大日本印刷とアサツー ディ・ケイは、ニューロマーケティングを活用した新たな広告手法の開発プロジェクト「脳活プロジェクト」を2010年9月に立ち上げた。ニューロマーケティングは、広告コミュニケーションにどう応用できるのか。大日本印刷 e-マーケティング本部本部長 井上貴雄氏、e-マーケティング本部リサーチソリューション企画開発室エキスパート 出口恵子氏、アサツー ディ・ケイ 価値創造プランニング本部本部長 森永賢治氏に話を聞いた。
ヘアバンドタイプの脳波計で リアルな生活者の無意識に近づく
――脳活プロジェクトの狙いと立ち上げた経緯は。
井上氏 生活者は何を欲しているのか。どんな表現を好ましく思い、どう伝えれば心に響くのか――。それらをつかむための従来の手法にはアンケートやグループインタビューがあります。でも、これらの手法には、生活者のリアルな心理をつかみきれないという課題がありました。
たとえば、アンケートで今日と明日に同じ質問をされたとき、必ずしも同じ答えをするとは限りません。時には本音を隠すし、無意識のうちに、根底にある本当の気持ちとは違う答えを出すこともあります。
では、でたらめに回答しているのかというと、そうではありません。本人すら気づいていない心の奥底に、快・不快の感情や好き嫌いの判断をつかさどるルールのようなものがある。これを脳科学の知見を用いて分析すれば、新しい広告・コミュニケーションのあり方を構築できるのではないか。そんな思いから、大日本印刷は、アサツー ディ・ケイと協力し、相互の強みを生かしてニューロマーケティングを活用した新しい広告手法の開発を目指す、脳活プロジェクトを立ち上げました。
森永氏 アサツー ディ・ケイも、ニューロマーケティングには以前から興味をもっていました。ですが、脳活動を測定する機材のコストが膨大だったり、手間ひまがかかりすぎたりで、マーケティングツールとしては実用的ではなかった。当社としては、実践で使いながらケーススタディーを積み上げることで、リアルな生活者に近づきたい。
その方法を模索しているとき、大日本印刷が慶應義塾大学の満倉研究室と組み、装着の簡単なヘアバンドタイプの脳波計を使って感性を解析するサービスを開始することを聞き、魅力を感じました。生活者が通常メディアに接触しているときに近い環境で脳波を測定できる、つまり、実践で使えるわけです。
脳活プロジェクトでは、この脳波計を用いた分析システムを利用し、当社が特に強みをもつ金融や健康・美容の分野にフォーカスして、マーケティングや広告に活用していきます。
――これまでの活動でわかったことは。
出口氏 昨年秋、男女90人を対象に、広告コピーに関する興味関心度の調査を行いました。「保険商品」「基礎化粧品」「投資商品」「健康・サプリメント」の四つのカテゴリーにおいて、脳波計を装着した人にコピーを見せて脳波が示す関心度を調査するとともに、同じコピーに対して記述式のアンケートも行いました。
森永氏 提示したコピーは、業界ならではの決まり文句で、商品コンセプトに近い言葉です。それぞれ業界別に30強のコピーを選び、脳波測定の結果とアンケートの結果を比較したらおもしろいことがわかりました。 たとえば投資商品の場合。アンケート結果によると、興味関心度が高いコピーは「リスクヘッジ」「元本保証」「業界最安値」です。ところが脳波を見ると、これらへの興味関心度は低い。逆に「優越感」「よい刺激を」といったコピーは、アンケートでは低いのに、脳波では高い興味関心度を示しました。
つまり、元本保証に興味があるとアンケートで回答しながらも、心は「他人よりも上」という意味合いのコピーに反応してしまう。本人は気づいていないが、無意識に反応しているんですね。 となると、元本保証だけを打ち出したコピーでは興味関心に訴えるのは弱く、脳が反応している「優越感」をいかに広告表現にまぶしていくかが大切になってくるわけです。
――脳波を計測してわかったことが広告表現に生かされるわけですね。
出口氏 測定結果の細かい解釈については、ノウハウがたまっていないのでこれからの課題でもあります。ただ、全体的として言えるのは、脳波測定で興味関心度が高く出たコピーは、直感的、感覚的に響いてくる。一方、アンケート結果が高いコピーは、表層的であり、言葉で解釈したり、しっかり読んだりしないと理解できない、ということです。
これを、たとえば新聞広告の制作に生かすとしたら、大見出しには、脳波で響いたコピーを持ってきて、細かく読ませるボディーコピーに、アンケート結果が高くなったものをもってくる、といった応用ができるのではないでしょうか。 現在は、化粧品会社の店頭展開や、チラシ・DMのターゲット別表現方法の方向性を決める際に活用しています。
ニューロによって広告表現はもっと自由にもっと豊かに
――新聞広告にはどう応用できそうですか。
井上氏 脳波計をつけ、アイトラッキング調査を行えば、新聞をどこから読み始め、どのあたりで興味関心度が高まるか、どこを読み飛ばし、最終的にどこに興味をもっているか、といったデータをとることができます。このデータを蓄積することで、広告商品別にあるいはターゲットごとに、新聞のどの位置にどのくらいのスペースで広告を置けば最も効果的か、わかるようになってくるでしょう。
そうなると、広告原稿の内容については企業が広告会社といっしょに考えるけれども、読者の新聞の読み方に基づく媒体の効果的な使い方については新聞社が提案することができます。
――ニューロマーケティングで変わる広告の将来像は。
井上氏 大日本印刷では脳活プロジェクト発足以前からニューロマーケティングの一環として、制作物を脳波で評価し、よりよい表現を目指す作業をしてきました。プロジェクトの目的は、そういったノウハウの蓄積を生かして、広告表現の「黄金ルール」を見つけていくということ。将来的には、生活者にメッセージを届ける際の理想的な脳波の形が導き出せるかもしれません。
森永氏 ニューロマーケティングにより、今までアンケートという定量的なデータが唯一の指標であったところに、別の視点が現れ、二つの視点からコミュニケーションのよりよいあり方を探ることが可能になりました。将来的には機材も進化し、分析結果も蓄積され、「黄金ルール」にもたどりつくでしょう。いずれは、体のどこかの反応をチェックするだけで、いい広告かどうかがわかる、というところまでいけるのではないかと期待しています。
出口氏 新しい視点を持つことで、作り手が脳に響く表現を意識するようになりますよね。たとえば投資商品なら、あまり意識してこなかったキーワード「優越感」を表現に取り込もうとする。こんなコピーが実は生活者に届くのか、という発見もあるでしょう。今まで使ってこなかったけれども、生活者に響く言葉を発見することで、表現の自由度が広がっていくといえます。
井上氏 今の広告は全体的に、リスクのより少ない表現へと向いていることもあり、似たような表現が増えています。脳活プロジェクトの成果は、そんな現状を打開し、広告表現をもっと自由にもっと豊かにする方向に働くのではないでしょうか。