動物園の猿山。そこで、一糸まとわずバナナを奪い合う人間たち――。2012年9月13日付の朝日新聞の朝刊を開き、斬新なビジュアルに目を見張った人も少なくないだろう。全30段のカラー広告で、「ヒトは、本を読まねばサルである。」の衝撃的なコピーが踊る。宝島社の企業広告だ。
社長も交え、みんなで「訴えるべきこと」を練る
この広告の方向が定まったのは、昨年1月。「カンヌライオンを目指せる広告を作ろう、というコンセプトで始動しました」と話すのは、マーケティング本部 部長の桜田圭子氏。2010年の企業広告「日本の犬と、アメリカの犬は、会話できるのか。」では国内の広告賞で6冠に輝くなど、同社の企業広告の評価は高い。「『人と社会を楽しく元気に』という弊社の企業理念は、日本や日本人だけでなく、広く世界に発信していきたい。そこで、世界の人にもメッセージが伝わるインパクトある広告クリエーティブにしようと考えました」と桜田氏は説明する。
同社の企業広告は、1998年を皮切りに15年間続いている。かつては毎回同じクリエーターが手掛けていたが、現在は広告会社数社によるコンペ方式を採用している。 「今の宝島社が社会からどのように見えているのかを、色々な方の視点を通じて知りたかったのです」と桜田氏。今回のテーマは当初、「今、宝島社が世の中に訴えるべきこと」。このテーマに基づきつつも、「コンペ一発で決定」というやり方はしない。
「広告会社の営業やクリエーターの方とのブレストを、弊社社長も交えて何度も重ね、最終的な方向性を探っていきました。その中の1社との打ち合わせで出てきたのが『本の力』『本の価値』を問う、というテーマだったのです」(桜田氏)
同社は出版事業を主力とした企業ではあるが、これまでの企業広告は出版物のことには触れていない、社会に提言するようなメッセージが多かった。今回あえて「本」にこだわったのは、「本の価値を思い出してほしい、という思いがあったから」と桜田氏は語る。エンターテインメントの多様化により、リアルな書店に足を運ぶ人が減っているともいわれている。しかしリアル書店だからこその「思いがけない出合い」が、本の楽しみでもある。同社は、店頭演出などを展開する「書店応援キャンペーン」を2008年から進め、書店の価値、本の価値を発信し続けている。今回の企業広告は、まさにその延長線上にあるメッセージだったのだ。
2012年9月13日付 朝刊 全30段
「話し合い、考えてほしい」 読者のアクションにつなげる広告
さて、見るものをドキッとさせる奇抜なビジュアル。実は、実在する動物園の猿山で様々な国籍の人をキャスティングして撮影した。全体のバランスを考慮して人間のサイズは若干縮小しているものの、CG合成ではないという。バナナを取り合っている人間たちもいれば、「お山の大将」で高いところに登っている人間もいる。「人の浅ましさや愚かさ、ヒエラルキーなど、人間社会の縮図を描いています」と桜田氏。きちんと人間に見えつつも、サルっぽさも感じられるよう、ヘアやメークにも苦労したというエピソードも。
コピーは「ヒトは、本を読まねばサルである。」のみ。メッセージの意味を、受け手である読者にも考えてもらう時間や余地を提供したい、という思いが前提にあった。
「文章で説明しすぎてしまうと、人は自分の持っている背景や価値観、知識を引き出しから出せなくなる。賛成でも反対でもいいので、自分なりの意見を持ってもらいたかったのです」(桜田氏)
「広告感」を排除するため、同社のURLも掲載しなかった。それもこれも「メッセージを受け止め、理解し、考えてほしいから」だった。
「ちゃんと本を読もう」「このままいったら私もサルになっちゃうんじゃないかと怖くなった」「疲れた頭に刺激をくれた」……。広告に対する反響がソーシャルメディアで大きな話題になった。朝日新聞にも同様の投書が掲載され、「驚きましたし、純粋にうれしかったですね」と桜田氏は笑顔を見せる。
「広告は、気づきを提供できても、なかなかアクションにまでつなげることは難しい。それが、『読もう』という行動にまで持っていけたとすれば、これは私たちのメッセージが届いた証ですし、とても意味のある広告になったと感じます」
以前は、広告の反響は電話やメールで寄せられることが多かったが、今はツイッターやフェイスブックなどのソーシャルメディア上にほとんどが書き込まれるという。それはチェックしつつも、桜田氏は「ソーシャルメディアで発信してもらうのはもちろんうれしいのですが、発信して満足してしまうケースが多い。できれば家庭や職場など、身近な人と本の力や価値について話し合い、コミュニケーションのきっかけにしてもらいたい」と話す。
新聞広告への評価、期待することなどを聞いた。
「新聞は雑誌などの出版物と同じように、お金を払って購入する媒体です。これは、読者が情報に対して価値を感じている、ということ。記事でも広告でも同じと考えます。読者が、情報に対して能動的という点で、無料の情報とは関与度がまったく違いますし、意識が高い。私たちのメッセージがより届きやすいととらえています」と桜田氏。さらに、新聞の形状についても触れる。
「これだけ紙面が大きくて、それを手元で見ることができて、さらにモバイル性がある。この企業広告も、PCで見るのとはインパクトが違います。なんでも小型化する流れの中で、この大きさは強みだと思います」
今後の企業広告については、「媒体や体裁に決まったルールはない。その都度、最適な手法を考える」としながらも、「身近なステークホルダーである、読者、書店、クライアント、そしてインナーである社員を、元気にするようなメッセージは常に発信し続けたい」と、桜田氏は言葉を結んだ。
2006年~2011年にかけて掲載された宝島社の企業広告
2006年5月16日付 朝刊
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