これからの顧客体験づくりの鍵は“手触り感”と“コマース化”

2201_dx_vol16_top

 連載第16回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 エクスペリエンスディレクターの池田善行氏が登場。いつでもどこでも、スマートフォンで買い物ができるようになった今、eコマース人口も拡大している。そんな生活者の消費行動と顧客接点の変化、企業が対応すべきことについて池田氏に聞きました。

博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。

あらゆる接点からECへ、新時代の買い物体験

──エクスペリエンスディレクターとはどういう仕事なのでしょうか。

2201_dx_vol16_ikeda01
池田氏

 博報堂に入社以来、自動車の見本市や日本各地で開催される万博や店舗など、リアルな場づくりを行ってきました。ユーザーがワクワクする体験をベースに、空間や接客、映像などハードやソフトを作るのが仕事です。最近はデジタル化に伴い、空間デザインとデジタル施策はワンセット。そのため意識せずとも自然とDXを行っている状況です。顧客体験の設計において、変化を感じていることが二つあります。その一つが「生活者の消費行動」です。
 「生活者の消費行動」は、これまでも少しずつ変化していました。その動きが加速したのは、新型コロナの流行がきっかけです。外出を自粛するようになり、ほぼ強制的に身の回りの暮らしと向き合う時間が増えましたよね。価値観やものを選ぶ基準など、あらためて考える機会にもなったと思います。
 特にSNSで話題のトレンドを追いかけていたミレニアル世代は、何をシェアしたらいいかわからなくなった人もいたはずです。それでも日々の暮らしは楽しみたいですよね。そこで注目したのが、身近な生活の中で豊かさを感じられる“手触り感”のあるものです。トレンドを意識したり、友だちの発信と比べたりする「他人軸」からある意味解放されたともいえるでしょう。その背景にはSNSによる“情報疲れ”や”比較疲れ”があったのだと思います。

──顧客体験のもう一つの変化とは。

 「顧客接点の変化」です。これまで買い物の場といえば、リアル店舗かオンラインショップ(EC)が中心でした。スマホで簡単に買い物ができるようになり、コロナ禍でオンラインショッピングを楽しむ高齢層も増加。eコマース人口は拡大しています。
 さらに各種SNSのEC化によって、生活者は自然とオンラインとオフラインの融合=OMO(Online Merges with Offline)を行うようになりました。
 例えば、インスタグラムで気になるものを見かけたら「コレクションに保存(ブックマーク)」しておき、時間があるときネットで調べてリアル店舗で現物をチェック。さらに、家に帰ってきて自分が持っているものとコーディネートできるか考え、本当に必要だと思ったらオンラインショップで買う。

2201_dx_vol16_slide01

 生活者はOMOの仕組みができる前から自然とオンラインとオフラインを行ったり来たりしながら、買い物を楽しんでいます。それは、買い物で失敗したくないという思いと、情報の編集能力も高まっていることなどが要因として考えられます。
 SNSの面白さは、自分好みの箱庭をつくれることです。雑誌で好きなものを見つけて、切り抜いたり、コラージュしたりする代わりにブックマークをする。インターネットでの買い物はセレンディピティがない・・・という意見もありますが、自分の趣味に合う写真を投稿していた人と情報交換することができたり、好きな世界を深めたりもできる。それに対するマーケティングは難しいですが、生活者にとっては、自分の世界観に合う、何かいい感じのもの=手触り感のあるモノと出合える機会が増えていると思います。

※セレンディピティ:偶然の出来事から、大切なことや本質的なことを学びとること、あるいはその能力

──企業はそうした変化に、どう対応していけばいいのでしょうか。

2201_dx_vol16_ikeda02

 根本的に、顧客体験を見直していく必要があると思います。SNSを含めた、すべての接点から買い物にどうつなげていくか。SNSに限らず、ライフスタイルのコンテンツを配信するオウンドメディアや、動画、比較サイト、コーディネートアプリなど、あらゆる接点がECで買い物をするきっかけになると考えています。
 チャットボットやCRM(Customer Relationship Management)は、主に問い合わせやトラブルシューティングで使われていますが、買い物のシーンで活用すればコンサルタントという立ち位置になります。化粧品や保険など、コンサルタントが必要な買い物シーンは色々ありますよね。
 あらゆる接点がコマース化したとき、どんな体験をお客様にもたらすべきか。その方法として私たちが提案している顧客体験の新たなモデルが、“手触り感”をつくる「生活者コマースエクスペリエンス」です。

2201_dx_vol16_slide02

 オンラインでのコミュニケーションは、値段や機能など「モノの価値」をどう伝えるかといった発想になりがちです。しかし、生活者のモノを選ぶ基準が、自分の暮らしに合う「いい感じ=手触り感のある世界観」であるかどうかに変化している中、これから伝えるべきことは「自分にあったいい感じの世界観」だと思います。

