「人生は切り開く価値がある」伊藤 真が語る仕事② ―憲法に答えを見つけた―

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個人の大切さが明記されている

 1981年に司法試験に合格して以来、法律家、公務員の育成を続けています。私は中学時代に2年ほど教育者である父の仕事でドイツに暮らし、日本とは異なる文化や、東西冷戦下の影響が影を落とす街を知りました。また、多様な国籍や人種が混在する中で、人がそれぞれの人生を生きている姿にも触れましたが、この体験が法律の仕事へ向かう要素になるとは思いも寄りませんでした。
 進路について悩んでいた大学3年生の頃、アメリカ人の友人から「日本の憲法で最も大切なことは何か」と問われて一言で答えられませんでした。「国民主権」「平和主義」「基本的人権の尊重」と子ども時代に習った三つを挙げたら、日本国憲法で一番大切なことを一言で言えないなんてとあきれられたのです。これが悔しく、情けなかった。必死で憲法を学び直し、それは「個人の尊重」だと理解しました。
 これがきっかけで、かつてドイツで感じた様々な事柄が一気につながっていったのです。それは「人はそれぞれ違っていい」、でも「みんな同じ人間なんだ」という、当時子どもなりに抱いた気持ちを代弁してくれる言葉だったからです。こういうことだったのか。ちゃんと憲法に書いてあるじゃないか。もっと小さな頃から教えられていれば、周りの目を気にしすぎたりすることもなく、いじめだって減っていくかもしれないと、初めて憲法を意識しました。
 さかのぼれば、「日本の国はどうやって守る?」と自問自答することもある高校生でした。自国の軍隊で守るのが当然と考える半面、国のために死ぬ覚悟はできても、戦争の本質の一面ともいうべき相手を殺すことは怖くて、私には軍人はできない。しかし自分が嫌だと思う役割を他者に任せてしまうのは卑怯だと迷ううちに、教育者の新渡戸稲造の本『武士道』で、武士道の究極は品格で相手を圧倒し戦わないことであるという考え方を知ります。でもどうすればそんな理想がかなうのか、まだ分かりませんでした。

千件の依頼より千人の教育を

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伊藤 真氏

 解決策が見つからないまま高校、大学の数年が過ぎ、出会ったのは憲法に記された「戦争の放棄」でした。軍隊を持たず国際貢献を進めて非戦の国になるという手がある。この時に私は日本の憲法の重要性を痛感し、独自の勉強法を試しながら司法試験に挑戦して合格、大学卒業後、弁護士となりました。
 離婚問題や刑事事件に対応しながら、折に触れ依頼者に「人生は人それぞれ、失敗したと思わずに自分らしく堂々と生きればいい。憲法にも個人の尊重がうたわれている」と持論を語っていました。うっとうしい弁護士だったと思います。私は、憲法が味方として存在することを伝えたかったのです。ただ、1年間に50件ほどの仕事をしても20年間で千人にしか伝えられない。それでは足りないと思いました。
 もし千人の法律家を世に送り出せたら、自分が弁護士でいるよりも伝えられる人は桁違いに広がる。こうして目標は法教育へと傾いていきました。それに気づかせてくれたのは、まさに弁護を担当したある刑事被告人でした。

伊藤 真氏(いとう・まこと)

伊藤塾塾長/(株)法学館館長、法学館憲法研究所所長、法学館法律事務所所長/弁護士


1958年東京都生まれ。81年司法試験に合格、82年東京大学法学部卒業。その後、司法試験の受験指導に当たる。95年「伊藤真の司法試験塾(現・伊藤塾)」設立。日本でトップクラスの合格実績を誇る。