連載第6回の話者は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 統合ディレクターの永川智也氏と博報堂DYメディアパートナーズ プラットフォーマー戦略局の小林昂平氏、同・渡邊一平氏。永川氏は小林氏や渡邊氏とともに、プラットフォーマーのデータやツールと生活者発想のクリエイティブを掛け合わせ、新しいソリューションやサービスの開発を行っています。そんな3人に「クッキーレス時代のクリエイティブ」というテーマで、クッキーレスの本質を捉えて取り組むべきことについてお聞きしました。
博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。
データは企業のものから生活者のものへ
──クッキーレス時代の到来に向けて、企業はどう対応すべきなのでしょうか。
永川:まず、サード・パーティー・クッキーを活用したマーケティングを行っている企業にとって、クッキーレスは重大な問題です。ただ、これはプラットフォーマーにとっても重大な問題ですので、大規模なプラットフォーマーを中心に代替え手法が開発されることが予測されます。今後は、代替の手法が出ては、規制が厳しくなっていくことを繰り返す、いわゆる「イタチごっこ」になるのではと思われます。企業側は、プラットフォーマーが打ち出してくる代替えの手法に対応し続けるための体制を整えておくべきでしょう。
しかし、それはあくまでも短期的な対応で、クッキーレスの背景にある本質的な課題を解決することはできません。
渡邊:そもそも、データは生活者のものなので、今後、企業は「私のデータを使ってもいい」と生活者に同意を得なければなりません。短期的な対応をしながらも、生活者からデータ使用の許諾を得るためにはどうすればいいのか。その中長期的な対応も考えていく必要があります。
小林:2022年には改正個人情報保護法が全面施行され、個人に関するデータの利用が制限・規制されることが決まっています。短期的な課題を解決していくことはもちろんですが、今後は、法律に則って生活者のデータを集めていく必要があり、それを見据えたビジネスやサービスを私たちは考えていくべきだと思っています。
──クッキーレスによって、どのような変化が起きるのでしょうか。
永川:私は三つの変化があると思っています。一つは、マーケティングの手法の変化です。ひと昔前、デジタルマーケティングでは「枠(※)から人へ」という考え方が主流でした。しかし、データ活用が制限され、「人」へのターゲティングが制限されるようになると、「人から枠へ」の揺り戻しがくると思います。とはいえ、単に昔と同様の「枠」に戻るのではなく、これからは「人も枠も、どちらも大事になる」と考えています。そのときに重要なのが、気持ちの盛り上がりを「枠」で捉えることです。
※枠…広告枠 人…サイト訪問者のこと
──気持ちの盛り上がりは、どのように捉えるのでしょうか。
永川:方法は二つあります。一つは、気持ちが盛り上がっている瞬間(モーメント)を捉らえることです。
例えば、家の購入を検討している人の気持ちが盛り上がっている瞬間をより確実に捉えられるのは、不動産サイトに訪れている人に広告を出すことです。例え不動産に興味があっても、続きを早くみたいドラマを動画サービスで視聴しているときに不動産の広告が出てきても、スルーされる可能性は高いと思います。このように、当たり前ですが、不動産に興味のある「人」に加えて、気持ちの盛り上がりを捉えるために不動産サイトに「枠」を確保することが広告効果を上げるためには大切になります。
渡邊:ニュースサイトの広告枠を管理するメディア側でも、AIによってニュースの内容がポジティブなのか、ネガティブなのかといったような文脈や意味合いを読み取って、ターゲティングができるコンテキシャルターゲティングという手法も出てきており、技術としても発展が進んでいます。
永川:極端に言えば、子どもの不幸なニュース記事を読んでいるとき、その横に新築情報の広告が表示されても、たとえ不動産に興味を持っている人であっても、クリックしたいと思う人は少なく、子どものための募金に関する広告のほうが、ニュースの記事との親和性があって目を引くと思います。それが「気持ちが盛り上がっている瞬間を捉える」ということです。以前からある手法ですが、最近はAIの技術も発達し、より精度の高いマッチングができるので、再注目されています。
──この記事には、この広告が合うだろうとAIが判断するということですか。
永川:そうです。かつては「子ども」という単語のみで判断していたので、ニュースの内容問わず、子どもに関連する広告が表示されていました。しかし、今はニュースの文脈を読み取った上で、記事のトーンにあったより最適な広告が表示されるため、以前よりも気持ちの盛り上がりの瞬間を捉えられるようになっています。
──気持ちの盛り上がりを捉える、もう一つの手法についても教えてください。
永川:もう一つは、企業側が気持ちの盛り上がりも作り、その瞬間も捉えるというものです。一つ目の手法の課題は、あくまでも気持ちの盛り上がりは広告を見る人にゆだねているので、どちらかと言うと受動的。パイが限られていたり、レッドオーシャンになりがちだったりもします。
一方、動画や記事などのコンテンツで気持ちを盛り上げ、その瞬間を捉えるということは、ニーズをつくり、つくったニーズが生まれた瞬間を捉えることになります。いわゆるコンテンツマーケティング、インフルエンサーマーケティング、優れたマス広告のクリエイティブやPR活動などですが、この手法が確立できると競合が少ないため、自社に有利に導きやすくなります。
小林:いずれの手法も以前からあるものですが、今後は個人に関連するデータの利用が難しくなることで、人を特定せずに適切な広告を配信する技術としてコンテンツやモーメントを捉える手法が見直され始めています。
永川:この手法には生活者の気持ちを盛り上げるためのクリエイティブが必要で、私たちの腕の見せ所です。今までのマスクリエイティブやPR、SEOなどに加え、例えば、生活者の悩みに答える記事や動画をサイトやSNSで展開し、検索してきた人の自社への気持ちを盛り上げたり、クリエイターとしてのインフルエンサーを尊重し、彼らとファンに受容されやすいクリエイティブを一緒に制作してもいいと思います。これらの手法を用いる場合もクリエイティブを展開するためのより有利な「枠」や「場」の確保が、自明のことですが大切になります。