読者の「読み解く力」を与える新聞記事と広告を

 医療に関するニュースが連日メディアをにぎわせている。その内容はといえば、政策や事件、病気の内容や治療法、患者の生き方までと多岐にわたる。患者や生活者を取り巻く医療の現状について、写真家で医療ジャーナリストの伊藤隼也氏にお話をうかがった。

科学性と人間性が求められる医療

伊藤隼也氏 伊藤隼也氏

── 日本の医療を取り巻く状況について、お聞かせください。

 たとえば昭和初期と比べると、当時の医療は、感染症や結核の治療が大きな割合を占めていましたが、現代は薬や医学が進歩し、かつては治せなかった病気も治せるようになりました。しかし、高齢化が進み、生活環境が変化したことで、がんや生活習慣病といった病気が増えました。がんに代表されるように、必ずしも完治しない病気も多く、そういった病気といかに共存し、人間らしく、よりよく生きていくかといったことも問われる時代になりました。さらに、ここ5~10年で「インフォームドコンセント」「セカンドオピニオン」の概念も浸透し始め、患者自身が自分の状態を知った上で、複数の治療法から選択することが理想になりました。かつての「医療は施し」の時代から、患者が主体的に医療に参加する時代になったと言えます。

 一方で、医療の進歩は延命も可能にしましたが、「生かされる」ことの是非が問われ、「よりよく死ぬ」という人間性の側面まで医療に求められるようになっています。終末期医療やターミナルケアといった話題がメディアでも大きく取り上げられるようになったことを見ても明らかです。

 こうして見ても、医療は「量」から「質」へ、「施し」から「患者が主役」へ、そして「生」だけでなく「死」も、と環境的にも文化的にも様変わりしました。高い科学性が求められる一方で、治療や介護においては高い人間性も必要とされるようになったという点において、これほど幅広い話題性を持った分野は珍しいと言えるでしょう。

── 生活者の医療への関心は。また、関心の高いトピックは。

 日本人は、医療にはとても関心が高い国民です。欧米では教育や経済、政策に関心が高いのに比べ、日本では医療が高い関心を集めています。さきほど触れたように日本の医療が大きな転換期を迎えていることも理由のひとつだと考えます。特にがんについての関心は、常に高い。健康な人も、生活習慣病など生活に密着した病気への関心が高く、病気であってもなくても、医療は身近な存在になっていると言えると思います。

記事で多様に検証し読者に読み解く力を

── 医療関係の新聞広告が増えています。どう評価されますか。

 最近は、タイアップ広告などでも識者が登場するなど、きちんとした作りに見える広告は増えたように感じます。しかし、玉石混交の感は否めません。新聞に限りませんが、「ちょっとこれは」と首をかしげたくなる広告がないとは言えません。こと健康情報や医療情報に関しては、自主的に調査、検証する機関などを設けるなど、見直せることがあるのではないでしょうか。メディアは、広告主にも生活者にも真摯(しんし)に向き合うことで、そのメディアは確実に信頼されますし、結果として支持されると考えます。

 ピンクリボン運動など病気について啓発する広告には、意義があります。まだまだ広く啓発すべき疾患は多い。先ほども触れましたが、今は患者が自分の治療に関し、主体的に参加する時代になりました。製薬業界では最近「患者のエンパワーメントを上げる」という表現がよく使われます。これは、患者が病気や治療に対して段階的に知識をつけることを指し、そうすることで病気が治りやすくなるという研究結果も出ています。疾患の啓発活動に協賛することは、企業にとって、単なる広告としてだけではなく、社会貢献などの幅広い意義があるのではないでしょうか。

── 医療と生活者のきずな作りにおいて、新聞に期待する役割は。

 新聞だからこそ、ある種の検証や評価を経た広告が作れる可能性があると思っています。広告主に対しても「こういう表現はダメ」とはっきり言える媒体であってほしい。それが読者の目を育てることになり、結果、医療と生活者のきずなを結ぶことにつながるのでは、と考えます。

 読者の側も、興味を持つことは大切ですが、だからといって広告の内容をうのみにしてしまうのは危険だと認識したほうがいいでしょう。日本人は情報を与えられることに慣れてしまい、考えることが苦手になっているように思います。広告についても、これからは「読み解く力」が必要になるのでは。新聞の場合、医療に関する連載など様々な情報があり、ひとつの疾患に関しても多様な検証をしています。そうした部分で、読者に情報を読み解く力を与えてほしい。広告ページと記事部分がバランスよくあれば、新聞はそもそも文字媒体として理解を深めやすいという特性があるわけですから、読者の正しい理解につながると期待しています。

2007年 10/2 朝刊
伊藤隼也(いとう・しゅんや)

医療ジャーナリスト、医療情報研究所代表、写真家

出版社・写真部、フリーカメラマンを経て、生活者の視点を生かすフォトジャーナリズムという視点から、ジャーナリストとして活躍。国内外を問わず多くの病院や医療現場を精力的に取材し、メディアなどで発表し続けている。医学ジャーナリスト協会会員。