湧き上がる気持ちを、そのまま広告へと落とし込む

 3月11日に掲載された江崎グリコの企業広告は、グリコワゴンの活動と「みんなに笑顔を届けたい。」というグリコのメッセージを伝えるために書いた等身大のコピーが話題となった。コピーを手がけた大宮エリーさんに、広告の制作過程、コピーを書く上でこだわったこと、また新聞広告の可能性などについて聞いた。

元気がないときに、ホッとできるメッセージを

大宮エリー氏 大宮エリー氏

――新聞広告を手がける以前に、テレビCMも企画から携わっています。そのきっかけなどを教えてください。

 3月11日の震災の後、「少しでもみんなを元気づけられるような広告を作りたい」と声をかけていただきました。グリコさんのそのとても純粋な気持ちが素晴らしいなと感動したのを、今でも覚えています。こういう気持ちを広告に携わる者として忘れてはいけない、だから是非やらせていただきたいと真摯(しんし)に思いました。最初はグリコワゴン(※)の活動を伝えるような広告ができないかというお話でした。グリコワゴンは素晴らしい活動ですが、だからこそ、ただそれをそのまま伝えたり、またタイミング次第では、うまく伝わらない可能性がある。だから、もし広告にするとしても、時期や媒体は慎重に考えたほうがいいかもしれないと思いました。

 じゃあ、どうするか。私自身、その当時は元気がなくなっていました。どうしたらいいんだろうと。自分に何ができるんだろうと。無力感にふさぎこんでいた私でしたが、ふと、そんな中でもポッキーなどのお菓子を食べると心が少しだけ晴れて助けられていることに気づきました。元気がないとき甘いものを食べると、なんだか癒やされたり、甘やかされたような気持ちというか、幼いころの気持ちに戻れたりしてホッとするんです。元気のない人に「元気を出して」っていうんじゃなくて、「そういうときは甘いものでも食べて、ひと休みしよう」と言ってあげるようなメッセージを伝える広告がいいと考えました。

※グリコワゴン:「日本中においしさと健康、そしてワクワクする笑顔をお届けしたい」という思いから、2010年12月からお菓子を積んで日本列島を縦断する活動として出発。2カ月半で47都道府県を巡った。その後、2011年5月からは東北地方を中心に訪問している。

――お菓子と音楽の力を結びつけたCMはとても印象的でした。

 笑顔を届けたい、というメッセージを伝えるため、本当の笑顔を撮る、ということを主題に考えました。やらせじゃなく自然の笑顔。それで、キャンプファイアじゃないけど人が集って歌う、そこにゲーム性を持たせてみんなが思わず間違えたり、みんなのリアクションで笑っちゃう、そんな場をつくるアイデアを考えました。演出も、できるだけみんながリアルに楽しいように。「え?撮影だったの?」みたいな。実際みんな、アー楽しかったって言って帰っていきました。お菓子が持つ、人を笑顔にする力をそのまま表現できたかな、と思います。

 みんなが集い、お菓子を食べ、歌い、笑う。普段から仲良くさせてもらっているミュージシャンを中心にお願いしました。ジャンルの違ういろいろなタイプの人が、ひとつの輪になって一堂に会するように意識してキャスティングしました。そうすることで、異なる価値観はそのままに、それぞれ認め合って心ひとつに笑い合うことを表現しようと考えたのです。

 オールナイトニッポンのパーソナリティーをやらせていただいていた時期とも重なっていたので、『ドレミの歌』『ピクニック』という選曲のアイデアが出てきました。というのも、震災直後の放送で「怖くて眠れない子どものための放送にして」と東北の方に言われて、誰でも知っているような子供向けの曲ばかりかけたのですが、大人からも番組中に「癒やされた」とか「ホッとした」という反響をメール、ファクス、ツイッターでいただいたんです。音楽が持つ力をあらためて実感しました。

――自然な笑顔を撮るためにどんな工夫をしていますか?

 「やらせ」がないことですよね。歌う順番だけ決めて、あとはアドリブにしたんです。『ピクニック』の歌の中で動物を指名する箇所も、「自分でその場で動物を考えて下さい」って。だから、どんな動物の鳴きまねが自分に回ってくるか、わからない。つまり、ここで人と人とのセッションが巻き起こる。自然な笑いが起こるんです。みんなのリアルなハラハラドキドキしている顔も撮れました。

――それは難しいって言われなかったですか?

 言われましたよ!でも、だから飽きないかな、と(笑)。ヤンバルクイナ!なんて動物も出てきたりして、当てられた人は困惑して、爆笑の渦になったり、計算通りになりました(笑)。

 その後、震災から1年の今年3月11日に、ついにグリコワゴンの活動がメーンの新聞広告を、企業広告として出稿しようという運びになりました。このグリコさんの決断はものすごいことだと思います。とても勇気がある清々しい決断だなと、一個人として感動しました。

2012年3月11日付 朝刊 江崎グリコ

2012年3月11日付 朝刊

リアルに実感した、広告への大きな反響

――コピーはどのように考えたのですか?

