若いクリエーターへ。アイデアの源は自分の中にある

 完成度の高い秀作がそろった2010年度朝日広告賞第1部(一般参加の部)。受賞作品への評価、応募作品の傾向、若いクリエーターの課題などについて、審査委員を務める葛西 薫氏に聞いた。

最高賞受賞作品は、割り切りのよさが奏功

――朝日広告賞受賞作品について。

葛西 薫氏 葛西 薫氏

 写真がよかったと思います。ミノムシの巣に窓をつけたアイデアは、ミノムシにとって本当にいいことなのかどうかは脇に置いて、抽象的な表現の中に、光のある暮らしの喜びを与えてやりたい、という願いが感じられました。広告主の願いを代弁していたと思います。コピーを入れず、ビジュアルだけで見る人に「想像してください」と託した割り切りのよさが奏功しましたが、一方で、言葉をのせて成功する可能性もあったでしょう。ビジュアルの世界観がさらに広がっていくような言葉に出会いたかった気もします。

※画像は拡大します。

【朝日広告賞】YKK AP〈「窓を考える会社YKK AP」〉3点シリーズ
齊藤智法、三島邦彦、岡本誠、竹内彰、宮崎悠、朝鍋健太郎

――準朝日広告賞受賞作品について。

 新潮文庫の課題を扱った作品は、ビジュアルの強さ、シンプルさが支持された作品です。惜しかったのは、コピーがビジュアルの説明にとどまっていたこと。「乗り物移動の時間を忘れるほど夢中になれる文庫本の面白さ」というのは絵を見て想像できるので、その先に膨らみを持たせるような、絵と立体的に関係していくような言葉が見つけられると、より強さが出たと思います。

【準朝日広告賞】新潮社〈新潮文庫〉3点シリーズ
戸川進之介、河西智彦、水本光一、矢木重治、細川直美、宮原由紀子、山田和史、永橋正輝、遠山桜王

 ハッピーブック・キャンペーンの課題を扱った作品は、明るく気持ちのいい仕上がりのビジュアルに好感が持てました。素直で飾らない、それでいて奥行きが感じられるコピーもよかったです。応募作品ならではの若々しさ、初々しさが感じられました。

【準朝日広告賞】出版共通課題〈ハッピーブック・キャンペーン〉3点シリーズ
栗波亮、半澤未奈子

【準朝日広告賞】 YKK AP〈「窓を考える会社YKK AP」〉江連有美、三島伸康、村上賀子 【準朝日広告賞】YKK AP
〈「窓を考える会社YKK AP」〉
江連有美、三島伸康、村上賀子

 YKK APの課題を扱った作品は、写真とコピーの関係がみごとです。写真はごく普通のスナップショットのようですが、左から射す光の理由をコピーで知らされることによって、写真の中の光と陰が俄然(がぜん)意味をもってくる。その結果「窓は人を育む。」に納得させられます。

見せ方や論法が似通った作品が多かった印象

――今回の応募作品の傾向は。

 そつがなく“うまい”作品が多かったという印象です。ただ、おしなべて表現手法が似ているのが気になりました。具体的に言えば、いい写真表現を持ってきて、コピーの文字は小さくあしらい、商品名も小さく画面下にひっそり配置するようなレイアウトです。メッセージや商品名を声高に言わないほうが品よくまとめられるという、テクニカルな公式の中におさまってしまっているのです。論法も似通っていて、どこか遠回しで、しばらく考えないと結論に行き着かない、見ていてもどかしくなるようなものが多かった気がします。

【入選】<br/>大日本除虫菊<br/>〈キンチョール〉<br/>野中正之、津久井尚 【入選】
大日本除虫菊
〈キンチョール〉
野中正之、津久井尚

 実際の広告は、数ある広告の中から目をとめてもらわなければならず、一見して結論がわかるスピード感が大切です。そのぶん、せめて自由に作れる広告賞では、受け手とじっくり対話できるような表現をしてみたいという気持ちもあるのでしょう。ただ、広告の本来の目的は、商品の内容や商品名を伝えることなので、それを隅に追いやらずに引きつけるアイデアを探してほしいですね。

