健全な対話を築くための新聞広告を

 北海道洞爺湖サミットで温暖化への取り組みが議決されるなど、環境問題は世界規模で論じられる重要テーマだ。新聞広告が環境分野で果たせる役割について、環境ジャーナリストの枝廣淳子氏にお話をうかがった。

一人ひとりが考えることから始まる

枝廣淳子氏 枝廣淳子氏

── 環境問題を取り巻く最近の状況をどうご覧になりますか。

 公害に代表されるかつての環境問題と違い、現代の環境問題は、私たち一人ひとりが加害者であり被害者でもあります。減らさなければならないCO2は目に見えません。さらに環境問題と一言で言っても、地球温暖化、エネルギーの問題、生物多様性の危機など、色々な問題が層のように折り重なっています。こうした状況から、様々な物事がどうつながっているのかがわかりにくくなっています。「このままじゃいけない」と思っても、何をしていいのかわからない。そんなところから来る「漠とした不安感」が、国民の間に広がっているように感じます。環境問題に直面しているのは世界共通ですが、ヨーロッパ諸国は早くから現状を変える手立てを打ってきました。例えばスウェーデンは、1970年代から政府主導で温暖化対策を始め、温室効果ガスの削減と経済成長を同時に成功させています。こうした成功体験は大きな自信となり、国民は希望を見いだすことができます。それに対し日本政府は、「手をこまねいている」印象で、とても閉塞(へいそく)感を感じます。この状況を打破するためには、国民一人ひとりが自分の頭で考え、選び、決める力を取り戻すことが必要です。マスコミの影響もあって、ある時点から日本人は情報を与えられることに慣れ、考えることをしなくなってしまいました。教育も、「考える」のではなく、先生の手の中にある答えを「当てる」ことを教えています。それではダメで、「みんなはこう言うけれど私はこう思う」「世界と日本を比べてこれではいけないのではないか 」といった具合に、国民一人ひとりが自分の頭で考えたことを自分の言葉で政府や企業に伝えていかないと、日本の現状はきっと変えられない。一見ひどく遠回りのことのようですが、急がば回れ、です。環境教育の必要性を語る人がいますが、世代の子どもに押し付けるのはあまりに無責任ですし、それでは間に合いません。子どもだけでなく、同時に大人を教育していくことも必要だと考えます。

新聞でも様々な人が対話する場の提供を

図 システム思考

── 新聞の環境問題への取り組みをどう評価しますか。

 物事を考えるときに使う「システム思考」があります(図)。ピラミッドを4段階に分け、上から「出来事」「時系列のパターン」「構造」「思い込み・無意識の前提」となります。「出来事」は私たちの目に見えていることで、たとえば「真夏日が何日も続いている」といった事象そのものを指します。そして、ここ数年の真夏日はどんなパターンだったのかが「時系列のパターン」。そのパターンを作り出している原因──この場合は真夏日が続く理由、つまり地球温暖化──が「構造」です。最近の新聞報道は、ほとんどが「出来事」ですね。ある程度は仕方ないとは思いますが、読み手にしてみると、常に断片的な出来事だけを伝えられても、つながりが見えてきません。新聞の優位性は、論説などまとまったことが書けること。出来事だけでなく、その下にあるパターンや構造を浮かび上がらせることができる媒体です。そこをしっかり見せ、つながりが見えてくると、読者は自分で考えるようになる。刺激的なニュースだけなら、新聞よりもテレビが選ばれるでしょう。新聞は、自分たちの顧客を守るという意味でも、読者を育てる必要があるのではないでしょうか。

── 環境関連の新聞広告の評価は。

 アメリカでは「グリーンウォッシュ」という言葉が10年以上も前から使われています。企業の部分的な環境への取り組みを、さも全体の取り組みのように喧伝(けんでん)していることなどを非難する表現ですが、グリーンウォッシュだと思える広告が、新聞広告に限らず少なくないな、というのが正直な印象です。一方で、地球環境などテーマ性の高いシンポジウムやフォーラムを新聞社が主催して、紙面採録する広告はとてもいいですね。残念なのは、紙面のスペースの都合で、いい意見や実際のやりとりの詳細を載せきれないこと。関心を持った人に、ウェブサイトなどを活用し広く公開するといいのではないでしょうか。

── 環境問題と生活者の「きずな」を構築する上で、新聞広告に期待することは。

 最近、さまざまなステークホルダーが同じテーブルにつき対話する「ステークホルダーダイアログ」を催す企業が増えています。こうした取り組みを新聞紙上でやるとおもしろいのでは。シンポジウムのように専門家しか出てこないと「教えてもらう」という感覚ですが、市民の代表や主婦が参加していれば、「自分だったらこう思う」というように、読者自身が考えるようになると思います。健全な対話を築く場所を、新聞広告に加え、ウェブサイトなども活用し、提供してくれたらと期待しています。

6/14 朝刊
枝廣淳子(えだひろ・じゅんこ)

環境ジャーナリスト、翻訳者

東京大学大学院教育心理学専攻修士課程修了。環境問題に関する講演、執筆、翻訳等の活動を通じて、地球環境の現状や世界・日本各地の新しい動き、環境問題に関する考え方や知見を広く提供している。「地球温暖化問題に関する懇談会」メンバー、東京大学人工物工学研究センター客員研究員。