オリジナルのアイデアを貫く

 2005年度朝日広告賞の「一般公募の部」で準朝日広告賞を受賞した中谷佳保里氏と丹野英之氏。同社には、ベテランAD1人に新人デザイナー1人がつき、「トレーナー」「トレーニー」という関係で仕事を進めるシステムがあり、中谷氏は丹野氏のトレーニーだったという。両氏に当時を振り返ってもらった。

 

助言をヒントにアイデアを昇華

中谷佳保里氏(左)、丹野英之氏(右) 中谷佳保里氏(左)、丹野英之氏(右)

――応募の経緯は。

中谷氏(以下、中谷) 朝日広告賞への応募は新入社員の必須課題で、1年目はスポーツ雑誌『ナンバー』の課題で応募しました(2004年度入選)。2年目からは義務ではありませんが、丹野さんの応援もあって応募し、準朝日広告賞をいただきました。

丹野氏(以下、丹野) 中谷さんの入選作は社内でも評判がよく、さらに上の賞を目指してみたらどうかと勧めました。いい賞を取れば仕事で存在感を示せますし、賞金も大きいですしね(笑)。

――課題選びのポイントは。

中谷 私の場合、すでにいろんな表現が試されている常連企業の課題より、初めて見る課題のほうが新しい発想が出やすいということがあって、スヴェンソンの課題を選びました。また、「見た目も行動も自然。自分の頭髪と変わらない生活を実現するカツラ。」というテーマの「見た目も行動も自然」という言葉が心に残り、イメージを膨らませやすかったということもあります。

2004年度「一般公募の部」入選 文藝春秋の課題による作品

<ナンバー創刊25周年記念キャンペーン>3点シリーズ(3点中2点) 「サッカー」(左)、「バスケ」(右)
AD・D 中谷佳保里

――制作はどのように進めていきましたか。

中谷 過去の作品集などを見たことは見ましたが、結局は純粋に面白いものを作るにはどうしたらいいか、自分の中でアイデアを突き詰めました。アイデアの核は、動物を題材にするということで、最初はクマで考えていたんです。白い毛をつけたらツキノワグマになる、という中途半端なアイデアだったんですけど(笑)。それを丹野さんに見せたら、「違う動物にしたらいいんじゃないか」と言われ、ネコとライオンを合成するアイデアに行き着きました。ビジュアルは、岩場や枯れ草の上でたたずんでいるライオンの写真が多かった中、緑の草原が背景の写真を見つけてこれだと思いました。明るく前向きな感じがしたのと、ネコが徘徊(はいかい)する近所の公園に見えなくもないなと。そういう意味ではアスファルトっぽい背景もあったのですが、ライオンのワイルドな感じが出ないということで、草原の写真にしました。次にライオンと同じポーズのネコの写真を探して胴体部分を合成し、最後にはるか前方を見上げているネコの表情を合わせました。
「運命をあきらめない」というコピーは、絵に合う表現をひたすら考えて、丹野さんにもいろいろと案を出してもらって、二人の案がうまく組み合わさる形で落ち着きました。

丹野 完成したのを見て、いい作品ができたなと。仮に受賞できなくても、たまに振り返ってニヤニヤ笑えたらいいねと言い合っていました。

2005年度「一般公募の部」準朝日広告賞 スヴェンソンの課題による作品

<見た目も行動も自然。自分の頭髪と変わらない生活を実現するカツラ。>
AD・D 中谷佳保里/CrD 丹野英之

――丹野さんからどのようにアドバイスを受けたのですか。

中谷 自分のアイデアに忠実にのびのびと制作できるせっかくの機会だし、あまり人に聞いてしまうと仕事と変わらなくなってしまうので、基本はあまり見せたくないんです(笑)。でも、迷った時はやっぱり聞いちゃいますね。
 

丹野 仕事では、「こんなアイデアどうでしょう?」と下手に聞いてきますが、広告賞の場合はもっと強気で、「文句あるか」という感じで、迫られます(笑)。だから僕も、中谷さんの自尊心を傷つけないように控えめにアドバイスしました。人に見せたくないという気持ちはよくわかるんです。いろいろ聞き過ぎて迷ってしまう人もいますから。ただ、自分とフィーリングの合いそうな先輩を見つけて意見を聞くのは悪くないと思います。新人の頃は、面白いアイデアがあっても「選ぶ」「客観的に見る」ということがなかなか難しい。僕としては、アイデアを否定するのではなく、より発想が広がる方向に持っていってあげようと心がけていました。

