自分を信じてくれた人のために全力でデザインする

  クリエイティブディレクターの水野学さんは、企業や商品のブランディングをはじめ、広告デザイン、キャンペーンのディレクションなど幅広く活躍中だ。さらに自身のブランド「THE」(ザ)も展開。近年は「くまモン」のキャラクターデザインを手がけたことでも知られる。クリエーティブに対する思いを語ってもらった。

思い通りに進まなかった新人時代
希望と勇気を与えてくれた仲間の活躍

――クリエーターを志したきっかけは。

水野 学氏 水野 学氏

 デザイナーになりたいと思ったことは、実は一度もないんです。子どもの頃から野球をやっていて、夢は甲子園に出ること。将来は、バイクのレーサーになりたいと思っていました。けれども、小学5年生の時に交通事故に遭い、長期間入院することになってしまったんです。退院してからも、これまでのように運動中心の生活には戻れず、必然的に家の中でプラモデルを作ったり絵を描いたりして過ごす時間が増えました。勉強も遅れて、美術しか楽しめる授業がなくなってしまいました。つまり、自分にできることを消去法で考えたとき、美術しか残らなかったんです。

 就職も思い通りにはいきませんでした。美大4年の就活で大手広告会社を受けたら不採用。最終的にはデザイン会社に就職したのですが、大学時代の仲間の中には、博報堂に入社して活躍している人もいました。そんな仲間を見て「悔しい」というよりは、「希望の星」だと思っていました。優秀な仲間と自分を比べたとき、確かに今の自分には何か至らない部分があるのだろうけど、それが埋められないほどの差ではないような気がしていたんです。優秀な仲間が身近に何人もいたことは、とても恵まれていたと思います。仲間たちから、たくさん勇気をもらいましたから。

――クリエーターとしての転機は。

 日々、転機の連続なので、一つに絞るのはとても難しいのですが、最初の転機はgood design companyを立ち上げた時です。独立する前は、宮田識さん率いるドラフトで働いていました。憧れの会社で働けて充実していたのですが、腰痛が悪化して長時間、椅子に座って作業することが難しくなってしまったんです。それが交通事故の後遺症であると、後からわかりました。

 独立しようと思ってドラフトを辞めたわけでもなく、今後はどうしようかと考えていた時、個人的にデザインの仕事を頼んでくれる方がいました。こんな自分に仕事を任せてくれたことに感動して、恩返しと思って全力でデザインを考えました。そして、そのデザインを見た人から新しい仕事を頼まれて……ということが繰り返されて今に至っているのです。仕事をするというよりは、「信じてくれた人を幸せにしたい」という気持ちが強いんです。昭和の恋愛のようですが(笑)、今もその気持ちは変わりません。

――創作する際に心がけていることは。

 「作る」と「選ぶ」、それぞれの作業を明確に分けています。デザインを作ることは、限りなく主観的な作業です。厳密に言えば、デザインを考える過程は「作って選んで」の繰り返しです。たくさんのアイデアを出しては選ぶ。それを、あえて明確に分けることで、客観的になる時間を確保しているんです。そしてアイデア、手描きラフ、PCによるラフ、カンプなど各段階に「終わり(締め切り)」を設けていて、最後の終わりは提出する時間。「締め切りが完成」というグラフィックデザイナーの仲條正義さんの言葉が座右の銘でもあります。

センスは超能力ではなく努力の蓄積で身に付く

――慶應義塾大学で特別招聘(しょうへい)准教授として教壇に立っています。美大生以外にもデザインを教える目的は。

   

 企業の利益を高めるためには、優れたデザインが必須です。ひいては、国益を高めることにも繋がるとも思っています。デザインは、世界では最先端の学問ですが、日本においてそうは思われていないのではないでしょうか。その上、デザインに必要なセンスは先天性のもので、超能力と同じようなもの、と捉えられている人も多いように思います。

 さらに、世の中で必要とされているデザインの数に対して、それを最適化できる人の量が圧倒的に少ないという現状があります。私にできることは最適化できる人材を多く育てること。慶應で教えることで、優れたクリエーターの絶対数を増やしていくことに貢献できればと思っています。私も、かつては「センスは先天性のもの」だと思っていましたが、今は「センスは知識の集積」によって身に付けられるものだと確信しています。

――センスが知識の集積であると気づいたきっかけは。

 最初に実感したのは、学生時代に美大予備校でデッサンの講師をやっていた時。例えば、「こういう影はFの鉛筆を使うといい」とか、「ガーゼでこするといい」とか、絵を描く技術の基礎であるデッサンのコツも知識の集積です。「デッサンが初めて」という生徒の中で、いち早く上達するのは、美術とは関係なく、基礎学力の高い生徒でした。それは、知識を理解して記憶する能力が高いからではないでしょうか。いろいろなものを見て自身に蓄積していくことで、いいものを選ぶセンスが身に付くのだと思っています。

※画像をクリックすると拡大して表示されます。
自分を信じてくれた人のために全力でデザインする くまモン (C)2010熊本県くまモン
自分を信じてくれた人のために全力でデザインする THE SHOP

――最後に若手デザイナーやクリエーターにメッセージをお願いします。

 今、世の中にはクリエイティブディレクターという肩書きの方は大勢います。けれども、社会が必要としている、例えば、スティーブ・ジョブズや松下幸之助さんのようなリーダー的存在のクリエーターの席はガラ空きです。企業をブランディングできる優秀なクリエーターの席の埋まり具合で、国の豊かさも変わると思っています。私たちを踏み台にして、世の中の役に立つクリエーターを目指してください。

水野 学(みずの・まなぶ)

good design company代表取締役社長/慶應義塾大学特別招聘准教授
クリエイティブディレクター

1972年東京生まれ。茅ヶ崎育ち。96年多摩美術大学グラフィックデザイン科卒。パブロプロダクション入社。ドラフトを経て、98年「good design company」設立。ブランドづくりの根本からロゴ、商品企画、パッケージ、インテリアデザイン、コンサルティングまで、トータルにディレクションを行う。主な仕事に、NTTドコモ「iD」、熊本県キャラクター「くまモン」、「中川政七商店」、VERY×ブリヂストンコラボ自転車「HYDEE.B」「HYDEE.Ⅱ」、「東京ミッドタウン」、台湾セブンイレブン「7-SELECT」、「多摩美術大学」、首都高事故削減プロジェクト「TOKYO SMART DRIVER」、「東京都現代美術館」サイン計画ほか。東京・丸の内の「KITTE」に、自ら企画運営するブランド「THE」の店舗、「THE SHOP」を展開。The One Show(Gold) 、CLIO Awards(Silver)、D&AD賞(Silver)、NY ADC賞(Bronze)、準朝日広告賞など受賞多数。著書に『グッドデザインカンパニーの仕事』(誠文堂新光社、08年)、『センスは知識からはじまる』(朝日新聞出版、2014年)など。