電通のアートディレクターとして広告キャンペーンや企業ブランディングを手がけるかたわら、アーティストとしても活躍する、えぐちりかさん。5歳と1歳の男の子の母親でもあり、近年はベネッセ『こどもちゃれんじbaby』の教材デザインも担当。著書絵本『パンのおうさま』も話題となっている。
目標に向かって努力していたら、自然とたどりついた道
──子どもの頃の夢は。
子どもの頃は「すてきなお母さん」になりたいと思っていました。料理やお菓子作り、手芸が好きで、主婦が集まる教室に通ったり、オレンジページや女性セブンなど主婦向けの雑誌を読んだり、友達の家に行く時には手作りのお菓子を持って行く。いま振り返ると私の女子力のピークは小学生だったのかもしれません。すてきなお母さんへの憧れは高校生になっても変わることはなく、誰かとつきあう時は、必ず結婚を意識してしまいます。私が上京したきっかけも、当時付き合っていた彼が東京の大学に進学したからなんですよ。地元の北海道を出るつもりはなかったけれど、彼を追いかけて自分も東京の大学を選びました。自分で作った器に手料理を盛りつけ、子どもには手作りの服を着せる──。そんなお母さんに憧れていたので、まずは器を作れるようになろうと、陶芸とガラスを専攻できる大学に入学しました。
大学では、「使っていないときは飾って楽しめる、アートにもなる食器」というテーマで作品を作っていました。約半年かけて作品を制作した後、みんなの前でプレゼンテーションをする機会があったのですが、そのとき、自分の考えを伝えてみんなが興味を持って聞いてくれることに、すごい達成感と喜びを感じました。アイデアを考えて形にして、発表するという一連の流れすべてが、心底楽しいと感じたのです。そのときから「すてきなお母さん」だけでなく「作家にもなりたい」と考えるようになりました。
目標を決めると突っ走るタイプなので、それからは「作家」という新たな夢に向かって作品制作に没頭しました。あるとき、目玉焼きをモチーフにしたガラスの器を制作したところ、本物そっくりに仕上がり、そのリアリティーに自分でも驚きました。もっとガラスでたまごを表現したいという気持ちが強くなり、食器ではなくアート作品として制作するようになりました。それ以来、学生時代はずっとたまごの作品を作り続け、ありがたいことにテレビや雑誌に取材され、現代アートの賞も受賞。作家としてギャラリーや美術館でインスタレーションをさせていただく機会にも恵まれました。
──広告業界を目指したきっかけは。
広告業界を目指そうと思ったのは「ひとつぼ展」でグランプリを受賞したことがきっかけです。浅葉克己さんや青木克憲さんが審査員で、そのとき初めてアートディレクターという職業を知りました。お2人の名前は知らなかったのですが、作品はどれも見たことがあるものばかり。たくさんの人に見ていただける広告を自分でも作ってみたいと考えるようになりました。
就職活動でOB訪問をさせていただいたとき、デザイン科で4年間勉強してきた人たちよりも、たくさん作品を作らないと受からないよ、という話を聞きました。そこで、まず広告について学ぼうと広告学校に通い、違うジャンルを勉強してきた自分だからできる広告キャンペーンとは何かを考えながら、ひたすら作品を作り始めました。
就職活動を始めた頃、岡本太郎さんの彫刻とたまごの作品をコラボレーションさせていただくという機会に恵まれました。その展覧会と就職試験の時期が重なっていたので、当時は相当ハードな毎日でした。学校が始まる前に石膏(せっこう)をかついで「川崎市岡本太郎美術館」へ行って岡本太郎さんの彫刻の型をとり、9時から5時まで八王子にある大学でたまごの作品をつくり、夜は広告学校で勉強して、家に帰って3時ごろまで入社試験で提出するポスターを作る。寝る間も惜しんで、作業をしていました。その結果、第一希望だった電通に入社することができ、岡本太郎さんとのコラボレーション作品も評価されました。このとき、広告の仕事も作家としての活動も、一生懸命がんばれば両立できると確信しました。
もともと、計画を立てて目標に向かって努力することは、私にとっては楽しいこと。自分で言うのも変ですが、好きなことに関してだけは努力家で真面目なんです。それに加え、みんなをワクワクさせたいという気持ちが根底にあり、子どもの頃から“いたずらっこ”。みんなとはあえて違うことをやって友達や先生を驚かせることも好きでした。
広告もアート作品も、目指しているのは、自分が作ったものを見てくれた人が楽しんだり喜んだりしてくれること。私の中では媒体による垣根はありません。そもそも自分が楽しんでいなければ、見る人も楽しめないと思うんです。デザインを楽しんでいる人は、それが作品からにじみ出ていますよね。
嫌われてもいいという覚悟で、自分のスタイルを貫く。
──転機となった出来事は。