 

「実家の母もわかるような広告」を作る

――受賞後、どんな変化がありましたか。

中谷 1、2年目は実務の実績がないのでなかなか名指しで仕事はこないのですが、受賞後、社内競合のプレゼンのメンバーに呼んでもらえるようになりました。社内競合は通常Aチーム、Bチームに分かれて行うことが多く、Aチームは正統派なアプローチ、Bチームは飛び道具的な大胆なアプローチをする傾向があります。Bチームの要員として私に声がかかるようになりましたが、面白いアイデアを求めて名前が挙がるのがすごくうれしいです。実は、その後も毎年朝日広告賞に応募していますが、入賞もできず……(笑)。変に欲が出て邪念が入ってしまっているのかもしれませんね。

丹野 受賞作はすごく“中谷っぽい”作品で、それを周知できたというのは大きいと思います。しかし、その後も応募しているとは知りませんでした(笑)。

――朝日広告賞の印象についてお聞かせください。

中谷 朝日広告賞は、新人の間では一番注目度が高いと思います。また、斬新なアイデアに間口が広く、いろんな表現の可能性を見いだしている賞という印象があります。

丹野 朝日広告賞には毎年注目しています。思想とコピーとデザインのバランスが良く、広告賞の王道という感じがします。僕も若い時には応募しましたが、かすりもしませんでした(笑)。

――応募・受賞の経験を実務に反映させていることはありますか。

中谷 一般的な広告主のイメージをまず念頭に置き、それに即したものにするのか、壊すのか、というレベルで考えるようにしています。広告賞であれば課題を読み込みすぎない、実務であれば広告主の活動を深掘りしすぎないということです。もちろん広告主をよく知ることは重要ですが、結局広告は何も情報がインプットされてない人たちが見るわけで、それでもちゃんと面白いのかを常に意識しています。実は、入選した「ナンバー」の作品を実家の母に見せたら、「何がいいんだかわからない」と言われ、準朝日を受賞した作品を見せたら、「かわいい」と言ってくれたんです。以来、「実家の母もわかるような広告」というのが私のテーマとなっています。

――これから応募する若手クリエーターへのメッセージをお願いします。

中谷 自分のアイデアを昇華させる努力を粘り強くしてほしいですね。私も、「動物を題材にする」というアイデアは絶対に面白いと思っていても、最初はうまくいかず、丹野さんからヒントをもらって「ネコライオン」の表現に行き着きました。あきらめずに何がダメなのか突き詰めて考えて、どうにか形にしていくことが大事かなと思います。

丹野 応募の動機づけが「実力を試す場」と考えるとハードルが高いので、賞金狙いでもいい、あるいは、先に自分のやりたい表現があって、それに課題をあてはめていってもいいと思います。一番大事なのは、オリジナルのアイデアを貫くこと。「得意先の意向がこうだから」という言い訳ができないので、自分の限界を知るいい機会になると思います。限界を知ると、仕事でえらそうなことは言えなくなります(笑)。
 

中谷佳保里(なかたに・かほり)

博報堂 デザイナー

1981年富山県生まれ。金沢美術工芸大学視覚デザイン専攻卒業。博報堂クリエイティブセンター。2005年度準朝日広告賞受賞のほかに、新聞広告コンテストデザイン賞、ACC金賞・ベストプランナー賞、カンヌ広告祭シルバー、アドフェストグランプリ、クリオ広告賞シルバーなどを受賞。

丹野英之(たんの・ひでゆき)

博報堂 クリエイティブディレクター/アートディレクター

1972年東京生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒業。博報堂クリエイティブセンター。CMプランニングも手がける。東海旅客鉄道のポスターで2008、2009年2年連続東京ADC賞。2005年度準朝日広告賞のほかに、日経広告賞優秀賞、ACC金賞・ベストプランナー賞、カンヌ広告祭シルバー、アドフェストグランプリ、クリオ広告賞シルバーなどを受賞。京都造形芸術大学、東京工芸大学などで特別講師。

 
朝日広告賞の応募方法や課題一覧など、詳細は朝日広告賞ウェブサイトhttp://www.asahi.com/aaa/
をご覧下さい。お問い合わせは、朝日広告賞事務局 TEL 03-5565-4561 まで。