――入賞作品の中で印象に残った作品は。

 大日本除虫菊の課題を扱った作品は、「KINCHO」というロゴがまず目に飛び込んできて、子どもの心にも大人の心にも触れるようなイラストレーションは、長く見させる力もありました。技巧に走らず商品ロゴを堂々と見せた数少ない作品だったと思います。

 もう一つ印象に残ったのは森林文化協会の課題を扱った作品です。この作品は、言葉がつくことで写真の見方がガラッと変わります。写真とコピー、どちらを外しても成り立たない緊張感があり、動物の視点でものが考えられるところもすばらしいと思いました。

【入選】森林文化協会〈森林文化協会のイメージを高め、認知度を上げる企業広告〉3点シリーズ
大竹雄樹、久武正直、池山千尋、株式会社アフロ

――朝日広告賞のここ数年の傾向は。

 上位作品のほとんどを30段の作品が占めていることではないでしょうか。30段だから評価を受けやすいということではなく、単純に応募数の比率が高いのです。大きな面積を使ってダイナミックな広告表現に挑戦したいクリエーターが多いのかもしれません。ただ、ビジュアルで引きつけて感性に訴えるような、ポスターのような表現が増えており、本来新聞は感性のみならず、理性に訴える力のあるメディアなのに……と、少し懸念しています。審査する立場としては、いっそ応募基準を15段以下に設定してもいいのではないかと思っています。

テクニックに頼らず、自分の日常を見つめ直して

――若いクリエーターに伝えたいことは。

 過去の広告手法や広告賞の受賞作品は手本にしないことです。その一方で、世の中にある新聞広告に目を通し、よくも悪くも目を止めた広告については心に引っかかった理由を検証し、私ならこうする、と自分の発想に役立てていくことも訓練になるかもしれません。

 アイデアの源は自分の中にあるというのが僕の考えで、例えばどんな時に幸せを感じたのか、喜びを感じたのか、過去に味わった経験を思い返し、まずそれを判断の基準にしています。それはデザイン的なテクニック以上に頼れる感覚です。

 広告的な技術を発揮する以前に、自分がふだん言いたいことをうまく相手に伝えられているかを振り返ってみるといいと思います。うまく伝えられなかった経験があるなら、相手の立場を考えて発言していなかったかもしれないし、伝えたいという迫力に欠けていたかもしれない。そうした日常のコミュニケーションのあり方を熱心に考えることで見えてくるものがあると思います。

――東日本大震災が広告へ与えている影響について、どのようにお考えですか。

 広告の役割は、商品や企業の情報を過不足なく伝え、人々の暮らしの潤滑油となることです。震災以降、広告出稿を自粛する企業もありますが、生活者が情報を求めている状況は変わっていないはずです。企業がどこに向かおうとしているのか示してほしいとも思います。僕自身は、どんな時でも機能する広告を作っていくんだという気概をもって制作にあたっています。

――応募者へのメッセージをお願いします。また、朝日広告賞へのご提言があれば、聞かせてください。

 僕もかつて朝日広告賞に応募し、20歳の時に準朝日広告賞をいただき、すごくうれしかったのを覚えています。自分の位置を知り力を試すチャンスです。いい経験になると思うので、どんどんチャレンジしてほしいですね。
朝日広告賞に提言したいのは、最高賞を受賞した作品の原寸大での本紙掲載です。そうすれば朝日広告賞に対する読者の関心も高まるでしょうし、課題を提供した広告主のPRにもなります。課題を提供したいという広告主も増えるのではないでしょうか。入選作品くらいまで原寸大で別刷りにし、本紙にはさみ込むような形にできるといいと思います。

葛西 薫(かさい・かおる)

サン・アド アートディレクター

1949年北海道生まれ。73年にサン・アド入社。アートディレクターとして、サントリーウーロン茶、ユナイテッドアローズなどの広告に長期にわたって携わるほか、サントリー、サントリー美術館、虎屋、六本木商店街振興組合などのCI計画、映画や演劇の広告美術や装丁、空間設計など幅広く活動。東京ADCグランプリ、朝日広告賞、毎日デザイン賞、講談社出版文化賞ブックデザイン賞など受賞。著書に『葛西薫の仕事と周辺』(六耀社、98年)、『図録 葛西薫1968』(ADP、2010年)など。