コンテンツの力に加え、「見せ方」「売り方」が大事

 2008年の出版界は、「ヒット作不足」といわれる。2008年上半期売れ行き良好書(単行本総合)の上位3点が、田村裕『ホームレス中学生』(ワニブックス)、坂東眞理子『女性の品格』(PHP研究所)、水野敬也『夢をかなえるゾウ』(飛鳥新社)と、いずれも昨年から人気が継続しているタイトルで占められたこともある(出版科学研究所『出版月報』2008年7月号より)。一方で “血液型本”のブレークや、勝間和代の本のブーム、時代小説のニューウエーブの台頭、女性作家の活躍など、新しい動きも見られた。フリーライターで早稲田大学客員教授の永江朗氏に、この1年の出版業界のトレンドや、読者をひきつけるために出版業界が取り組むべきこと、新聞が果たせる役割などについてうかがった。

現代性を意識し新しい読者を開拓

永江朗氏 永江朗氏

── この1年の出版業界をどうご覧になりますか。また、読者の心をつかむことに成功した作品は。

 まず、『ハリー・ポッター』シリーズ(静山社)の完結がありました。ファンタジーブームの火付け役として出版界を盛り上げ、ファンタジーを読む楽しみを大人にも広げた“ハリポタ”の完結は今年の大きなトピックと言えるでしょう。

 他には、過去の名作を再加工して売り出す動きが目立ちました。例えば集英社文庫は、『人間失格』の表紙に漫画家の小畑健を起用するなど、装丁を「リパッケージ」することで新しい読者を開拓しました。古いコンテンツといえども今に合った加工をすれば読者がいるのだと業界全体が知ったと思います。

 お祭り的な話題としては、源氏千年紀を迎え、様々な作家による『源氏物語』の現代語訳が生まれました。千年前の物語でも、「現代の男女の恋愛模様となんら変わりない」「ケータイ小説感覚で読める」と、新しい世代に新鮮な驚きをもたらしました。

 ビジネス書も好調で、特に自己啓発本が広く支持されました。景気の先行きが不透明な今の時代において、信用できるのは会社より自分……。そんな人々の思いが“自分磨き”に向かったのでしょう。また、小林多喜二の『蟹工船』のヒットも、ワーキングプアの問題など、世相がニーズを呼んだ気がします。

── 昨年はケータイ小説の売れ行きが好調でしたが、今年の印象は。

 今年に入り大きく失速した印象があります。その原因については、「作品数が増えすぎて突出した数字が生まれにくくなった」「地方の若者のケータイ普及率の増加とともに売れなくなった」といった見方があります。一方で、夏目漱石や芥川龍之介など名作文学を、横書き・色付きの文字で編集した『ケータイ名作文学』(ゴマブックス)の発売がありました。「本はこうあるべき」という既成概念を壊し、若い世代と名作との接点を作ったユニークな試みでした。

── 時代小説にもいくつかヒット作がありました。

 和田竜の『のぼうの城』(小学館)、花村萬月の『錏娥哢奼(あがるた)』(集英社)など、時代小説のニューウエーブの活躍が目覚ましかったですね。現代的な内面を持った人物を描写することによって、「司馬文学」や「藤沢文学」のファンとは違った読者層を獲得しました。もうひとつ注目できるのは、佐伯泰英の『居眠り磐音 江戸双紙』シリーズ(双葉社)など、高齢者の心をつかむ時代小説が増えていることです。取材すると、そうした時代小説は都心の書店より住宅街にある大型ショッピングセンターの書店で売れていて、あわせて児童書も売れているとか。郊外型の書店はバリアフリーで売り場面積が広いため、3世代がワゴン車でやって来て、車いすのお年寄りが孫に児童書を買ってやり、自分は時代小説を買っていくという光景が多く見られるそうです。商環境の変化が本の売れ行きにリンクしていることも見逃せない傾向だと思います。

