それで人は動くのか。生活者視点で考える“行動デザイン”

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 連載第18回は、博報堂生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 統合ディレクターの中川浩史氏が登場。中川氏が所長を務める博報堂行動デザイン研究所は、2019年に行動デザインのモデル「PIX(ピックス)ループ」を開発しました。購買はゴールではないという前提のもと、生活者の欲求からコミュニケーションを考える。そんな「PIXループ™」の開発の背景と内容について聞きました。

博報堂グループにおいて、クライアント企業のデジタルトランスフォーメーション(DX)を、マーケティングDXとメディアDXの両輪で統合的に推進する戦略組織「HAKUHODO DX_UNITED」。その唯一のクリエイティブ部門である「生活者エクスペリエンスクリエイティブ局」は、“潜在需要を発掘し、生活者の新たな好意・行動を喚起し、よりよい生活、社会を創り出す”といった価値創造型のDXをリードする部門です。キーワードは、「愛されるDXは、カタチにできるか?」。このテーマに取り組むメンバーたちの多様な視点をご紹介していきます。

生活者の情報タイムラインにいかに入り込むか

──デジタル時代の行動デザインモデル「PIXループ」を開発した背景を教えてください。

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中川氏

 私はセールスプロモーション部門の出身で、広告業界で働き始めた当初から生活者の「行動」にコミットした仕事に取り組んできました。百貨店の催事会場で人が動く瞬間や、働きかけで選択が変わる場面を見てきました。今も「人が動く」ということを起点に、統合型マーケティングコミュニケーション(IMC)を設計しています。
 企業がマーケティング活動においてめざすゴールは生活者に「購買」「契約」してもらうことです。そのためにまず認知を上げ、選択肢の一つになることを目的に広告を実施することが多かったと思いますが、スマホやSNSなど、デジタルが普及した今は人と情報の接触の仕方が進化しています。情報過多なデジタル空間では、調べているうちに迷ってしまい、面倒くさくなったり満足してしまったりして、購買につながらないことがある。博報堂買物研究所の調査ではそのような報告もあります。
 物事に対する価値観も変化しています。SNSで語りたくなるようなエピソードを持つ商品や、参加していることを伝えたいエンタメ性のあるイベントが人気です。所有にとらわれず、体験を価値とするサブスクリプションサービスも隆盛です。生活者にとってゴールはもはや「購買」や「所有」ではないのです。
 使うことはもちろん、その自慢でも気持ちは満たされる。買わなくても、見に行くだけでもいい。自分の気持ちを満たせれば購買や所有に固執しないのです。
 また、いまの人たちは必ずしも検索で情報を得ているわけではありません。SNSのトップには、これまでの「いいね!」や「フォロー」に応じて、その人にあった写真や動画が表示されていますよね。SNSを楽しんでいるだけで、自動的に好みの情報が入ってくる=プールされる。自ら積極的に検索する必要がないのです。 そういった状況で考えるべきことの一つは、アプローチしたい生活者のSNSのタイムラインにどうやって入っていくか。そこから考えなければ、人を動かすことは難しくなっています。
 アルゴリズムによってSNSが自分仕様になっていることを若い人たちは理解しているので、意図的に「情報を引き寄せて貯めている=プールしている」とも言えます。コロナ禍によってスマホを日常的に使うシニアも増えており、同様の感覚は幅広い層に広がっていくはずです。

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 そこで考えたのが、PIXループです。これは「情報を貯める=Pool」、「気持ちが発火する=Ignite」、「ちょっと手を伸ばして気持ちを満たす=eXpand」という3つのステップをループしながら、その過程で購買行動が起きると捉えるモデルです。
 まず、アプローチしたい生活者群がどのような情報のプールを持っているか。そのプールの背景には、どんな欲求があり、どうやって満たされているのか。それを知る必要があります。それが「Pool」のフェーズです。

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 好きな情報に囲まれていると行動のアクションが早いことは、情報をプールする生活者の特徴の一つです。この発火の瞬間を捉える、あるいは、積極的につくりだしていくのが「Ignite」のフェーズ。そして、衝動的な行動の受け皿となる体験装置をどうデザインするかという「eXpand」へと続きます。

