撮影者が被写体。意外な視点の勝利

 2009年度朝日広告賞・第1部の最高賞は、日本デザインセンターのコピーライター・波間知良子氏、デザイナー・佐野真弓氏が受賞した。受賞作はキヤノンマーケティングジャパンの課題で、被写体ではなく、撮影者を主役にしてカメラの魅力を伝えた視点が新しいと多くの審査委員に支持された。

波間知良子氏 波間知良子氏

 2人は同期で、今年4月に入社4年目になる。「ケータイの留守電に朝日新聞社の方からメッセージが入っていて、かけ直すとおっしゃっているのに、待ちきれなくてこちらからかけてしまいました(笑)」と波間氏。「波間さんが電話でグランプリ受賞を確認した時に一緒にいて、喜びを分かち合いました」とは佐野氏。

佐野真弓氏 佐野真弓氏

 同期とはいえ、今まで仕事を共にしたことがなかったという2人。制作に際し、朝日広告賞の過去の作品集を一緒に眺め、好きな表現をお互いに確認し合ったという。
課題を選んだ経緯について波間氏は、「実は、佐野さんと組んで全部で3作品作ったんです。最初の2作品の構想が固まったあとも、もっと何かできるのではと感じていた中で、ふとパソコンに入っていた写真を『これ、すごく気に入ってるんだけど……』と、佐野さんに見せました」と話す。
それは、卒業旅行で訪れたチリ北部の観光地「月の谷」で撮った写真。夢中で写真を撮る外国人観光客のユーモラスな格好が佐野氏も気に入り「これでひとつ作ろう」と、キヤノンマーケティングジャパンの課題に行き着いた。

 

旅先で自ら撮影したスナップ写真を採用

 5点シリーズのうち3点はチリ、1点はタイ、1点は浅草で、波間氏自らシャッターを切った。「もともと写真を撮っている人を撮るのが好きなんです。被写体に夢中で周りが見えていない、無防備な感じが面白くて」と波間氏。ちなみに浅草の写真のみ、作品のために撮影した。

 「チリの3点はインパクトがあったので即採用を決めましたが、現実離れし過ぎている気がして、違った雰囲気の風景を入れようとタイの写真を加えました。さらに身近な感じの写真がもう1点くらい欲しいということで、東京の外国人がいっぱいいそうな場所をいくつか巡り、“無防備な撮影者”をカメラにおさめました」

 デザインのポイントについては、「15段も考えましたが、切り張りしたスナップ写真の雰囲気を出したかったのと、撮影者の目線の先に広がる世界を余白のスペースで想像してもらいたかったので、30段にしました」と佐野氏。撮影者に注目がいくよう、余計な人物をカットしたり、トリミングしている写真もあるそう。

 コピーのアイデアは100案をゆうに超えたという波間氏。「人間を肯定するコピーにしたいと思って写真を見ながら書き続けていたら、『人がいちばんかわいい生き物。』という言葉がスルッと出てきました。かわいい、という言葉が甘すぎる気もしましたが、写真と並べてみるとマッチしていたので、佐野さんに提案しました」
佐野氏は最初、コピーをパソコン画面で目にした。「パソコン上の文字だとあまりピンとこなくて、出力した文字を写真の横に置いてみたら、言いたいことが言えていると思って、賛成しました」

 制作中には上司や先輩に意見をもらった。
「他の応募者の作品は、いい悪いは別にして作り込んでいる作品がわりと多く、過去の受賞作品にもそういう表現が目についたのですが、なんとなくそこに違和感を感じていて、あえてそっちの方向にいかないようにと思っていました」(波間氏)
「もっと大げさな、分かりやすいような写真のほうがいい、という指摘もあって最後まで不安でしたが、結果的に評価され、受賞後、『ユルさが抜きん出ていた』と先輩から言われてうれしかったです」(佐野氏)

2009年度 第1部朝日広告賞
キヤノンマーケティングジャパン 〈人がいちばんかわいい生き物。〉5点シリーズ

 

30段で前向きなメッセージを発信したかった

 新聞広告ならではのクリエーティブとして、どんなことを意識したのか。また、仕事で新聞広告を作るとしたら、どんな挑戦をしてみたいのだろう。
「こう見せようとか、こう仕掛けてやろうとかよりも、何を言うかということが問われるのが新聞広告だと思うんです。そういう意味で、物事を否定的にとらえるニュースばかりが目につく昨今、もっと人間を肯定したり、世の中そんなに捨てたものじゃないということをメッセージとして伝えられたらと思っていました。新聞広告は、企業が『世の中を前向きに変えていきます』と言える場であり続けてほしい。たとえば宝島社の新聞広告は個人的に好きな広告です。私はふだん、主に『無印良品』のコミュニケーションを担当していますが、上司の原研哉が手がける同社の新聞広告も、社員が誇りを持てるようなメッセージが詰まっていて、私もいつかそういう仕事ができるといいなと思っています」(波間氏)

 「一人に対して、見開き30段のような大きなスペースで見せられる広告は、他のメディアにはありません。その大きさを最大限生かして何ができるかを突き詰めて考えました。私は現在、書籍や企業ロゴなどのデザインを手がけています。仕事で新聞広告を手がけたことはありませんが、あこがれはあります。入社当時は気に入った新聞広告を会社の壁に張ったりしていました」(佐野氏)

 最後に、朝日広告賞に参加したことで得た成果について、改めて聞いた。
「自分の撮った写真を使い、心から思っていることを表現し、共感してもらえたというのが何よりいい経験でした。本当に信じていることは強いし、そうでなければ広告としてウソになってしまうんだということが実感としてつかめました。今後もその気持ちを忘れず、言葉はもちろん、コミュニケーション全体を考えていけるようになりたいです」(波間氏)
「今回、自分のやりたい表現をするだけじゃなく、自信を持って『このアイデアでいく!』と、正しい時期に正しい判断を下すことがすごく大事なんだなと実感しました。そういう部分を今後も鍛えていきたいと思います」(佐野氏)

 今の時代、みんな下を向いて不況を嘆いてばかりいる。でも、そういう時だからこそ、真の価値に目を向けてもらえるチャンス、と口をそろえる若い二人だ。