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愛されるDXに欠かせないことは、データを人と社会に馴染ませる編集力
──monomが開発し、2016年12月に発売した「Pechat(ペチャット)」は、「愛されるDX」というテーマと一致しますね。
小野:「これ、すごい!」と心が動く瞬間、「ワオ! モーメント」をつくることと、使いやすい、つまり意識せずとも使えること。それらを織り混ぜて設計することが、プロダクトには大事だと思っています。「ワオ! モーメント」のようなものが象徴的な部分で、無意識に使ってしまうのが馴染む部分です。
Pechatは、ぬいぐるみにつけるボタン型のスピーカーで、ぬいぐるみを通して子どもとおしゃべりすることができるのですが、発売当初と現在では機能が異なります。ブルートゥーススピーカーを活用したプロダクトなので、ユーザーのニーズに合わせて専用アプリをアップデートしているのです。機能を変化させた理由のひとつは、出産祝いとして購入する人が多いことが分かったからです。
子どもとぬいぐるみがおしゃべりできるようになるというのがポイントなのですが、赤ちゃんはまだ話せません。そこで、赤ちゃんとぬいぐるみの接点を考えてみました。例えば、赤ちゃんが泣いたら、ぬいぐるみがあやしてくれるとか、赤ちゃんが物音を立てたら、キッチンで料理をしているお母さんにお知らせするとか、そういった体験があったら便利だろうと考え、「あかちゃんモード」という新しい機能を追加しました。
他にも、イヤイヤ期の子どもに役立ったという声があったので、専門家の監修のもと、イヤイヤ期専用のセリフ集も追加しました。こうした声を拾うために、最初からリクエスト機能をアプリに付けていました。あがってくるリクエストは毎週確認し、機能の更新を検討しています。そうやって、少しずつ世の中に馴染んでいくのだと思います。
──愛されるプロダクトになるために、意識していることは。
小野:茂呂が最初に効率化だけではないという話をしたと思いますが、僕も効率化に替わる新しい何か、「効率化のオルタナティブ」について考えています。効率化によって得られるものは、成長や利益などが挙げられると思います。それはビジネスの手段として必要なこと。ただ、クライアントが掲げている大きな目標は、利益だけではないはずです。
ビジネス自体も手段と言えます。大きな社会的目標があり、そこに少しでも近づくために、ビジネスがある。つまり、僕たちはクライアントがビジネスによって叶えたい大きな目標に貢献すべきなのだと思います。そのためには、数字だけじゃない部分も知る必要がある。それで、効率化のオルタナティブを考えているのです。その行き着く先は、社会や人だと思います。社会や人をちゃんと見る。効率だけを追求したり、ビジネスの成長だけを見ていたりすると、社会や人が見えにくくなってしまう。クライアントにとって、もっと必要な何かがあるはず。それがなにか明快には言えないけれど、博報堂で働く僕たちは、直感的に感じています。
そういった考え方を大事にしつつ、DXも取り組む。あらゆるものが数値化され、視覚化されるので、それをうまく活用する。僕は効率化を図るための仕事は好きではありませんが、両方やるべきだと考えています。数字を達成しながら、非効率に見えることも取り入れる。非効率だから愛されるものができるとは限りませんが、数字はおろそかにせず、人間的なとことも大事にしていくのが、僕たち博報堂のやり方だと思います。
茂呂:デジタル化によって、多くのものが測定可能になりました。しかし「愛される」って、測定不可能な要素も多いですよね。私たちは、そんな測定不可能な世界にも意味があると信じています。もちろん、測定可能な結果を見ながら、次の愛される体験をつくっていくアプローチはすべきで、小野が開発したPechatは、生活者のリアクションをみながら次の打ち手を考えていく。これは、まさに数値化されたデータを見ながら、愛されるための次の体験づくりです。私たちのDNA「生活者発想」や「クリエイティビティ」も時代にあわせて、大きくアップデートする必要があります。
──monomが手掛けた「ウェアラブル英会話教師ELI(エリ)」も、ユーザーとともに進化するイノベーティブなプロダクトですね。
小野:ELIは、5年くらい開発を続けている洋服の襟に付ける小型のマイクデバイスです。自分が会話した声を記録して解析し、アプリ上で自分にフィードバックしてくれるので、自分らしい言葉づかいで英会話を学ぶことができます。ペチャットと同様、アプリをアップデートすればユーザーの要望に応えていくことができます。さらに営業支援ツールなどへの展開も考えています。営業先でどんな風に話したか、言うべきことを分かりやすく伝えているかなど、自分で自分にフィードバックすることもできます。生活者がより豊かさを保つために、何ができるか。便利なだけなら、僕らが作らなくてもいいとさえ思っています。
