企業と顧客をゼロ距離にする。主体性を育てるブランド戦略

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 連載第15回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 デザイナーの天畠カルナ氏が登場。企業と顧客の距離を最も近づける「主体性を育てるブランド戦略」をテーマに活動している天畠氏に、近年手掛けることが多いというEC領域での買い物体験が多様化している背景や、選ばれ続けるための仕組みづくり、通常の広告制作との違いについて聞きました。 

博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。

何度も訪れたくなる「ワクワクするEC」をデザインする

──天畠さんが提唱する「主体性を育てるブランド戦略」とは、どういった考え方なのでしょうか。

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 ブランドに関わるあらゆるポジションの人が、ブランドの一員としての意識と立場を持ち、主体的に活動できるようにするという考えです。結果として、企業の社員もユーザーも、そして私たちも、同じ目線でサービスやブランドを共有し、愛し続けることを可能にします。いわばゼロ距離の関係をつくるということです。
 従来、サービスを提供する企業と享受するユーザーは対立構造のもとに考えられてきました。いかにして、商品をユーザーに売るのかを考えていた時代です。しかし、これだけ情報も商品も多種多様化してきた現代において、商品が売れさえすればOKという流れは終わったように思います。長くお付き合いしてくれる関係をユーザーといかにつくれるかが、これからも長く愛され続けるブランドとして必要なのだと考えています。その鍵になるのが「主体」というキーワードです。なぜ、このブランドが存在しているのか。なぜその商品やサービスが必要なのか。ブランドの根本であるビジョンや存在意義を明確にした上で、対ブランドという客体的な意識から、ブランドの一員であるという主体的な意識に変えていく。ブランドの社員にも、ユーザーにも、広告会社の我々にも主体的意識を育てていくことで、長く、強固な結束を生むことができるというわけです。

──クライアントからは、どういった相談が多いのでしょうか。

 最近増えているのは、自社のECサイトへの流入と売り上げを伸ばしたいという相談です。新型コロナウイルスの流行によって、オンラインでの買い物体験は多様化しています。SNSを経由してECサイトに訪れることは、特別なことではなくなりました。SNS上のショップ機能やライブコマースも人気があり、デジタル上のコマース領域は既に飽和状態です。

──そんな状況の中、具体的にどのようにブランディングしていくのでしょうか。

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 値段が安い、早く届く、便利といった左脳的なECの世界で、人間の心に訴えかける右脳的な「ワクワクする出会い」は大切にしています。理想はウィンドウショッピングをするように、広告をうたなくてもECサイトを何度も訪れてもらえること。そのために、生活者を驚かすような意外性や、エンターテインメント性を意識して「なんかいいね」という感情をデザインすることを意識しています。
 通りがかりの人がふと覗きこみたくなる、そんなウィンドウディスプレイのような入り口(プロモーション)を用意しておくことで、初めてそのブランドを知る人も最近来ていなかった人もお店(EC)にはいってきてくれます。そのプロモーションもただ興味をひくだけではなく、ブランドが根本的に大事にしてきた価値観をもとに考えているので、最終的にブランドへの強い共感を生み、自分や誰かにその商品を贈りたくなるのです。
 また、ECサイトでの販売は、対面での販売と比較すると人間味を感じにくいからこそ、そのブランドだからこそ発信できるエモーショナルなストーリーを表現にとりいれる場合があります。実際に、ECを軸にしたプロモーションにも関わらずそのストーリーをきっかけにテレビの情報番組でもニュースとして取り上げてもらうことができ、結果的に売り上げにつながったこともありました。

