気鋭の才能による写真とコピーが、ルミネの世界観を描き出す

 ファッションビルのルミネのシーズンビジュアルを手がける蜷川実花さんと尾形真理子さん。毎回、独特なコピーと意思のある写真で構成される、その制作過程や広告への思いなどを聞いた。

お互いの感覚のチューニングが合っているんです。(蜷川)

蜷川実花氏 蜷川実花氏

――ルミネの広告は、どのような手順で制作されているのでしょうか。

尾形真理子さん(以下、尾形):ざっくりと1年間の方向性を決めて、それを踏まえつつ、毎回どのようなビジュアルにしようか話して決めていきます。2月末に掲載した桜の背景の写真だったら「日本」や「モード」とか、どういう方向性でいきましょうかという話をしたんですよね。

蜷川実花さん(以下、蜷川):尾形さんから「桜でやる?」というひと言があったんです。それを形にしていったんだよね。打ち合わせは、かなりサッパリしていますよ。「わかった、じゃあ考えとくね」という感じで終わる。

尾形:どういうメッセージにしていくとか、見た人がどういう気持ちになるようにしていくとか、そういう部分は私の受け持ち。桜についても、震災から1年というタイミングだったこともあり、「エモーショナルな春のモチーフがいいかもしれない」と思いました。蜷川さんはそんな私のひと言から、ぐんと新しい方向へ広げてくれるのが面白い。

2012年2月24日付 朝刊 ルミネ 2012年2月24日付 朝刊
2012年4月1日付 朝刊 ルミネ 2012年4月1日付 朝刊

――多くを語らずもイメージが共有できるのは、息が合っているからこそ。決して簡単なことではないと思います。

蜷川:言葉にしづらいんですけど、「このくらいのモード感で」とか、「今年のルミネはこの辺だよね」といった、お互いの感覚のチューニングが合っているんです。それを言語化するのは難しい。女性同士だからというだけではないんですけど、さじ加減がわかり合える。

尾形:時間を追うごとにシンクロ度合いが上がっているんだと思います。私はもともと蜷川さんの写真が好きだったし、彼女と仕事ができるのは、私にとってとてもうれしいことでした。蜷川実花が作る世界観で何ができるだろうと試行錯誤して、2007年から今年で5年目です。蜷川さんとは波長が合いやすかった。

蜷川:尾形さんには色々なことが話せて、仕事をしているうちに親しくなって、家に呼んで一緒にごはん食べたりしているんです。

尾形:広告という匿名の仕事をする私が、これだけ有名な蜷川さんとやるというので、最初はすごくビビっていたんですけどね。

蜷川:ぜんぜん、ビビってるように見えなかった(笑)。

尾形:開き直っていたんですよ。そもそも、蜷川実花の写真に言葉を置くって、写真を汚すことになると思っていました。蜷川さんの写真は若い女の子たちに支持されていて、写真だけで十分メッセージがあって、本当はスタイリングされた女の子が写った蜷川さんの写真と企業のロゴが入るだけで、ある意味広告として成立すると思います。それだけで伝わるのに、あえて言葉を載せていくわけです。言葉があって意味があることじゃないと、ただじゃまなものになってしまうという怖さはありました。
交通広告としても展開しているものなので、写真に遠慮してコピーを小さい文字で入れても駅のホームからは誰も読めません。だから、正面勝負で大きく・・・。でも、言葉について蜷川さんから何か言われたことは一度もないですね。

蜷川:毎回、楽しみにしていますからね。「今回はマイナス思考の、湿っぽいの来たー」って(笑)。事務所の女の子たちも身もだえして、「これ好きです」って声揃えて言ってますよ。尾形さんのコピー、心に残りますよね。

ターゲットの心にどういうものが刺さるのかを考えています。(尾形)

尾形真理子氏 尾形真理子氏

――コピーはどの段階で考えるのですか?

尾形:蜷川さんとビジュアルの話をしているとき、漠然と方向性のイメージがありますが、具体的には写真が上がってから考えます。そのときの時代性を踏まえ、ルミネのターゲットとなる人たちに、どういうアプローチが心に刺さるのかを毎回考えています。コピーはどんなフォントにするかでも印象が大きく変わる。デザインとの掛け合わせで、最終的な定着を決めていきます。有楽町のルミネができて、ファッションビルとしてクラスアップしたタイミングに合わせて、女の子が自分の意思を発信するようなメッセージにしています。

――新聞広告には散文のようなボディーコピーも入っています。

尾形:ポスターとは違って新聞は手にとって読まれる物。メッセージや世界観をより深く伝える工夫として、新聞広告のために書いています。

――全15段全体に写真が使われており、めくった瞬間のインパクトも強いですね。

蜷川:自分の撮った写真がページ全体に使われるのは、とてもうれしいです。毎回、完成したものを見ると歓声を上げるくらい、華やかでいいですね。親からも「今日、新聞に出てるね」って言われたりする。幸せな仕事です。

尾形:最初のインパクトはとても大事。ただ、読者がそれだけで受け止めてくれるだろうと期待するのは、広告制作者としてちょっと甘えていると思っています。新聞広告を作ることは個人的にもとても好きです。作り手としても読み手としても、楽しませる広告が増えたらいいなって思います。もっと受け手にとって何か新しい体験やメッセージだったりすると、新聞がもっとワクワクさせられるものになる気がする。実際、そういった広告を作るのは簡単なことではないけれど、毎回挑戦しています。

――撮影現場はどんな雰囲気なんですか?

