大塚製薬の「ポカリスエット イオンウォーター」の広告を手がけた電通のコピーライターの木村亜希さん。制作の過程やコピーをつくる上で大切にしていること、広告に対する思いなどを聞いた。
新聞でわかりやすくしっかり伝え 反響は一年分
――「ポカリスエット イオンウォーター」の告知で新聞を使った経緯は。
イオンウォーターは、水よりも素早く、体に水分と電解質(イオン)を届けるというポカリスエットの機能性はそのままに、味やカロリーを刷新した新製品です。4月8日の発売に合わせて、メーンビジュアルに深田恭子さんを起用したキャンペーンが始まりました。彼女と製品だけが登場する内容で、オリジナルのポカリスエットとの関係や違いについては、具体的に触れていません。テレビCMやポスターに情報を詰め込むより、活字メディアできちんと伝えていくのがいいと考え、新聞広告を提案しました。ですから、ポスターのビジュアルをそのまま新聞に掲載するのではなく、伝えるべきことをわかりやすく伝えることに特化したビジュアルとコピーになっています。
――2つのポカリスエットが会話をしているコピーが印象的です。
このキャンペーンのためのクリエーティブチームとして、秋山晶さんや三浦武彦さんといった、これまでポカリスエットの広告を手がけてきたクリエーターも参加し、POCARI SWEAT ION WATER SPECIAL TEAMが結成されました。秋山さんからは、「新聞広告は、読みやすくするために面白くしたほうがいい。たとえば、1コマ漫画のような見せ方はどうか」と提案がありました。それをヒントに、セリフをシナリオのように見せるレイアウトを考えました。まるでポカリスエットとポカリスエット イオンウォーターが舞台の上に立ってスポットライトを浴びながら話しているようなビジュアルで、文字の分量も多すぎず、コンテンツとして楽しめるような設計になっています。新聞広告が掲載された後、大塚製薬のお客様相談室には、1カ月で通常の1年分くらいのお問い合わせがあったそうです。
――新処方という表現については。
ポカリスエットが登場した1980年代は缶の緑茶やウーロン茶がようやく出てきた頃。ジュースのような甘い飲みものが主流だったため、今では「甘い」と言われるポカリスエットの味も、当時は「薄い」と苦情があったそうです。一方、ポカリスエット イオンウォーターは、今の人たちの味覚に合わせた軽やかな甘さで、水やお茶の代わりとしても選んでもらえる飲料として開発されたという経緯もあります。そこで、新発売という言葉の代わりに「新処方」という表現を使いました。「新設計」と同じ意味合いです。
ポカリスエット イオンウォーター シナリオ篇
CD:秋山晶、三浦武彦/CD&C:磯島拓矢/CD&AD:田中元
C:木村亜希/AD:八木彩/D:高野裕徳、荒なつき/PH:新津保建秀
CP:清水敦之/AE:北原整、山本初直、福地秀基、塩見拓也
趣味の落語で培った話し言葉 コピーにもついオチを
――コピーはどのように考えていますか?
私の場合は、クライアントのオリエンを聞いている時に思いつくことが多いです。もちろん、オリエンの後、何度も打ち合わせを重ねて考えることもあります。広告制作は、正解があってないようなものなので、楽しいと言えば楽しいですし、苦しいと言えば苦しい(笑)。
――コピーを作る上で、こだわっていることは。
新聞やポスターのコピーは、基本的に黙読されるものですが、常に頭の中で音読しながら書いています。読みやすさのために漢字ばかりとか、カタカナばかりにならないように気をつけることを含め、耳で聞いてわからないような言葉は使わず、話し言葉で書き上げることが多いですね。それは、子どもの頃から落語が好きで、カセットテープで何度も何度も聞いていた影響だと思っています。落語は両親が好きだったので、最初は意味もわからず聞いていたのですが、そのうち自分一人でも聞くようになっていました。就寝時はいつも落語を聞いていましたね。学生時代も放送部に所属しており、その頃から話し言葉で書くことは、私にとって自然なことでした。文章の最後にオチをつけたくなるのも落語を聞いて育った影響でしょうか(笑)。この新聞広告の最後にもオチがあり、新シリーズとして始まったCMにもオチがあるんですよ。
――コピーライターという職業に就いたきっかけは。
大学2年のとき、「書くための技術」という授業で、シナリオライターや小説家が講師として来ていた中に、当時電通のクリエーターだった佐藤雅彦さんが登場しました。そのとき、広告を作る仕事を初めて知り、関心を持つようになったんです。
新聞広告は企業の「ごあいさつ」
――新聞広告について。
新聞広告は、広告主の「ごあいさつ」ですね。企業の元気さをアピールしたり思い出してもらえたりする効果があると思います。メディアが多様化している時代ではありますが、今でも新聞広告の仕事をしたと言うと、恩師や親戚が喜んでくれたりする。信頼性と浸透力の強さも感じます。また、新聞を購読している人は、記事も広告もしっかり読んでいるという印象もあります。
ポカリスエット イオンウォーターにはラベルにスマートフォンをかざすと、製品や広告に関するスペシャル映像が見られる「ION WATER AR」というアプリがあります。例えば、そういうAR(拡張現実)機能と新聞を組み合わせるなど、新聞を活用した新しい情報発信の方法もあるはずだと思っています。
――今後について。
広告に元気がないと言われますが、広告業界が元気に見えるような仕事ができたらと思っています。情報過多の時代なので何を言っても驚きがない。でも、短期的に流行(はや)る言葉やフレーズって必ずありますよね。「いつやるか?今でしょ!」というフレーズや、NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で使われている「じぇじぇ」という言葉もその一つ。「みんなが見ている番組なんて、もうない」などと言われていますが、実はみんな共通の話題で盛り上がりたいという欲求があるような気がしています。言葉の力はまだまだあると思います。
木村さんの原点は「落語」
小学生の頃に買ってもらった「~これが志ん生だ~古今亭志ん生名演大全集」(木箱の中段に入っているのは「NHK落語名人選」)。「カセットテープがすり切れるほど、何度も聞いていました。聞きながら寝てしまっても、A面が終わった「・・・ガチャッ」という音で目を覚まして、B面もまた聞くという(笑)」(木村さん)
電通 コピーライター
1978年東京生まれ。東京大学歴史文化学科卒業。I&S BBDOを経て05年に電通へ。東京コピーライターズクラブ会員。
大塚製薬、フジドリームエアラインズ、九州通信ネットワーク(スローガン「きらきら、つながる。」)、日本ユニセフ協会(世界手洗いの日キャンペーン)などを担当。
TCC賞、朝日広告賞入選、日経広告賞、読売広告大賞、カンヌ国際広告祭金賞、ロンドン・インターナショナル・アワーズ金賞、Yahoo! クリエイティブアワード金賞など受賞多数。
近著(共著)に「恋愛のアーキテクチャ(青弓社)」。blog「コピーライターHR(ホームルーム)」
http://blog.livedoor.jp/aqwriter007
※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、木村亜希さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)