「なぜこれを選ぶか深く問おう」坂上 陽三が語る仕事③ ―自分事にする必要は何か―

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シンプルに本質を追い求めて

 僕が当社開発部門にビジュアルデザイナーとして採用されたのは1991年、ゲーム業界が伸び始めた頃でした。制作プロジェクトの少人数のメンバーでゲームを作る充実感に加え、お客さまが熱狂して遊ぶ姿にも大きな達成感を得て一層ゲーム企画に夢中になりました。ただ、プログラマーからは「ゲームの面白さとリアリティーには、現実的でロジカルな組み立てが必要だ」とよく釘を刺されたものです。企画する側のクリエーターと、技術で動かすプログラマー、仕事の役割によって考え方が異なるのだと学んだ時期でした。
 やがて、開発プロジェクトはゲーム1タイトルで多くの人員を抱えるようになり、プロデューサー制度の導入が進んでいきました。そんな中で、自分はプロデューサーの適性があるかもしれないと思ったのですね。僕も経験しましたが、プログラマーと企画担当はどうしてもぶつかりやすい。でもそこで間に入り、どちらにも肩入れせず、プロジェクトの目的に沿って議論し進める役割が自分には向いていると感じました。クリエーター職に未練はありましたが、本来の僕はこちらだとプロデューサーを選んだのです。
 今も、その選択は間違っていなかったと思います。プロジェクトには様々な事情が持ち込まれ、「他社がこれを入れているから、うちも」「このアイデアをなんとか入れたい」などキリがない。大きなプロジェクトになればなるほど事情が絡み合って複雑になり、目指すものを見失いやすいのです。だからプロデューサーの僕は「本当にそれが最優先だと思ってる?」とメンバーに投げかけています。
 なぜなら、かつて僕自身も外からの事情にとらわれていたので、その反省から、プロジェクトを無理やりねじ曲げず、作品の本質からそれるなと伝えたいのです。何を大切に考えるか、その確認を自分自身に一回、もう一回と繰り返し深く問い、シンプルにまとめる。それをものさしにして、複雑な事情を並べ直してみれば、必要なもの、必要ではないものが整理できてくると思います。

本物の自分力をつかまえよう

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坂上 陽三氏

 例えば、僕が子どもの頃読んでいた野球漫画はどれも同じではなく、自分が面白いと思うものと興味が湧かない作品がありました。映画でも本でもそうです。なぜそう判断するのか、なぜ気になるのかと深掘りしていくと自分らしい視点というものがあることに気づきます。あなたが素直に面白い、楽しい、うれしいと感じる本音は、きっと多くの人にも通じる感情でしょう。そこに、お客さまに喜んでもらえる仕事の鍵があるはずです。
 どの会社でも「自分事として取り組め」と言われることが多いそうですが、それは商品を媒介にして自分だったらどんな気持ちが湧いてくるのかをつかむプロセスだと思います。その気持ちは人の評価も、ネットで流れる情報も関係ない。今日まで生きてきた自分が持っている価値観に、まずOKを出します。その目で商品やサービスを見れば、きっと発見があるのではないでしょうか。

坂上 陽三(さかがみ・ようぞう)

(株)バンダイナムコエンターテインメント プロデューサー


1967年生まれ、兵庫県出身。大阪芸術大学卒業後、映像プロダクションを経て91年(株)ナムコ(現・バンダイナムコエンターテインメント)入社。大ヒットゲーム「アイドルマスター」シリーズを始め多くの作品を手がける。著書に『主人公思考』がある。