あえて読者をだまし、振り込め詐欺を警告

 2009年度朝日広告賞・第2部の最高賞は、「振り込め詐欺抑止プロジェクト実行委員会」の広告。ブランケット判2ページ(裏表)のエリア広告特集で、いかにも新聞に1万円札が挟まっているように見え、つまんでみたら広告だった……という仕掛けに注目が集まった。

阿字地睦氏 阿字地睦氏

 担当したのは、アサツー ディ・ケイ クリエイティブユニット2 アートディレクターの阿字地睦氏と青柳有美子氏。
変形の紙面がはみ出すアイデアは、新聞広告の新しい可能性を探る中で生まれた。技術的にクリアすべき課題が多い表現だったが、そうまでして伝える価値のある情報というのが、当時深刻な社会問題になっていた振り込め詐欺だった。

青柳有美子氏 青柳有美子氏

 「出稿当時は1日1億円の被害と言われ、しかもさんざんニュースになっているのに減る気配がありませんでした。さらに定額給付金の導入で新手の振り込み詐欺が増えることが懸念されていて、余程目立った警告をしないと抑止できないと思ったのです」と、阿字地氏。両氏の実家にも振り込め詐欺の電話があり、身近な話題だったという。

 「振り込め詐欺がいっこうに減らないのは、自分は絶対だまされるはずがないという過信のせいで、そこを突きました。ただ、正しいことを語る新聞で読者をだますような表現をしていいのか、実現できるのか、という思いはありましたね」と明かすのは青柳氏。

 

1万円札のリアルさをとことん追求

 リアルなお札の表現は、偽札偽造と誤解されかねない。財務省に意見を仰ぐなどして慎重にアイデアを練った。結果、表現的な制約として挙がったのが、本物の紙幣の2分の1以下の面積にすること、明らかに本物と違う表現にすること。その解決策が、お札の半分が飛び出た形、福沢諭吉が黒電話をかけている絵、「みほん」の赤い文字だ。

 変形の紙面は折り込み機にかけられないため、手作業で広告を折り込んでいる販売所を探し、千葉県市川市と船橋市の販売所の協力を取りつけた。被害者層である年配の富裕層が多く住むエリアでもあった。さらに千葉県警が企画を後押ししたことで、市役所や金融機関も賛同。官民挙げて社会悪に対抗する啓発広告となった。

 制作上苦労した点については、「とにかく本物のお札と間違えるほどのリアルさが勝負だと思ったので、印刷会社に何度も足を運んで色味を調整しました。また、お札が挟まっているように自然に見せるため、だまし絵的に紙面の重なりを表現しました。この工夫により、紙面に挟まった状態では『みほん』の赤字が隠れて見えません。実は刷り上がった後、私自身もだまされました(笑)」と青柳氏。

 一方、お札以外の部分は、紙の色、体裁など新聞本紙に近づけ、振り込め詐欺に関する過去の朝日新聞の記事を掲載。
「だまされた直後に何が目に入ったら効果的かと考え、『だまされる瞬間は、ある日突然やってくる。』というコピーを配置しました。記事と一緒にコピーを読むことで、“自分ごと”として受け止めてほしかったのです」と青柳氏。
「ショッキングな表現だったので、『驚かせてごめんなさい』と、最初に謝ってしまってから、そこまでしてもお伝えしたいことがある…と、続けました。裏面では、被害者にならないよう自己チェックできる情報を掲載し、電話の横や冷蔵庫に張ったり、離れて暮らす祖父母に送ったりと、二次使用されることを期待しました」とは阿字地氏。

 配達当日は販売所に赴き、新聞配達員を見送ったという両氏。
「“お札”が飛び出た新聞をドサッと積んだカブが何台も走り去っていく光景は圧巻でした」(青柳氏)
紙面は、配布されたエリアの銀行、市役所、JA、商店街の店々で張られ、地元住民のブログなどでも話題となった。

2009年度 第2部朝日広告賞
振り込め詐欺抑止プロジェクト実行委員会〈振り込め詐欺抑止キャンペーン(千葉エリア)〉

 

実感した新聞広告の可能性

 朝日広告賞への思い入れは強いという両氏。受賞の知らせを聞いた時は、感慨もひとしおだったとか。
「新聞は社会の縮図で、歌舞伎町ネタもあれば兜町ネタもある。いろんな話題がある中で広告が目立つのは難しく、だからこそ良い情報を発信できれば記事に負けない価値になる。そんな思いがあって、1部に応募し続けていました。でもかすりもせず、10年くらい経って先輩から『そろそろ2部を狙ったほうがいいんじゃないか』とからかわれて(笑)。今回、その先輩からほめてもらった時は、ほんとにうれしかったですね。一つ峠を越えることができました」
そう言う阿字地氏に新入社員当時育ててもらったという青柳氏は、「朝日広告賞は学生時代からずっとあこがれていました。1部は2回で応募をやめてしまったのですが、こうなったら1部でもグランプリを取りたいという野心が芽生えました」と笑う。

 新聞広告の新しい活用法はまだまだたくさんあると話す両氏。
「新聞の特性は情報の信憑(しんぴょう)性。そういう意味では、ブロガーを巻き込むなど何かしらの仕掛けをして、その答えを新聞広告で確認するような、立体的な展開の中での活用に可能性を感じています」(阿字地氏)
「新聞は日常的なメディア。見慣れたものだからこそ、ちょっとしたプラスアルファのアイデアで面白くなると思うんです。私はもともとコミュニケーションの仕掛け自体を考えるのが好きなので、いろいろ新しい挑戦をしていきたいですね」(青柳氏)
次はどんな仕掛けで驚かせてくれるのか。両氏の今後の活躍が楽しみだ。