ブランドを訴求する気概 表現責任の半分は自分が背負う

 パナソニックに所属し、同社の企業広告のクリエーティブを手がける大澤悟郎さん。2月24日付の朝日新聞朝刊に掲載された全15段広告の制作の背景や創作活動などについて聞いた。

東京五輪の期待を高める 想像力をかきたてる企業広告

大澤悟郎氏 大澤悟郎氏

――2月24日に掲載された新聞広告の狙いを教えてください。

 パナソニックは、1988年カルガリー大会から日本で唯一のワールドワイドオリンピックパートナーとして機器の納入を通じて大会をサポートしています。2020年の東京五輪開催も決まった今年、当社のスポンサー契約も2024年まで延長することが決まりました。そのニュースを伝え、東京を、日本を元気にしたい、という企業メッセージを発信する目的で新聞広告を制作しました。

 これまでも、五輪が開催されるたびに記念広告を制作していました。例えば、バンクーバー大会が開催されたときは「いよいよ開幕、映像新時代のオリンピック」というキャッチコピーで、大会で使用される映像機器を紹介し、五輪のためにパナソニックも活躍していることを伝えています。今回は、ソチ五輪に加え、東京五輪の決定、そしてスポンサー契約延長と記念すべきことが重なりました。そこでソチ五輪の感動を東京五輪につなげたいと、閉会式翌日に掲載し、東京五輪に向けたメッセージを発信しようと考えました。

――表現をイラストにした理由は。

 「2020年の東京五輪を世界に誇れる大会にするのは、パナソニックだ」という未来への契約書のつもりで制作しました。まず、パナソニックがどんな貢献をしたら、世界に誇れる大会になるだろうかと考えました。例えば、飛行機や新幹線の座席にあるテーブルや街中の壁がモニターになっていて、移動しながらもリアルタイムで映像が楽しめるとか、巨大なスクリーンに等身大のアスリートが映し出され、その横を走ることができたら面白いかも……といった未来の世界をイメージしていきました。それをイラストで表現することで、広告を見た人にさらに想像してもらいたかったのです。

――あえて手書きのようなタッチでそのアイデアを表現していますね。

2014年2月24日付 朝刊 全15段 2014年2月24日付 朝刊 全15段

 かつての新聞は今ほど印刷技術が進歩していなかったせいか、写真も粗かったですよね。けれども当時の新聞広告を見返すと、今よりも魅力的なデザインの広告が多かったりします。表現できることが限られていたからこそ、作り手も必死に考えていたはずで、受け手も自分なりに想像力を働かせるからだと思います。テクノロジーの進化は素晴らしいことですが、それと引き換えに失ってしまったものもあるのかもしれません。

 今回の広告も、もしコンピューターグラフィックスで作り込んでいたら、「そういうものができるんだ」と知った気になってしまい、それ以上考える必要がなくなってしまう。それを避けたかったので、イラストでの表現にこだわりました。広告で見た絵をきっかけに自由に発想できるほうが楽しいし、6年後の東京五輪への期待がどんどん膨らむといいと思います。

――スタジアムをかたどったレイアウトも印象的です。

 まるでスタジアムで観戦しているようなリアリティーのある映像を、いつでもどこにいる人でも、いわば全世界の70億人に届けたいという思いを込めて、スタジアム型にレイアウトしました。パナソニックが今後取り組む内容を盛り込んだイラストですが、「契約書にサインをした」という事実もビジュアルから伝えたくて、スタジアム型にレイアウトした絵をA1サイズほどの紙に出力し、紙の質感がわかるように撮影したものを使用しています。

 このイラストには、社長がスポンサー契約のサインをした時、「大会をいいものにしよう」「開催地を盛り上げよう」「街や世界をワクワクするものに変えていこう」と、責任感とテンションが高まり、署名した手が止まらず、イメージしたことを描き、思いの一端を絵にしてしまったという空想上のストーリーがあります。イラストレーターのハマハウスさんに絵を依頼し、すべて万年筆で描いていただきました。手前に配置するものは太めに、奥に配置する絵は細めに描くなど、時間のない中、ハマハウスさんは細かいオーダーに応えていただきました。出来上がったものを拝見した瞬間は思わず自分がワクワクしてしまいましたね。

 制作を担当したクリエーターズグループMAC、カメラマンの藤原康利さん、レタッチのクリーチャー栗山さん、成美製版も含め、スタッフ全員がワクワクしながら作り上げたことまで伝わったらうれしいですね。

 

