コツコツ応募を重ねたことが仕事のプラスに

 朝日広告賞の第1部(一般公募の部)で、1990年度に入選/表現技術賞(コピー)、1992年度に佳作賞、1993年度に準朝日広告賞を受賞した草谷氏。第2部(広告主の部)では、2007年度に準朝日広告賞、2008年度にグランプリと、数々の受賞歴を持つ。朝日広告賞の思い出を聞くとともに、若手クリエーターへのエールをもらった。

 

コンセプトを突き詰める訓練になった

――朝日広告賞に応募したきっかけは。

 僕は、一般の大学を卒業後、一般の企業に就職し、1年で退職してデザインの学校に入り直したのですが、その頃からいろんなコンペに作品を応募し始め、月に1回は何かしらの賞に応募していました。振り返ると、自分なりの成果を求めていたのだと思います。というのも、就職活動中に、周囲の学生が「甲子園に出場した」などとがんばった成果を面接官に語っているのに、僕には何も語れることがないことにショックを受けたからです。コンペは自分が真剣に取りくんだものの成果をはかるいわば物差しで、朝日広告賞もそのひとつという位置づけでした。

――初入選の時を振り返ってもらえますか。

 最初の受賞は28歳で、デザイン事務所でアシスタントをしていました。まだデジタル時代ではなく、イラストは自分の手で描き、シルクスクリーンで仕上げました。また、朝日広告賞は、ビジュアルがかっこよくてもコンセプトがしっかりしていなければ通用しない賞だという認識があったので、伝えたいメッセージについてとことん突き詰め、コピーも自分で書きました。そして、はからずも入選の他にコピーを評価する「表現技術賞」を受賞したのです。それは、ビジュアル以外も考えるという僕の制作姿勢を象徴する結果でした。入賞した時は、自分の考え方が認められてすごくうれしかったのを覚えています。

――初入選後も応募を続けました。その原動力になったものとは。

 僕の同世代は、新村則人さん、秋山具義さん、中澤真純さん、中村至男さん、服部一成さんなど、優秀なクリエーターがたくさんいて、新聞広告系の賞の上位作品にはたびたび彼らの名前がありました。特に朝日広告賞の受賞作は、制作者のコンセプトが明快にわかるので、独自のクリエーティブスタイルを持っている人たちの作品を見ては、「自分も負けられない」と思い、それがモチベーションになっていました。応募に際しても、過去の受賞作品の傾向と対策を研究するより、どうやったら同世代の人たちと違うアプローチができるかということを熱心に考えましたね。

1990年度 「一般公募の部」入選/表現技術賞<コピー> 森林文化協会の課題による作品

<「自然とのふれあいを回復し、緑を守り、育て、豊かな人間性を取り戻す運動」をテーマにしたもの>2点シリーズ
AD・D・C 草谷隆文

1992年度「一般公募の部」佳作賞 小学館の課題による作品

<小学館の学習雑誌>2点シリーズ
AD・D・C  草谷隆文/D 吉田美加/P 宮下 敦

1993年度「一般公募の部」準朝日広告賞 日本アルミニウム連盟の課題による作品

<アルミ缶のリサイクルの促進>
AD・D・C  草谷隆文/P 宮下敦

 

広告の変遷を学び、じっくり取り組んでみて

――一般公募の部で何度も受賞したあと、2008年度広告主の部でグランプリを受賞した日本精工の広告では、アートディレクターをつとめました。

 改めて、自分の一般公募の部の入選作を振り返ると、どれもはっきりズバッと答えを示すような作品ではなく、そこが堂々とした「グランプリっぽい顔つき」になりえなかったのかなと思います。ただ、応募を重ねてさまざまな表現を模索したからこそ、実際の広告制作で広告主やコピーライターと深いディスカッションができるようになった気がします。踏ん切りが悪くてコツコツ応募し続けましたが、僕にとっては貴重なプロセスだったんですね。
 日本精工の広告は、大勢のスタッフがかかわってできたものですが、広告主の明快な信念が出発点にちゃんとあって、さらにそれが独りよがりにならないよう、クリエーターたちの意見に真摯(しんし)に耳を傾けてくれた結果、インパクトのあるメッセージになりました。そうした広告主にめぐり合えたのは非常にラッキーでした。

2008年度 「広告主の部」グランプリ 日本精工

<マサツシリーズ>5点シリーズ 5の1(若い女性)
企画/電通 制作/電通、A・C・O、草谷デザイン、ウッド クリエーティブディレクター/神田恭介 コピーライター/横森祐治、大山徹、浅間良尚 アートディレクター/土屋貴弘、草谷隆文、金子隆 デザイナー/駒切司 フォトグラファー/谷本裕志 ヘアメーク/立野正 スタイリスト/比嘉友二 フォトプロデューサー/高橋知子 プロデューサー/山野省三 キャスティング/中条里沙

――最近の受賞作を見て思うことは。

 30段の一枚絵で見せるような広告や、グローバルなアプローチの広告が増えている印象があります。海外の広告賞の影響もあるのかもしれません。ただ、それを記号的にとらえて「こうやれば評価されやすい」と勘違いしないほうがいいと思います。日本には、いい意味でも悪い意味でも特殊なグラフィック広告の歴史があり、アナーキーなことも含めていろんなチャレンジをしてきて、特有のコミュニケーション文化を築いてきました。応募者は、そうした勉強を怠ってほしくないと思います。

――朝日広告賞にこれから挑戦する若いクリエーターにメッセージをお願いします。

 締め切り日直前に短時間で作ったものが評価される人もいますが、僕はすべて手作業で作っていたこともあり、じっくり時間をかけ、しかもひとつの新聞広告賞につき1作品を出すのが精一杯でした。でもそのプロセスはとても有意義だったので、たっぷり時間をとって制作に臨むことをおすすめします。

 また、僕がデザイン学校にいた時、同じように応募しているクラスメートの制作の様子を見たり、意見を聞いたりしたことが、とても刺激になったんです。1人で考えることも大事ですが、時には一緒の目的に向かって努力している同世代の人と交流して触発されるといいと思います。

 それと、僕はグラフィックデザインの仕事もしていますが、グラフィックデザイナーは絶対に広告を作ってみるといいと思います。「コンセプトを人に伝える」ということがよくわかりますから。第一線で活躍しているグラフィックデザイナーに広告出身の人が多いのも、そういうことだと思います。応募や受賞によって才能が約束されることはありませんが、自分の考え方と運を確認するいい機会になると思いますよ。

草谷隆文(くさがや・たかふみ)

草谷デザイン アートディレクター

1963年静岡県生まれ。1985年玉川大学文学部、1988年東京デザイナー学院卒業後、廣村デザイン事務所(旧イックス)入社。1996年より草谷デザイン主宰。2007年、ギャラリー5610にて個展。主な仕事に、全日本空輸欧州支部、ベネッセコーポレーション、横浜美術館のグラフィック、愛・地球博招致リーフレットなど。主な受賞歴に、JAGDA新人賞、グッドデザイン賞など。JAGDA会員。東京TDC会員。

 
朝日広告賞の応募方法や課題一覧など、詳細は朝日広告賞ウェブサイトhttp://www.asahi.com/aaa/
をご覧下さい。お問い合わせは、朝日広告賞事務局 TEL 03-5565-4561 まで。