意気揚々と入社しましたが、最初の3年間は何をやってもうまくいきませんでした。先輩や上司に言われた通りにやろうと努力したのですが、型にはまると萎縮してしまい何も形にできないまま3年経ってしまいました。あまりにも苦しくて、一緒に暮らしていた彼に「会社を辞める」と話したら「どうせ辞めるなら、今日から辞めたつもりになって、好きなようにやってみたら」とアドバイスされたんです。それから「嫌われてもいいや」と割り切って自分の意見をはっきり言うようにしたところ、仕事で褒められることが増えてきました。
それから1年後には、NTTドコモの仕事で「ドコモダケアート展」の仕事を手がけることができ、JAGDA新人賞をいただいたり、次々と順調に仕事をいただけるようになりました。いまでも、うまくいかないことがあると「辞めたつもりになって自分らしくやってみよう」と気持ちを切り替えるようにしています。うまくいかなかった時期があったからこそ、仕事をいただけることや仲間と協力し合うことなど、どんなことにも感謝できるようになれたとも思っています。
ただし、私が頑張れるのは、好きなことだけ。記事には書けないくらい、ダメ人間なんですよ(笑)。同期にも0か100、ギリギリで生きているよねと笑われます。
──5歳と1歳の息子さんがいらっしゃいます。仕事内容に変化はありますか。
1人目が生まれたときは特に大きな変化はなかったのですが、2人目を妊娠した頃から、お母さんとしての経験を生かすような仕事の依頼が増えてきました。アパレルメーカーのクロスカンパニーが手がける新ブランド「KOE(コエ)」のブランディングもその一つ。私のようなファミリーもターゲットにしているので、自分が母親として生活する中で足りないことや、ほしいものなどをふまえて提案するようにしています。
病児保育をテーマにしたドラマ「37.5℃の涙」の挿入歌にもなった木村カエラさんのニューシングル「EGG」のCDジャケットは、2児の母親としての経験を生かして、新しい切り口で母性を表現してほしい、という依頼でした。最近は、仕事以外の日常がダイレクトに仕事につながることが多いので、土日は極力仕事を入れず、家族と過ごす普通の暮らしを大切にするようにしています。
──仕事と育児との両立は、どのように工夫されていますか。
我が家の場合は、夫と2人で子育てをして、2人で働くというスタンスです。あくまでも平等で、お互いのスケジュールを調整して助け合うようにしています。仕事を頑張る原動力は家族です。だから、仕事のせいで家族が不幸せだったら意味がありません。「愛がすべて」なんて言葉にすると軽々しく感じますが、好きな人のためなら頑張れる。もちろん、人並みにケンカもしますが、すれ違いのままでは家事も育児も仕事もまわせなくなるので、すぐに話し合うようにしています。いまは一番子どもに手がかかる時期なので、大変なのは今だけと、目をつぶって日々を駆け抜けている、そんな感じです。
──母でもあるえぐちさんの活躍は後輩たちの希望にもなっているはずです。最後にメッセージをお願いします。
育児をしながら働く上での「理想的なひな型」はないと思っています。育児に協力できる親が近くにいるかいないかでも違いますし、仕事の内容やポジションによっても違います。夫が物理的に協力できない、という人だっているはずです。だから、誰かの成功例に自分を当てはめたりせず、トライ&エラーでカスタマイズしながら自分にとっての理想的な働き方をそれぞれがみつけていくことが大切だと思っています。素敵な母親かどうかは、社会ではなく家族が決めることですから。
そのためにも、自分は何をしているときが幸せで、何のために働いているのか。何がやりたくて、自分の持っている武器は何かなど、仕事でクライアントにアイデアを提案するときのように自分や家族についても定期的に考えるようにしています。それを夫婦で共有する。もちろん、子どもの成長や仕事内容などによっても、夢や目標は変わっていくはずです。私も今までがそうだったように、これからも変わり続けていくと思います。
電通 CDCクリエーティブオフィサーズルーム アートディレクター/アーティスト
アートディレクターとして働く傍ら、アーティストとして国内外で作品を発表。著書絵本『パンのおうさま』やフィギュアスケート髙橋大輔選手のフリープログラムの衣装を担当するなど、広告、アート、プロダクト、衣装など様々な分野で活動。主な仕事に、グローバルブランド「KOE」のブランディング、ベネッセ『こどもチャレンジbaby』教材玩具デザイン、ソフトバンク「PANTONE6」携帯端末GALAデザイン及びCMグラフィック、「TBS6チェン!」、日本とNYで開催された「ドコモダケアート展」、PARCO、Laforet、AKB48カレンダー、『優香グラビア&ボディー』装丁、CHARA、木村カエラ、RIP SLYME等のアートワークなど。イギリスD&AD金賞、スパイクスアジア金賞銀賞、グッドデザイン賞、キッズデザイン賞、アドフェスト、JAGDA新人賞、ひとつぼ展グランプリ、岡本太郎現代芸術大賞優秀賞、街の本屋が選んだ絵本大賞3位、他受賞多数。
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