原油や肥料・飼料の価格高騰で、農家の経営と食料供給は危機に直面している。JA全農は、生産コストの上昇に苦しむ生産者への支援と国産畜産物への理解を求め、消費者との「懸け橋」となるため、全15段のシリーズ広告を展開した。広報部部長の桑島寛之氏にお話をうかがった。
生産者の実情を新聞広告で明らかに
── 健康分野の活動における情報発信の手法と今後のあり方についてお聞かせください。
情報発信は広報誌の他、主に報道機関に向けて行ってきましたが、「○○で規定以上の残留農薬発見」とか「輸入肉からBSEの危険部位が見つかった」といったショッキングなテーマがニュースになることが多く、生産者の努力や対応策まで掘り下げてもらえないケースが大半でした。このままでは消費者の理解が進まないと考え、ここ数年は記者を集めて農業技術指導の現場を公開したり、野菜や食肉の流通現場を視察してもらったりと、より突っ込んだ情報提供をしています。
こうした取り組みを通して感じたのは、農業の実情があまり知られていないということです。記者から「画期的な技術ですね」「こんなに厳密に安全対策をしているとは知らなかった」といった声を聞き、生産者とのコミュニケーションは熱心にしてきたものの、一般に向けて大事なメッセージを伝えてこなかったと気づかされました。今後はもっと積極的に発言していかなければならないと思っています。
── 環境保全活動を行うSR推進事務局を設置されています。消費者、生産者、地域社会との「きずな」構築のため、どのような取り組みをしていますか。
近年力を入れているのは、生産者と消費者が一緒になって環境調査を実施し、「人と生きものに優しい農業」を実践する「田んぼの生きもの調査」です。例えば兵庫県豊岡市が進めているコウノトリの野生復帰と市民の共生活動をご存じでしょうか。JA全農では、関係機関・地元農家と相談し、コウノトリのエサであるドジョウやカエルを育くむ田んぼづくりを推進。また、地元JAが育てたお米に市の認証マークをつけ環境保全ブランドとして売り出し、農家も消費者も納得できる流通の仕組みを作りました。他にもホタルの復活や里山農業の推奨など、環境保全・貢献につながる活動をしているNPO生物多様性農業支援センター等と連携しています。
── 新聞広告を活用した狙い、新聞広告に求めた役割とは。
JA全農は、「生産者と消費者を安心で結ぶ懸け橋になります」という経営理念を掲げています。消費者の方々に「食の安全・安心」「食料自給率」「日本の農業」などについて、一緒に考えてほしい、実態を理解してほしいという狙いを満たすメディアは、新聞広告がベストと判断しました。
消費者から届いた多数の反響
── メッセージ性の強いシリーズ広告でした。
農業経営者の切迫度合いが高まったことが背景にあります。深刻なところでは廃業や、さらに厳しい状況に追い込まれるケースもあり、この窮状をなんとしても打開したいとの思いでした。1~3月にかけて展開した広告では、国産畜産物の生産コストが急激に上昇していること、飼料や輸送費の高騰が農業経営を圧迫していることなどを伝え、農家とJAグループが一丸となって生産コストの削減に取り組む姿勢を明らかにしました。ただ、「生産コストが上がったから高い肉や野菜を買って」と訴えるだけでは一方通行になると考え、著名人の方々に消費者代表として、国産農産物を買う意義、生産者を支援する意義について語っていただきました。この広告をきっかけとして、国民一人ひとりが自分自身の問題として考えてほしいと訴えかけました。
── 広告に届いた感想やめまぐるしく変わる社会情勢を次回の表現に生かすという、シリーズ広告ならではの展開が目を引きました。
1~3月までの広告は、子どもや著名人を起用し表現をどちらかといえばソフトに、「共感」を狙ったものでした。しかしその間に中国のギョーザ事件や生産コストのさらなる急騰など「食の安全」「世界的な原料・穀物争奪」にかかわる報道が相次ぎ、消費者から「もっと知りたい」との声が多数寄せられました。これを受け、7月の広告では生産者の主張を強調しました。続く8月の広告では、収穫期を迎える中で、主食であるお米の問題を取り上げました。
── 新聞広告の反響は。
3月27日の紙面にも反映しましたが、「生産者の努力に応えるために消費者にできることは、買い支えることなんですね」といった意見や、他には「畜産農家が苦しんでいる話を、広告で初めて知りました」「日本の農家を守ろう」などといった声がたくさん届きました。また、生産者からは「よくぞ言ってくれた」との反響が多く、毎回紙面の一番下に掲載していた「納得できるものを、納得できる価格で、食卓へ。」というコピーを評価する声も多く聞かれました。
── 今後の抱負は。
日本経済からみれば農業生産は1%産業にすぎず、生産や流通の実態がよく知られていないのはある意味当然かもしれません。しかし、国民の生活と農業は切り離せない関係です。今後とも生産者と消費者の相互理解を促進するようなコミュニケーション広報を展開していきたいと思います。