見る人の心に届くプロの表現力 迫力の「日章丸」で話題に

 今年5月9日付朝刊に掲載された出光興産の企業広告。荒波を突き進むタンカー船「日章丸」のイラストを手掛けたのはイラストレーターの天神英貴さん。その迫力あるイラストの制作の裏話や、創作活動についての思いを聞いた。

架空のアングルからタンカーをリアリスティックに描く

天神英貴氏 天神英貴氏

――白い波しぶきをあげて突き進む、タンカー「日章丸」のダイナミックなイラストがとても印象的でした。

 日章丸は実在するタンカーですが、荒波を突き進む様子を記録した写真や映像は存在しないので、多くの部分は想像しながら描く必要がありました。私は、ガンダムやマクロスなどプラモデルのボックスアート(箱絵)の仕事を数多く手掛けているので、架空の世界をリアリスティックに表現することは得意分野。だから「絵でなければできない、力強い表現でタンカーを描いてほしい」という依頼にもいつも通りに応えることができました。ただし、タンカーを描くのは初めてのことでしたが(笑)。

 タンカーの構造や特性をできるだけ知っておきたかったので、タンカーの技術者の方に会って、図面を見ながら、「各所のパイプの機能は」「甲板の傾斜の角度について」「原油を積載した時の沈み具合は」などをリサーチさせていただき、イメージを膨らませていきました。

――架空の世界をリアルに描く上で工夫していることは?

 目指したのは、リアル以上にリアリズム。このイラストは現用の日章丸とはディテールや全体的な形状が違いますが、これが日章丸だと感じられることが大事なことです。とくにこだわるのは背景です。スケール感や場所を重視し、波の色や形、しぶきのサイズなど、丁寧に見極めながら描いています。どんなにタンカーをリアルに描いても、背景の描き方次第では、逆にうそっぽくなってしまいます。背景次第では、宇宙船に見せることも、地上の建築物に見せることもできます。タンカーが軍艦に見えないように、船底部分の赤色の見せ方や、日章丸という船名の配置などを工夫しています。

2013年5月9日 朝刊 2013年5月9日 朝刊

――掲載当日、ツイッターやフェイスブックなどでも話題になりました。

 「迫力があって、いい写真ですね」といったつぶやきも多く見かけて、描き手としてはちょっと複雑な心境でもありました(笑)。新聞の用紙の影響で、イラストがより写真のように見えたのだと思います。コンピューターグラフィックス(CG)全盛の時代に写実的なイラストレーションで表現してほしい、という依頼はとても珍しく、貴重な経験でもありました。船の後方には出光のロゴが入ったタワーブリッジがあります。それをあえて入れない構図は、デザイナーからの指示通り。ほとんどトリミングもせずに使っていただき、絵描き仲間からも「いい絵だった」と好評をいただきました。

「ガンプラ」が買えない悔しさで箱絵の世界へ

――普段、手掛けている「ボックスアート」の仕事について教えてください。

 ボックスアートとは、プラモデルの箱絵のことです。プラモデルの見本となる本体はもちろん、その世界観を表現するために本体だけでなく背景も描きます。例えば、怪獣のプラモデルなら、壊された街並みなど、その背景をリアルに描くことで、世界観をより際立たせることができるのです。ボックスアートの世界では、背景を見れば誰が描いたかわかります。それほど描き手の個性が背景に出る部分でもあります

 私が小学生の頃、ガンダムのプラモデル、通称「ガンプラ」がブームで、あまりの人気で私のような都会から離れたところに住む子どもには手に入りにくい状況でした。そのときの悔しい気持ちは今もはっきり覚えていて、それがボックスアートを描く原動力にもなっているんです。もし、当時、何の苦労もなくガンプラを買うことができたら、ボックスアートを描く仕事をすることはなかったかもしれません。(笑)

――創作に使用しているソフトウエアは?

 PCはアップルの「マック」で、アプリケーションはアドビシステムズの「フォトショップ」を使っています。もともと3Dアプリケーションで作品作りをしていた時代もありましたが、修正の手間を考えると、最初からフォトショップでゼロから描くほうが早いことに気付きました。フォトショップで絵を描くメリットは、何度も描き直しができて、色も自由に変えられること。また、絵の具のように乾かす必要もないので、迅速な進行が可能です。非常に便利なツールが私の世代で手に入ったことはラッキーだったと思います。

 その一方で、二度と描けないような芸術的な絵にはなりにくいという側面もあります。絵画業界を振り返ってみれば、水彩絵の具、ポスターカラー、ガッシュなど、新しい画材が出るたび、表現の変化があったのも事実。そう考えると、コンピューターも画材の一つという考え方もできると思います。画材が何であれ、表現する人の側の問題でもあることも自明ですよね。グラフィックソフトが進歩したとしても、本来プロに求められるのは、見る人の心に届く表現力の強さだと思います。

――今後の活動について。

 CG全盛の時代に、リアリスティックな表現で出光の企業広告に携われたことも本当に光栄なことでした。PCを使った表現ではありますが、手描きの絵にまだパワーがあることも証明できたと思います。これからも、絵でなければできない表現を探究し、機会があれば広告制作にも携わっていきたいと思っています。

ペンタブレットの「ペン」と「低反発マット」

ペンと低反発マット ペンと低反発マット

「右手はペン、左手はキーボードでフォトショップのツールを切り替えるというのが、絵を描くときのスタイル。低反発マットは、左腕を支えるひじ当てとして使っています」(天神氏)

天神英貴(てんじん・ひでたか)

イラストレーター

兵庫県生まれ。ハセガワの「マクロス」シリーズ、バンダイのガンダムをはじめ、「マスター・グレード」シリーズのボックスアートを描く。アニメ「マクロスゼロ」、「マクロスF」「創聖のアクエリオン」のメカニックアートなど、アニメーションの分野でも活躍。CG による表現でありながらもブラシ感を意識的に表現することで画面に物語性を導入、精密かつリアリティーあるメカニック描写と合わせて独自の世界観を打ち立てている。イラストレーター業以外にも、ナレーター、メカニカルデザイナー、イメージボードアーティストとしても活動中。著書に『天神英貴WORKS』アスキーメディアワークス/2010年)、『VALKYRIES』(光文社/2005年)、『VALKYRIES Second Sortie』(光文社/2011年)。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、天神英貴さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.39(2013年10月8日付夕刊 東京本社版)