蜷川:私、しゃべらないんですよ。このまんま。

尾形:カメラマンはいろいろなタイプがいますよね。蜷川さんはびっくりするくらいスッとカメラを構えに入ってきて、サッと終わる。

蜷川:自我が目覚める前に終わるって、よく言われます。「じゃあ撮りまーす、撮って、はい終わりまーす」って終わる。

尾形:自然体ですよね。

蜷川:ポーズとして現場を盛り上げるために言葉をかけるとか、全くしないですね。でも、モデルは圧倒的に肯定されている感はあると思うんです。奇麗だなとか、すてきだなとか全肯定しながら撮っていますから。たまにボソッと「すごい奇麗だね」とか言うけど、普段話している感じのままじゃない?

尾形:独り言みたいな感じですよね。

蜷川:そうね、たぶん、本当に素なんです。

ルミネの広告だから写し出せる世界観を大事にしています。(蜷川)
「刺激」と「励まし」を伝えたい。(尾形)

蜷川実花氏(右)・尾形真理子氏(左)

蜷川実花氏(右)・尾形真理子氏(左)

――ルミネの広告撮影で大事にしていることは。

蜷川:ルミネの撮影の場合は、全体の世界観を大事にしています。ファッションシューティングだったら服に集中するし、ポートレートだったら人に寄っていく。モデルさんに寄りすぎず、服にも寄りすぎず。それが、それぞれの仕事との大きな違い。広告だからというよりは、ルミネの仕事の場合はそうですね。

――お二人が思い描くルミネとは?

尾形:今のシリーズを言葉にするならば、「刺激」と「励まし」です。想定するターゲットは、自分のセンスに確固たる自信のある人というよりは、少し迷いながら、自分に似合う物、好きになれる物を探している人。そんな人たちに蜷川さんの写真で刺激を与え、それに反応している自分の心は間違っていないという励ましを言葉で伝えていく。その2つをセットにして表現しています。刺激だけでも励ましだけでもない、その両方があるのがルミネらしさだと思っています。

蜷川:ルミネがターゲットとする人たちの半歩から一歩先くらいを行く感じですね。私が本当にやりたいことをやるとなったら、もっと派手にしてしまうと思います。「尾形さんと一緒に作るルミネの広告」という大前提があるからこそ、写し出せる世界があるんです。自分の手持ちのカードだけじゃないことをやっていくけど、自由度が高い仕事。だから、すごく面白いし、私も刺激をもらっています。

2012年5月1日付 朝刊 ルミネ 2012年5月1日付 朝刊
2012年6月1日付 朝刊 ルミネ 2012年6月1日付 朝刊

――5月に掲載された空を背景とした写真も、とても印象的でした。

蜷川:それも尾形さんのアイデアなんですけど、発せられるひと言に説得力があるから、やってみようかなって思える。本当はもっと要素を足していきたい気持ちもあるけれど、尾形さんを信じて撮影することで、到達できるところがあると思っています。

尾形:少し前だったら「空しか写らないよ、尾形さん」って言われたと思う。だけど、今だったら撮ったことがなさそうなビジュアルにチャレンジできるはずって思いましたね。

蜷川:普段は「お花や金魚で」とか言われるのに、「空だけで」って。「よっしゃ、やってみよう」と思う。そういうの燃えるんです(笑)。

尾形:蜷川さんが撮る「空」というのは、ただの「空」ではなくて、蜷川さんが見た「空」になる。それがルミネの広告になったとき、どんな風に心を揺さぶる空になるのか、ある程度同じライン上に並んでイメージできるようになったし、頼めるようにもなった。ストイックに「空」だけで撮ってもらいたかったんです。蜷川実花の見た空を。

蜷川:私、完全に手のひらの上に乗ってますよね(笑)。尾形さんとの仕事は、すごく安心感があるから、挑戦的なことができる。

尾形:私は毎回、ヒヤヒヤですけどね。コピーはどうするんだって(笑)。

お気に入りの一品

コンタックスのカメラ コンタックスのカメラ

蜷川実花さん
コンタックスのカメラ

大学生のときから現在まで、オリジナル作品はコンタックスで撮影しています。これは何台かあるうちの1台で、フィルム用のカメラ。手になじんでいて、体の一部のような存在です。

 
 
ぺんてるグラフ1000 ぺんてるグラフ1000

尾形真理子さん
製図用シャープペンシル

コピーを書くときは、たいていこのシャーペンを使っています。芯は0.9で2Bを使っています。手もとにあるコピー用紙やノートなど、紙については特に決めていません。

蜷川実花(にながわ・みか)

フォトグラファー・映画監督

木村伊兵衛写真賞ほか数々受賞。映像作品も多く手がける。 2007年、映画『さくらん』監督。個展「蜷川実花展―地上の花、天上の色―」は東京、岩手、鹿児島、兵庫、高知の美術館を巡回。東京、鹿児島では最多動員記録を更新し、合計約18万人を動員。10年、Rizzoli N.Y.から写真集「MIKA NINAGAWA」を出版、世界各国で話題となっている。
蜷川実花監督映画『ヘルタースケルター』7月14日(土)全国ロードショー(原作:岡崎京子/主演:沢尻エリカ)  

尾形真理子(おがた・まりこ)

博報堂クリエイティブデザインセンター 制作ディレクター/コピーライター

2001年博報堂入社。おもな仕事に、LUMINE、資生堂、東京海上日動あんしん生命、日産自動車、Ne-net、Tiffany&Co.など。03年、朝日広告賞グランプリ。東京コピーライターズクラブ会員。繊細な視点と大胆な発想から生まれるコピーワークに共感するファンも多い。『試着室で思い出したら、本気の恋だと思う』(ベストセラーズ刊)で小説デビュー。

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、蜷川実花さん、尾形真理子さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.33(2012年6月11日付夕刊 東京本社版)