 震災後、自分には何ができるんだろうかと考えました。そのとき感じていたことを、グリコさんという会社をイメージしながら書いたんです。最初、出来上がったコピーを見せたら、「いい文章だとは思うけど、企業広告のメッセージとしてはどうなのか」という意見もありました。プライベートな印象が強いコピーではありますが、どうしても硬い文章にはしたくなかったんです。あくまでも消費者の目線で、まるでグリコワゴンが話している絵本のような語り口にしたくて。最終的には理解してくださって、ほぼそのまま採用となりました。それって、本当にすごいことで、クリエーティブな企業だなと思います。

――ツイッターなどでも話題となりましたね。

 びっくりしました。広告を見たくて新聞を買いにいく人もいたし、広告を額にいれて飾った写真をアップしている人もいました。「励まされた」とか「元気になった」とか、「がんばる」といったポジティブな反響も、ツイッターを通じてたくさん届きました。もちろん、制作しているときは受け手をイメージしながら作っていますが、ここまで一般の方々の反響をリアルに実感したことはありませんでした。広告の作り手として素直に感動したし、逆に励まされましたし、グリコさんがこの仕事をやらせてくださったことに感謝しています。

 今回あらためて、メッセージ広告の面白さや可能性について考えるきっかけになりました。もっと面白いことができる予感もしています。実際、ツイッターで拡散されたことで、新聞から遠ざかっていた方々にとっては新聞の面白さや魅力を再発見した人もいたはず。新聞広告は「新聞の広告」にもなり得ることに気づくことができました。

大宮エリー氏 大宮エリー氏

――個展「思いを伝えるということ」展の時期とも重なっていました。

 新聞広告と個展の制作時期が重なっていて、どちらも「時間がない!」という切羽詰まった状況で、一気に書きました。普段からノートに書き留めたりしないんです。日常で感じていることを、締め切りに思い出して書く感じです。そうそう、私、そんな風に考えてた、とかね。あらためて気づくような。

 個展のテーマにもなった「思いを伝える」ことについて、震災の後に考える機会が何度かあったんです。雑誌の企画もコミュニケーションをテーマにしたものが多かったですね。私自身、コミュニケーションは苦手なんですよ。だけど、思いを伝えなくちゃいけないとは思っているから、毎回、勇気を振り絞って伝えています。だけどね、いつも思うことは「うまく言えなくてもいい」ということ。ありがとうという気持ちなら、饒舌(じょうぜつ)ではなくても「ありがとう」という言葉だけでも何度か心を込めて言えば、伝わるんじゃないかと思うんです。そういった会話の中から、個展も「思いを伝えるということ」展に決まりました。

――広告制作をはじめ個展を開催したり、現在はテレビドラマの脚本も書いていたり。幅広い分野で活躍していますね。

 「本当は何している人なんですか」って聞かれることが多いです。恥ずかしいですけど。もともと広告会社出身なので、広告の仕事はコンスタントにやっているんですが、積極的に営業しているわけでもなかったりするので、看板の出ていない何屋かわからない店のような感じですね。迷い込んできた人が、「広告はやってますか」とか、「脚本とか書けますか」って恐る恐る尋ねてくれる。時々、ライブの演出やれますか、などという無茶ぶりもあるのですが、そういうことに感謝しながら応えることで成長させてもらったと思っています。

――新聞広告のコピーにあった「つらいときは つらいって言おう/励ましてほしいときは 励ましてって言おう/そばにいて欲しいときは お願いだからそばにいって言おう」という部分に対する反響はとても大きかったと聞きました。最後に質問です。大宮さん自身、つらいときつらいって言えていますか?

 言えていないですね。私はできないけど、みんなは言ったほうがいいと思う。もちろん、私も言えたらいいって思っていますけどね。言えそうだけど、言えない。
たしかに、考えてみたら言えていないですね。

仕事はすべてこれ1台。MacBook Air 11インチ

MacBook Air 11インチ MacBook Air 11インチ

メールチェックからスケジュール管理、企画書や原稿制作など、すべてこのMacで行っています。カフェで仕事をするときは、ある程度スケジュールも気持ちも余裕があるとき。切羽詰まっているときは家に引きこもって書いています。

大宮エリー

演出家・脚本家・作家・CMプランナー

1975年、大阪府生まれ、東京大学薬学部卒業。電通を経て、2006年フリーに。初監督作品「海でのはなし。」(主演:宮﨑あおい、西島秀俊)は、公開5カ月のヒットを記録。これを機に、映画監督としての活動を開始する。またCMディレクター、CMプランナーとして数多くのテレビCM、広告キャンペーンを手がけている。映像作家としても活動しており、スピッツ、山崎まさよし、ケツメイシ、BoAなどのミュージックビデオを制作。テレビでは、ドラマ「木下部長とボク」(ytv系)、「the 波乗りレストラン」(日本テレビ系)「ROOM of KING」(フジテレビ)の脚本と演出。「デカ黒川鈴木」脚本、「サラリーマンNEO」脚本参加。舞台では「GOD DOCTOR」「SINGER5」の作・演出。著書に『生きるコント』『生きるコント2』、絵本『グミとさちこさん(画、荒井良二)』などがある。
オフィシャルホームページ: http://ellie-office.com/
大宮エリーさん最新情報
○毎週水曜22:00~USTREAM番組「スナックエリー」配信中
○毎週土曜夜9時連続ドラマ「三毛猫ホームズの推理」(嵐・相葉雅紀さん主演)の脚本を執筆中!

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、大宮エリーさんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.32(2012年5月10日付夕刊 東京本社版)