工場勤務の経験も豊富な技術系出身で、ビールの生産と品質管理に精通。生産統轄部長として、主力商品に成長した「のどごし〈生〉」の開発を指揮した。40歳まで続けたサッカーのポジションはフォワード。今年3月、キンリビールの新社長に就任した松沢幸一氏の行動信条は、「前向き・自然体・誠実」だ。
――今、思い描いているリーダー像は。
入社以来、私は研究畑が長かったのですが、工場で人を率いる立場になって学んだのは、組織を活性化させるのは、個人の自発性や参加性だということでした。自分たちの創意工夫で改善した職場には人は愛着をもちますし、自ら立てた目標に対しては、人にやれといわれるよりも熱心に成し遂げようとしようとします。つまり、仕事が上から下りてくるのを待っているような組織ではいけないということです。組織を人間中心の開かれたものにすること、そして現場中心にすることがリーダーの役割のひとつだと思います。
ただし企業もサッカーと同じで、個々が能力を高め、プレーヤー同士がお互いにコミュケーションをとるだけでは、いくらチーム力があっても勝てません。チームの状態を客観的にとらえて、局面によっては相手に圧されていないか、市場はどう変化しているのかといったことを見ながら、全体に指示を出す。社長業はサッカーの監督と似ています。
――キリンビールの長い歴史の中で、技術畑出身の社長は三人目だそうですね。
私の人生は失敗と予想外の連続でしたが、「前向き」、「自然体」、「誠実」を行動信条にやってきました。「前向き」というのは、変化を受け入れるということです。若い世代にも機会があると「人生は何があるか分からないのだから素晴らしい。夢はマルチで持っていたほうがいい」と話すのですが、誰もが望んだ役割を与えられるわけではありません。しかし、その時に横を向かず、前を向いてやるべきことをやることが大切です。
無理が過ぎれば、個人も組織もゆがみが生まれます。頑張り過ぎず、自然体でいることも必要です。同時に、やるからには精いっぱいやるという誠意がなくてはいけません。それさえあれば、人は認めてくれるものです。
――愛読書を紹介してください。
司馬遼太郎の『街道をゆく オランダ紀行』は、オランダ人のもつ合理的な商人文化を、歴史的な経緯を交えて紹介していて、国土の狭い私たち日本人にも参考になる本です。ヨーロッパで仕事をしていた時、オランダやデンマークの人たちに「一人ひとりが一生懸命頑張れば、強大国に負けないものが生み出せる」といった誇りを肌で感じました。また塩野七生さんがベネチアについて書かれた『海の都の物語』も、世界と協調して生きていく私たち日本人にとって大いに参考になる本だと思います。
文/松身 茂 撮影/星野 章
キリンビール 代表取締役社長
1948年、群馬県生まれ。1973年、北海道大学大学院(農学専攻)修了後、麒麟麦酒(キリンビール、現キリンホールディングス)に入社。キリンヨーロッパ社社長、北陸工場長、常務執行役員生産本部生産統轄部長などを経て、2008年からキリンホールディングス代表取締役常務取締役に。2009年3月、キリンビール代表取締役に就任。生産部門・研究部門に明るい技術系出身のトップとして、その手腕が期待されている。
※朝日新聞に連載している、企業・団体等のリーダーにおすすめの本を聞く広告特集「リーダーたちの本棚」に、松沢幸一さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)