子どもたちが「やってみよう」という新聞広告を

 「教育に新聞を」を合言葉に、新聞各社は共同で、教育現場に新聞を提供するNIE(Newspaperin Education)活動に取り組んでいる。教育現場で新聞が果たせる役割、期待できる機能とは? 聖心女子学院初等科教諭で日本NIE学会理事の岸尾祐二氏にうかがった。

活字離れが進み読解力が低下している

岸尾祐二氏 岸尾祐二氏

── 現場で教鞭(きょうべん)をとっている立場から、教育を取り巻く状況をどうご覧になりますか。

 子どもたちの活字離れが叫ばれていますが、それは実感しています。特に、新聞などの難しい活字に対する読解力は、昔の子どもに比べ落ちていると思います。OECD(経済協力開発機構)が行ったPISA調査(生徒の学習到達度調査)で、日本は「PISA型読解力」が低いという結果が出ましたが、まさに私たち教師が感じている状況を表しています。PISA型読解力は、「自らの目標を達成し、自らの知識と可能性を発達させ、効果的に社会に参加するために、書かれたテキストを理解し、利用し、熟考する能力」と定義されています。子どもたちのこの能力を上げていくことは、まさに日本の教育界が直面している大きな課題です。

──NIEの反響、成果などは。

 新聞は、今を映し出す「生きた教材」で、授業の内容も広がります。このため、子どもたちはとても楽しそうに取り組んでいますし、親からの反応もとてもいいですね。一方で、子どもたちの読解力の低下には、家族間のコミュニケーションが少なくなったことが関係していると考えます。そんな思いから、NIEでは「ファミリーフォーカス」という家庭内での学び合いを呼びかけています。新聞は基本的に毎日家庭に配達されるので、その新聞をきっかけに、家族の間で共通の話題として話し合ったり、共通の体験をしたりできます。家庭で実践することで、NIEはさらに意義ある取り組みになると考えています。

新聞を話題に家族でコミュニケーションを

── 新聞を教材に使った授業についてお聞かせください。

 私は、NIEにかかわる前から新聞を教材にしていました。語彙(ごい)を増やしたり読解力を養ったりするだけでなく、社会に対する関心を広げることができます。また、同じニュースを扱っていても、新聞社によって見解や表現が違うことがあります。それを比べることで、物事には多面的な見方があることが学べます。さらに、新聞は何か出来事が起きた場合、その出来事の経緯を継続的に報道します。情報を追いかけて、比べる力をつけることは、メディアリテラシーを身につけるにはとても重要なことです。

 新聞には、記事だけでなく写真や図、グラフも載っていて、先ほど触れたPISA型読解力に含まれる「非連続型テキスト」(図やグラフ、地図など)を読み解く力をつけることに役立ちます。そういう観点では、文字だけでなく、写真やイラストがふんだんに使われている広告も、とても優秀な教材です。食品の広告ならば、どんな味や香りがするかなど、感覚を言葉にしてみるのもいいでしょう。

 また、新聞広告は、ひとつの題材からさまざまなことについて学ぶきっかけを与えてくれます。例えば、8月に載った日清食品の広告では、チキンラーメンが世界中で食べられているので、国によって違う食べ方を調べるなど、異文化を学ぶことができます。この業界の産業について勉強することもできるでしょう。さらに、広告は記事とは違い、コピーなどを工夫して、商品やサービスのよさを伝える媒体です。そうした広告の表現を参考に、校内の標語やポスター作りをすることで、子どもたちはプレゼン能力を身につけることができます。新聞広告はある一定の基準をクリアしているので、広告も信頼できる教材になりえるのです。しかしときには、その広告にどこかおかしい点はないか、と問いかけることも。そういう目を養うことで、子どもたちには賢い消費者になってほしいと願っています。

8/25 朝刊 8/25 朝刊

── 新聞や新聞広告に期待する役割は。

 新聞は社会を反映するメディアなので、教材として優れているとはいえ、教育を意識した媒体になる必要はまったくないと思っています。あえて期待することを挙げるなら、活字離れ、新聞離れがいわれる若い人が魅力的と感じるような記事や広告が、もう少しあってもいいかな、と。今の若い人たちは、ネットやケータイの「横書き文化」になじみがあるようです。記事によっては、そうした見せ方の工夫をすることも効果があるのではないでしょうか。広告に関しては、家族の中でコミュニケーションできるようなものがあるといいですね。具体的に言うと、家族みんなで話し合えるようなメッセージ性のある広告です。子ども参加型のイベントの結果報告のような広告がありますが、ただ報告するだけでは、参加していない子どもや家族にとってはあまり興味を引きません。すべての子どもたちへ「やってみよう」といったメッセージが載っていれば、その広告をきっかけに、子どもが考えたり、家族の中でコミュニケーションがとれたりするのでは。行動に移せるような広がりのある広告を期待します。その上で実際に新聞を身近にする役割は、親や教師にあると考えます。いま一度、大人にしっかりと新聞を読んでほしいと願っています。

岸尾祐二(きしお・ゆうじ)

聖心女子学院初等科教諭、日本NIE学会理事

米国、英国、スウェーデン、ノルウェー、オーストラリア、韓国のNIE活動を視察。教育現場で新聞を用い、子どもの創造性を育む教育を実践している。主な著書に『新聞広告で見つけよう!明治から平成のくらしのうつりかわり』(くもん出版)、『メディアリテラシーは子どもを伸ばす── 家庭でできること、学校でできること』(東洋館出版社)など