課題はPR不足 広告手法にも工夫を

── 出版に関する新聞広告・記事の役割や、今後の可能性は。

永江朗氏 永江朗氏

 出版広告を打つなら、同じ活字メディアの新聞は親和性が高く効率的だと思います。記事への掲載はさらに波及効果が大きく、出版社によっては新聞に取り上げられた本の編集者にボーナスを与えるところもあります。ボーナスの額面は、書評欄より文化面、文化面より社会面のほうが高いとか。読者としてうなずけますし、個人的には、ニュースに関連した知識が得られる本のタイトルを記事に併記してくれると面白いなと思います。紙媒体で難しければ、電子版でリンクを張るとか、可能性はいろいろとありそうですよね。

── 出版社の取り組みを見ていて課題に思うことは。

 第一にPR不足があると思います。私が教鞭(きょうべん)をとっている大学の学生や、読書推進運動を行っているJPIC(出版文化産業振興財団)の人たちに同じ質問を向けてもPR不足を指摘する声が多いですね。出版社の人にそういう話をすると、「これでも足りないのか」という反応が返ってきますが、出版点数の推移を見てみると、74年が2万点、99年が4万点、現在が8万点と、30数年で4倍に増えている。2万点と8万点では情報の到達度は当然違うわけで、点数の変化にPR活動が対応しきれていない印象があります。

 広告戦略については、最近、書店員のコメントをきっかけに本が売れるケースが増え、「カリスマ書店員」と呼ばれる人も現れていますが、出版社が彼らの影響力に依存し過ぎている気がします。本の帯や広告に引用するためにコメントを依頼し、しかも無償……。それでは書店員が疲弊してしまいます。広告手法にも工夫を求めたいですね。

 一方で、「広告を見て買いに行ったのに書店にない」という現象も起きています。出版点数の増加に対し、一点あたりの初版部数は減っているのです。例えば文芸書の初版なら、少ないと2000部程度、平均でも4,000~5,000部程度です。現在の全国の書店数は約17,000店ですから、店頭に並ばない数のほうが圧倒的に多い。欲しい本が店頭にない→人々の書店離れが進む→書店はますます置きたい本が置けなくなる→ベストセラー依存が進んでしまう……。この悪循環は、流通の構造的な変革がないと解決が難しいと思います。

書店は「がまん」を出版社は「余裕」を

── 活字文化の底上げのため、出版社や書店に求められる工夫は。

 出版産業全体で小さな書店も生き残れるよう、価格や利益配分を見直す必要があると思います。それと、今の出版社は新刊書偏重で、いい本でも品切れになったら絶版にしてしまう。でも書店は「新刊書だけではいい品ぞろえができない」と考えています。そのアンバランスを変えていかなければならないと思うのですが、実際に新しい動きも出てきています。今年1月、長野の平安堂や福井の勝木書店など地方の書店数社が出資する古書運営会社「ブックスビヨンドアライアンス」が設立され、新刊書とアウトレット本と古書を一緒に売っていこうという取り組みが始まりました。書店の活性化につながる活動として注目しています。

 あとは、今売れなくてもさらにひと月棚に置いておく書店の「がまん」、それを応援する出版社の「余裕」が欲しいなと思います。書店の在庫の5%は採算を度外視して置きたい本を置く、といった売り方がなされないと、作り手の「売れないかもしれないけど作ってみたい」という創作意欲もなえてしまいます。長い目で見て、真に読者の心をとらえる本を生み出すには、 そうしたがまんと余裕が大事なのではないでしょうか。

── 最後に、今年印象に残った本を教えてください。

 リチャード・パワーズの『われらが歌う時』(新潮社)、飯嶋和一の『出星前夜』(小学館)です。

永江 朗(ながえ・あきら)

フリーライター・早稲田大学客員教授

1958年、北海道生まれ。洋書輸入販売会社に勤務ののち、フリーランスのライター兼編集者に。93年からライター専業。2006~7年、朝日新聞論壇委員。 2008年から早稲田大学文学学術院客員教授(出版文化論)。日本文藝家協会所属。現在、『週刊朝日』『アサヒ芸能』『週刊エコノミスト』『週刊SPA!』『エスクァイア』『インビテーション』などで連載中。主な著書に、『不良のための読書術』『批評の事情』『新・批評の事情』『インタビュー術!』『〈不良〉のための文章術』など多数。