生活者に長く愛される企業・ブランドであり続けるために、効率化が前提となる時代の価値創造目線のカタチとは

小野直紀氏・茂呂譲治氏左から小野氏・茂呂氏

  博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。記念すべき第1回は、同社生活者エクスペリエンスクリエイティブ局・局長/エグゼクティブクリエイティブディレクターの茂呂譲治氏と同・クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナーの小野直紀氏が登場。目指したいことや「愛されるDX」の可能性について伺いました。

大事にしたいのは、生活者の心を動かす体験づくりを起点にしたビジネスの再構築

──生活者エクスペリエンスクリエイティブ局(以下、XC局)について教えてください。

茂呂譲治氏茂呂氏

茂呂:テクノロジーの進化によって、生活者と企業と社会は常時接続しているような状態となりました。あわせて、今回のCOVID-19の影響により、日常生活もビジネスも大きく変わりました。そのような前提にたった時、企業はそもそもの存在意義にくわえ、売り方、届け方、伝え方にいたるまで従来のやり方を変える必要があります。僕たちXC局が大事にしたいのは、生活者の心を動かす体験づくりを起点にした、企業・ブランド・サービスの変革、組織改革、サプライチェーンも含めたビジネスの再構築です。生活者には、クライアント企業にとっての顧客、そして社内の方々(インナー)など各種ステークホルダーも含まれます。

 広告も含めたデジタルとリアルの生活者体験、企業の新しい存在意義、事業のアクション等、構想〜発想〜実装に向き合うために、XC局は、従来の広告クリエイター人材にくわえ、事業コンサルタントやテクニカルディレクター、プロジェクトマネージャー、UXUIアートディレクターなど、多彩な専門性をもつ人材約100人から構成されています。これまでの常識にとらわれず、先進的な取り組みに挑戦している人材が集まっていて、小野もその一人です。

──小野さんは、どういった経緯でXC局に所属されたのですか。

小野:僕は「monom(モノム)」というプロダクト開発チームを立ち上げ、クリエイティブディレクター兼プロダクトデザイナーとして活動しています。現在は、XC局に所属しながら、新規事業室に複属しています。それと併せて、博報堂が約70年前から発行し続けている「広告」という雑誌の編集長もしています。広告の編集長に就任したのは、2019年。これまで季刊誌だったのですが、年1〜2回の発行に変えて、現在4冊目を制作中です。

──小野さんが所属されていることからも、XC局が多様な部門であることが分かります。

小野直紀氏小野氏

茂呂:小野は、自社事業として愛されるプロダクトをカタチにして世の中に送りだしています。さらにそのデータをもとにした次のビジネス展開までつくっており、そのようなプロジェクトを複数動かしながら、同時に雑誌の編集長までつとめていて、もはや「何屋さんですか?」という感じです(笑)。でも面白いですよね。こういう人材の多様性の掛け算から新しい取組みが生まれています。

小野:以前は、コピーライターとして広告を制作していました。そのときも、人間の根本的な心理から考えていました。こういう体験をしたら、どういう気持ちになるか。想像を膨らませて、広告にして世の中に打ち出す。うまくいくこともあれば、失敗することもある。それらを繰り返してきた経験を生かし、今はプロダクトや事業をつくっています。

茂呂:XC局には小野のように、コピーライター出身のプロダクトデザイナーもいるし、事業会社出身のテクニカルディレクターもいる。それぞれ最初に培ってきたコアなスキルをベースに、デジタル常時接続時代における生活者体験をどう構築するか。小野は、まさにそれを実践していますね。

──この連載は「愛されるDX」というテーマを掲げています。愛されるDXとは、一体どういったものなのでしょうか。

茂呂:XC局のミッションは「愛されるDXをカタチにする。クリエイティブの力で、生活者接点すべてを心動かす体験にぬり替える」です。DXの効率化に向き合いながらも、僕たちは長きにわたり生活者や社会に愛される価値創造の目線も大事にしています。それが「愛される」という言葉に込めた思いです。
 そして、僕たちはクリエイティブの組織なので、構想だけでなく、カタチにしていく。さらには、顧客だろうがインナーだろうが心を動かす体験を用意しないと何もはじまらないのでそこにもこだわる。それが、僕たちの存在意義であり、このテーマにこめた思いです。

──仕組みを用意するコンサルティングとの違いですね。クライアント側の経営層からは、具体的にどういった相談が多いのですか。

茂呂:経営層の方々からは、まさにこの効率と価値創造の両輪をどのように進めるかといった相談が多いです。短期売上拡大・収益化とサステナブルな活動をどのようなバランスで見ていけばいいか、そのために経営層と現場層、既存部門と新規部門を有効に連携させる仕組みをどうつくるかなどです。DXはこれらのテーマにすべて紐づいていますね。
 ここにおいては構想や仕組みだけでなく、やはり顧客やインナーのモチベーションをどのようにつくるか、つくり続けるかといった生活者への洞察力や、同時にカタチまで見せながらクライアントとイメージを共有していけるという部分で、クリエイティブ組織の我々がプロジェクト初期から呼んでいただけている理由かもしれません。もちろん、僕らだけでは完結しないこともあるので、社内他組織は当然のこと、コンサルティング会社を含め、他業種の方々と連携して進めるプロジェクトも多いですよ。各社の強みを発揮しながら共創型で推進する業務は今後も増えていくと思います。

──小野さんに質問です。広告とプロダクト、それぞれ作るときの考え方は違うものなのでしょうか。

小野:象徴的(シンボリック)であることと、馴染む(アダプティブ)ということ。ものづくりにおいて、それらは共存できると思っています。広告は、いかに目立ち、コンセプトを象徴的に提示することができるかが大切です。だけど、プロダクトを通じた体験はそれだけでは成立しません。生活の中に馴染み、一緒に過ごしていくことで、ようやく愛着が湧いてくる。そうしたプロセスをイメージして設計することが、プロダクトデザインには必要です。
 広告とプロダクトではアウトプットするものは違いますが、「人がどう感じるか」を考えることは、基本的には同じです。「広告のコピー」は、いつ、誰に言われるか。プロダクトも、その人の生きている時間の連続、瞬間瞬間でどう体験していくか。広告会社で経験を積んだから、そう考えるのかもしれませんが、僕としては意識することはさほど変わりません。

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