──ものが売れるには、オンラインでの拡散も重要です。そのために工夫していることはありますか。

 店頭で目立つだけでなく、「購入後も目立つこと」も大事なことだと思っています。「人に話したくなる」「プレゼントしたくなる」といった購入後の行動につながるように、ちょっとしたネタをパッケージや店頭ツールの中に忍ばせておくことも方法の一つで、最適なパッケージの構造やデザインを考えることも、デザイナーの重要な役割だと思っています。
 例えば、醤油専門のセレクトショップ「職人醤油」と行った「大好物醤油」という新ブランド開発では、既存商品の上に醤油に合う大好物の料理のイラストを配したスリーブ型のパッケージを提案しました。買った後にスリーブを外してもともとの醤油メーカーが書かれたラベルが見られるので、その後の指名買いにもつながりました。また、イラストのバリエーションを24種類にしたことで「揃えたい」「写真をとりたい」という気持ちを高めたり、だれにでもある大好物というフックを設けたりすることで、シェアしたくなる構造を設計しました。メーカーのビジョンでもある醤油の多様性を伝え、ユーザーが醤油の使い分けを実践するきっかけを生み出しました。

買い物体験が多様化しても、変わらないもの

──今までの広告制作とECやSNSを軸にしたコミュニケーションの制作において、何か違いはありますか。

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 アートディレクターとして求められるデザインのスキルは特に変わりません。ただ、ECやSNSを軸にしたコミュニケーションの場合、様々なタッチポイントで展開されることが多いので、それらを踏まえた伝播力の強いロゴやキービジュアルをデザインする能力が求められると思います。
 ある化粧品メーカーのライブ配信番組のアートディレクションでは、その番組の出演者、制作スタッフ、連動して店頭で商品を販売する百貨店の店員、そして番組の視聴者と様々な立場の人を巻き込む必要がありました。そこで私は「身に付けたくなる」「説明を聞かなくても形に込めた想いが分かる」ロゴを目指しました。その結果、百貨店のスタッフの方がマスクシールにしてくれたり、出演者の中にはネイルにロゴマークのデザインを取り入れてくれたりする人までいました。
 ロゴはキービジュアルとなり、Webやバナー、モーションロゴ、出演者のTシャツ、番組のセット、テロップ、グッズ、店頭など、様々なメディアに展開されました。世界観がぶれなかったのは、ひと目見ただけでも方向性が分かるロゴにしたからです。各スタッフにイメージが的確に伝わることで、どの部門の方々も「だったら衣装はカラフルなほうがいいね」「台詞や音楽のテンションもこんな感じだね」と、トーンを自然に合わせてくれました。まさにブランドの世界観が強く共有され、主体的な活動が行われる理想的な展開でした。その場で商品を買わなくても、ブランドの世界観を視聴者の印象に残すことができれば、いつか商品の購入を検討した時に選択肢の1つとして思い出してもらえます。それにはデザインによる演出も、とても大事な機能だと思っています。

──買い物体験は多様化していますが、デザインをする上で大切にすべきことは変わらないのですね。

 DXであってもなくても、長く愛されるブランドづくりに必要なのは、商品やサービスの本質的な価値が伝わり、企業やユーザーの枠を超えて共感が生まれ、主体的な行動が自然と起こる仕組みだと思います。そしてブランドに関わる人たち全てが「これからも、より良いものを作っていこう」という原動力を加速していってくれたら、もっとワクワクする世の中になると思うのです。私自身、クライアントと広告会社という関係ではなく、同じビジョンを実現するチームの一員として、中長期的に根本的な課題を解決するためのブランディングに取り組み、人に長く愛されるブランドづくりに貢献していきたいと思っています。

天畠カルナ(てんばた・かるな)

博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 デザイナー


1992年アメリカ・ハノーバー生まれ鎌倉育ち。2015年多摩美術大学グラフィックデザイン学科卒業、同年博報堂入社。HAKUHODO DESIGNでブランディング業務を経験し、その後「主体性を育てるブランド戦略」をテーマに活動。企業と顧客の距離を近づけるロゴやパッケージ、広告制作、商品開発など幅広く手掛け、長く愛されるブランドをつくる。
2021年ACCブランデッド・コミュニケーション部門GOLD、マーケティング・エフェクティブネス部門GOLD、新聞広告大賞、Young Lions GOLD、グッドデザイン賞など受賞。