無料の情報がまん延する現代 新聞に対する信頼性は高まっている

――企業広告を手がける上で、心がけていることは。

 まず、個人の作品を作っているわけではありませんので、匿名性であること。それから当たり前のことですが、目立つだけではなく「伝わる表現」を常に意識しています。パナソニックの企業人格をまといながらも、「パナソニックがこんな風に見られてほしい」という一歩引いた目線を持って、物事を客観的に捉えるように意識しています。

 広告は「伝える人」から「見る人」への手紙。世の中に出るまでに多くの社内決裁を経ますが、そこで出る意見は社内の意見なので50%ぐらいの意識です。残りの半分は自分が伝えたい相手の立場に立って表現責任を負います。掲載された広告に広告株というものがあるなら、その半分を自分が所有している感覚ですかね。

大澤悟郎氏 大澤悟郎氏

――新聞広告も数多く手がけられています。

 パナソニックの広告の始まりは、創業者である松下幸之助自ら考案した「買って安心・使って徳用 ナショナルランプ」という、新聞に掲載した小型広告であると言われています。80年以上たった今も、当社の新聞広告に対する期待と信頼は変わっていません。メディアは多様化していますが、インターネットの正月広告をどうしようかという話にはならず、重要な企業広告は当たり前のように新聞を選んでいます。

 無料の情報がまん延している今、わざわざお金を出して家や会社に届けてもらう新聞への信頼は、これまで以上に高まっているようにも感じます。そんな購読者に向けた広告づくりは緊張しながらも、一番わくわくする仕事です。個人的には、印刷という定着感や表現できるスペースの大きさなど、新聞という物理的な魅力も感じています。 

――朝日広告賞へのエントリー作品も手がけられているそうですが、同賞をどのように捉えていますか。

 企業の元気度と広告制作者の表現力を計れる、歴史ある指標の一つだと思っています。審査員のジャンルが広く、広告業界で活躍されているベテランの方から一流の作家の方など表現活動をされている第一線の方々というのも魅力です。企業側の立場では、飲食店がミシュランの星を獲得するように、広告を通して社会との関わり方や元気度を評価されているような感覚に近いですね。制作者側の立場では、評価されるとこれまでの努力や悩みが自信に変わります。制作者が自身の経歴で「朝日広告賞受賞」と書く方が多いのも、信頼性が高いことの表れだと思います。

――最後に広告業界を目指す人や若手クリエーターにアドバイスをお願いします。

 今はいろいろなメディアがあり、情報が絶えず入ってくる状況です。その中で、信頼できるメディアや情報を「選ぶ目」を持つことが必要なんじゃないでしょうか。そのためにも、自分はどういうことが好きで今の自分には何か足りないか、自分はどういう人間かを知ること。例えば、海外旅行で行き先の国のことは事細かに調べるのに、いざ外国で日本の文化や社会情勢について尋ねられると答えられなかったりする。それは、伝えたい相手のことを考えながらの作業が主な広告制作の現場でも重なる部分があります。僕自身、企業に所属しながら広告を作っていると、自社のことしか見えなくなってくることが時々あります。だから、相手のことも、企業人格をまとった自分のことも、さらには素の自分のことも日々考えるように意識しています。

Panasonic「ネイマールグッズ」(扇子、ボールペン、クリアファイル、ポスター/販促用)

「ネイマールグッズ」 「ネイマールグッズ」

 パナソニックは2010年から、ブラジル代表でスペインの名門サッカーチーム、バルセロナに所属しているネイマール選手(※注)とグローバルキャラクター契約をしています。6月のW杯ブラジル大会、16年のリオ五輪に向けて、販促用のグッズをデザインしました。どこかで見かけたら、「パナソニックってネイマールと契約しているんだってね」と、みんなに広めてください。そしてネイマールを見たらパナソニックを思い出して下さい。

(※注)本名はネイマール・ダ・シウバ・サントス・ジュニオール

大澤悟郎(おおさわ・ごろう)

パナソニック 宣伝・スポンサーシップグループ クリエイティブ推進室

1975年東京生まれ。99年多摩美術大学グラフィックデザイン専攻卒。松下電器(現パナソニック)入社。ウェブコンテンツ制作、パソコンや携帯電話などの商品広告、業務用カメラや電子部品などのB to B宣伝担当を経て、水戸黄門やハンチョウなど提供番組のポスターや、企業カレンダー、五輪広告などの企業広告やブランドコミュニケーションのクリエイティブディレクションを担当。朝日広告賞特別賞、広告電通賞、新聞広告賞、消費者のためになった広告コンクールなど受賞(全て松下電器、パナソニックとして受賞)。JAGDA会員。