──どうやってその世界観を好きになってもらうのですか。

 商品の良さや商品開発のストーリーなども大事なのですが、それよりも、素敵な暮らしの中にどう置かれるか。その世界観を写真で表現し、プレイスメントからストーリーを語る必要があると思います。企業やブランドが決めるべきことは、どういう人の暮らしの“小道具”になりたいか。それを戦略として考えていきます。

──クライアントからの相談は、どういった内容なのですか。

 ECへの集客や、ECと実店舗との相互送客、ECの立ち上げやCRMECの連携など、OMO関連での多様な依頼があります。ただ、ECを作りたいという相談でヒアリングをしてみたら、先に取り組むべき課題が見つかることは珍しくありません。アウトプットから根本的な課題を考えていく「逆上がり」していくケースです。そして、そのほうが机上の空論になりにくい。ブランディングをして世界観を作り、それを各タッチポイントに落とし込んでいくのは容易でないからです。生活者の生の声が溢れているソーシャルメディアの中に答えがあり、その答えをもとにブランディングしていくのが、本質的とも言えます。

顧客とスタッフが入り混じる、リアリティのあるコミュニティーがもたらすもの

──ユーザーの買い物の意欲は、どのように高めていくのですか。

 一つは、共感やコミュニティーを起点に考えていく方法です。あるアウトドアメーカーの社員は、休日はサーフィンをしたりキャンプをして楽しんだりしています。そんな自社の社員も混ぜてコミュニティーを設計することがポイントです。

2201_dx_vol16_slide03

 そうすることで、たとえばインスタグラムなどSNSに投稿する写真の世界観を、リアル店舗や接客をするスタッフなどからも感じとることができます。共感を軸にしたコミュニティーの体験は、オンラインでもできるようになっています。ライブコマースやCRMのコンサルティングもその一つです。コミュニティーといっても、必ずしも交流が必要であるとは思っていません。コミュニティーの定義は緩やかで、「この感じが好きなんだよね」と、インスタグラムを見ている状態もコミュニティーという考え方です。ここで重要なのは「この感じ」が描けていること。それができないと、価格競争に巻き込まれてしまいます。

──「この感じ」は、どうやって作るのでしょうか。

 企業のパーパスや、ものづくりの哲学など、自社ブランドの世界観を企業が設定するのではなく、生活者と一緒にブランドの世界観を育てることではないでしょうか。その過程では変化があっても良く、「こういう暮らし」と目指しているイメージを、生活者とよりリアリティのあるものにしていくことが重要です。あるいは、自社のプロダクトを想像もしなかった使い方をしている人たちを見つけ、自分たちの哲学とあわせて取り込んでいく。常にターゲットとする“今の世代”の世界観に、自分たちのパーパスをあわせていくべきだと考えています。一度つくった世界観に固執してしまうと、ブランドが高齢化してしまうからです。

──リアル店舗やスタッフは、ユーザーのオンライン体験にどんなことをもたらすのでしょうか。

 リアル店舗のDXによって、デジタルサイネージでパーソナライズされた提案をすることも可能です。洋服を買うとき、接客をしてくれる店員さんのコーディネートは身近に感じられて参考になりますよね。そんな体験をオンライン化したサービスも誕生しています。

2201_dx_vol16_slide04

 あるファッションブランドはOMOストアをつくり、スタッフのコーディネートを全国の店舗のデジタルサイネージに映し出したり、LINEで相談できたりするサービスを行っています。それに伴い、スタッフは全国的に活躍することもでき、働く意欲を高める後押しにもなるはずです。OMOにおいて、店舗スタッフはブランドの中心となるキーメディアになると思っています。

──最後に、この連載のテーマ「愛されるDX」について。池田さんのご意見をお聞かせください。

2201_dx_vol16_ikeda03

 デジタルはツールなので、常に学び続けていますが、「DXしよう」といった考えは正直ありません。ユーザーの体験をいかに豊かにするか。何を伝えれば、楽しい買い物体験ができるか。その考え方は、リアル店舗の空間デザインやサービスを考える仕事でも同じです。
 その手法として、今の時代にデジタルをつかうのは当然のこと。ただ、ユーザーがデジタルで体験することは、結局は写真やデザイン、スタッフとのチャットでの会話など、写真と言葉と動画に集約されます。私が考えているのは、スマホで動画や写真を見たとき、どういう気分になるか。スマホも自分の指で動かして見るものです。手で触れているのだから、アナログでもあるんです。本質論になってしまいますが、リアルな店舗もECも、スマホで何か買うこともすべて「リアルな体験」と捉えることが、愛されるDXを推進する上で大切なことだと思っています。

池田善行(いけだ・よしゆき)

博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 エクスペリエンスディレクター


事業戦略をエクスペリエンスでカタチにする戦略クリエイティブ、OMO、B2Bデジタルマーケティングを統合する戦略クリエイティブを手がけている。リアル・デジタルの多岐にわたる体験を統合。事業戦略の視点から、複雑な要素を構造に整理し、シンプルかつ統合的にディレクションしている。