──作って終わりではなく、継続してコミットしていくことが、愛されるDXには必要そうですね。
小野:人付き合いに例えると、分かりやすいと思います。知らない人が、とてもいいことを言っても、1回限りでは、その人のことを慕うことはないと思います。何度も話を聞いてくれたり、たまに怒ってくれたり、どうでもいい話もしたりすることで、関係性は築かれていきますよね。プロダクトも、継続的な関係性を築いていこうとするならば、売り上げや顧客の反応だけを見るのではなく、ブランドと人、人とモノの関係性も大事にすべきだと考えています。
──数値化できない価値創造に取り組むとき、クライアントとはどうやって関係性を高めていくのですか。
茂呂:生活者と企業、社会が常につながっているように、僕らもクライアントと常時接続することが増えました。オリエンテーションがあって、1ヶ月後にプレゼンみたいな世界ももちろんあるのですが、今はまるでテニスでラリーをしているような感覚で、お互いの考えをポンポンとやりとりしていく。クライアントのオフィスに席を置かしてもらうこともあるし、オンラインでやりとりすることも珍しくない。そういったラリーのような会話を重ねていく中で、数値化できない価値も共有されていきます。
──クライアントと常時接続となって、クリエイティブチームがこれまで以上に意識することや、強化しているスキルなどはあるのですか。
小野:僕らは客観的に、俯瞰してクライアントのことを見て、冷静に分析したり、自由に発想したりできます。そんないい意味での第三者的な視点を意識的に持つことは、クライアントとのつながりが密接になるほど必要だと思います。
あと、クライアントとは意見を言い合える関係性を築くことを大切にしています。共通の目的に、一緒に向かっていく。そういったスタンスで仕事に取り組むほうが、クライアントにとっても僕らにとってもメリットは多いと思っています。
──今後、さらにデジタル化は加速すると思います。そんな中、デジタル化に対する強化は必要なのでしょうか。
小野:効率化すべきことと、してはいけないことの見極めが重要になると思います。例えば、打ち合わせも効率的であるべき内容もありますが、1日じっくり時間をかけて話したほうがいいテーマもありますよね。効率的に仕事をするだけでは培われないチーム力もあるだろうし、発想のジャンプも雑談から生まれることも多い。創造のためにも、効率化すべきでないことは何か。それを考えることが重要だと思います。
そもそも、これまでの経験からも、仕事が面白いと思える状況のほうが、結果としていいものが生まれることが多い。仕事のために仕事をしているわけじゃないですからね。効率化の追求だけでなく、非効率なやりとりについても考えるべきなのだと思います。僕の場合は、効率化だけを求める人とは仕事をしません。非効率な部分に対する価値をわかっている人と向き合いたい。そのほうが、お互いの能力を発揮できるような気がします。
茂呂:デジタルの施策を強化するのではなく、デジタルが浸透した生活やビジネスを前提とした企業の存在意義、組織、戦略、生活者体験をつくりなおすという意識を従来以上に強くもつということが大切かなと思います。僕たちも生活者発想、クリエイティビティというベースを大事にしながら、時代にあわせアップデートさせ、あり方そのものも、変化していきたいと思います。
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 局長/エグゼクティブクリエイティブディレクター
2011年博報堂に中途入社。デジタル時代の企業変革から実装まで向き合うクリエイティブ組織を率い、自らも複数企業のパートナーとして多様な課題に向き合う。
社内プロジェクトでは、社内外複数企業と連携し、メディア、テクノロジーを中心としたソリューション開発や体制づくりも牽引。
博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 クリエイティブディレクター/プロダクトデザイナー
2008年博報堂入社。空間デザイナー、コピーライターを経てプロダクト開発に特化したクリエイティブチーム「monom」を設立。社外では家具、照明などのデザインを行なうデザインスタジオ「YOY」を主宰。
2019年より博報堂が発行する雑誌『広告』編集長。