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 一連の体験の過程として購買が発生すると考えるので、全体を捉えてプロセスの中にコンバージョンのポイントをどうプロットするか、その設計が重要となります。コミュニケーションを紡ぎ行動につなげる、これが我々の考える行動デザインです。
 あくまでも生活者の情報Poolを把握した上でコンテンツをつくらないと、アプローチしたい生活者の懐に入ることはできません。さらに、コンテンツの満足だけにとどまらないよう、そこにIgniteさせる「きっかけ」を仕込み、自社ブランドにeXpandさせられる「受け皿」を用意しておくのです。商品を購入してもらった後のサービスも考えていきます。商品を通してどういう人生を送ってもらいたいか、生活者の自己実現と企業のパーパスとが寄り添える一致点を上位概念に置きながら設計していくと、提供すべきサービスや体験装置が見えてくると思います。

生活者の欲求を本質的にとらえることで再現性の高いアプローチを

──欲求の源泉を捉えていくのですね。

 博報堂行動デザイン研究所では、欲求や行動へのトリガーを「安心系」「同調系」「優越系」「充実系」の4つに分類しています。

 これらの欲求に対して、どういったきっかけをつくれば行動につながるか。体系立ててコンテンツを考えていきます。ポイントは欲求を満たすだけでなく、ちょっとやってみたいと思う体験装置をつくること。いきなりお店に来てね、というメッセージは乱暴過ぎるのです。
 それを考えるためには、自社のリソースを洗い出す。そして、リソースと生活者の行動へのトリガーが重複するところでできることの可能性を探っていきます。

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 成功事例を分析すると、PIXループをまわしながら顧客との関係性を深めていることが分かります。情報プールで「映える」トレンドをうまく活用した食品メーカーの事例では、優越系の欲求に対して、SNSで自慢できる「見栄えのいい、おいしい商品」を開発し、その受け皿として、いち早く体験できるポップアップストアをオープン。訪れた人はSNSで写真を投稿し欲求を満たします。メーカーはポップアップストアでブランドロゴの入ったグッズを販売し、それが活用できるオリジナルレシピの情報発信をSNSで継続。グッズを購入した顧客が家でつくった写真をSNSに投稿することで、話題も続いていました。メーカーと顧客が関係性を深めながら、プロセスの合間で購買につなげていく。そんな設計を実践していました。

──この事例でのポップアップストアは、高まった気持ちを満たすための手段なのですね。

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 気持ちの受け皿としての装置は、場合によってはアプリかもしれないし、イベントかもしれません。とは言え、ポップアップストアを開設することも、アプリであっても、それ自体を行動のゴールにしてしまわないことが大切です。その先もループが続いていくように、どうやって関係を詰めていくか。生活者の視点で「自分にとって、何を満たしてくれるのか」を考える必要があります。

──PIXループは、ライフタイムバリューのための関係づくりでもあるのですね。

 生活者の心を満たす装置を、認知から購買の間に挟み込む。そして、買ってもらった後のコミュニケーションも考える。そんな生活者に寄り添ったコミュニケーションやサービス設計こそが、連載のテーマの「愛されるDX」だと考えています。生活者にとっては「愛するDX」であり、それを企業に提供することが、生活者発想の博報堂の役割でもあると思っています。
 博報堂行動デザイン研究所には「行動を起こしてもらえる」にはどうすればいいかというお問い合わせがよく入ってくるのですが、生活者の行動の本質を突き「愛される」「愛する」をデザインしていけばいいとお話をすると、ものすごく共感されるんですよね。おかげさまでサービス開発など、今までお付き合いの少なかったクライアントとの仕事も増えています。DXにおいても新しい視座をもってお役に立てると思っていますので、ぜひお声がけください。

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中川浩史(なかがわ・ひろし)

博報堂 生活者エクスペリエンスクリエイティブ局 統合ディレクター/博報堂行動デザイン研究所 所長


1994年 博報堂入社。初任はセールスプロモーション部門。CRMWebSNS、オウンドメディア、直近ではNFT等、新興のコミュニケーション手法を捉えてはナレッジ化し、統合マーケティングコミュニケーション(IMC)への活用を率先。2019年より現職。ソリューションの開発・活用も実践中。