるわけです。
ただ、若い人たちの情報源がデジタルに移行しているのは歴然とした事実です。ネット広告やeコマースは、クリック履歴や購買履歴が数値化できるので、広告主にとっても魅力です。テレビはGRPが出ますが、雑誌広告や新聞広告の効果は可視化しにくく、「ほんとに効いてるの?」という広告主は年々増えています。TUGBOATは、雑誌のプロモーションをお手伝いする目的から、「magabon」「X BRAND」という二つの雑誌の情報サイトを運営していますが、雑誌がデジタルに領域を広げることを広告主は歓迎しています。雑誌に掲載された商品をいいと思ったそのときにeコマースで買えたり、広告主のキャンペーンサイトに気軽に飛んでくわしい情報を取ったりと、ユーザーにもメリットがあります。
新聞も、デジタルの施策を真剣に考えなければならない時期にきていると思います。朝日新聞の強みは、優秀な記者による記事の力とブランド力です。デジタル版独自にファッション、カルチャー、ビジネス、フードなど、ライフスタイルの要となるコンテンツを提供すれば、社会的見識を求める読者が集い、企業が競って広告を出したい場となるでしょう。例えば朝日新聞デジタルは、記事の上にツイッターやフェイスブックのタグがついています。記事の広がりをもっと促して、若者たちの「井戸端会議の中心」を目指したらいい。これは一つのアイデアですが、紙の新聞の購読者に朝日新聞デジタルをフリーで提供したらどうでしょう。記事のやり取りが活発化し、若い購読者や広告主の獲得につながっていくと思います。
TUGBOAT クリエイティブディレクター/アートディレクター
1985年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。同年、電通へ入社。クリエーティブ局アートディレクターを経て99年クリエイティブ・エージェンシー「TUGBOAT」を設立。雑誌ポータルサイト「magabon」編集長。オンラインメディア「X BRAND」編集責任者。多摩美術大学客員教授。 東京ADC会員。NY ADC会員。LONDON D&AD会員。NY ONECLUB会員。主な仕事にNTTドコモ、マグライト、NTT東日本、富士ゼロックス、サッポロビール、朝日新聞、JR東日本 など。