ビックリはてな「!?」を生み出すデザインをしたい

 トヨタ自動車の企業広告(ドラえもんシリーズとReBORNチャンネルシリーズ)のアートディレクターを務める佐野研二郎さん。キャンペーン広告の制作過程、デザインする上でこだわったこと、また広告のこれからや可能性などについて聞いた。

ドラえもんを起用したトヨタの広告
作っていく過程は、精度の高いパス回し

佐野研二郎氏 佐野研二郎氏

――トヨタ自動車の企業広告の中で、ドラえもんをキャラクターとして起用したシリーズは特に話題となっています。

 現在、トヨタ自動車のリボーンキャンペーンでは戦国武将が登場するシリーズとドラえもんのシリーズとReBORNチャンネルという3つのフレームがあります。僕はドラえもんとReBORNチャンネルのシリーズのアートディレクションを担当しています。

 最初は「FUN TO DRIVE, AGAIN.」というキーワードに対して、道路標識をモチーフにしたロゴを考えました。丸い標識の中にクルマのかたち、色は水色。それが、なんだかドラえもんに似ていたことから、CDの佐々木さんから「ドラえもんはどうか」と電話をいただいたんです。最初のブレストで(メンバーは佐々木宏さん、副田高行さん、澤本嘉光さん、前田知巳さん、佐野研二郎さん他)、クルマは将来、スマートフォン化するかも、極端に言えば、クルマは将来、行き先を設定さえすればハンドルを握らなくても目的地に到着するとか、移動しながら映画を見るとか、今よりもっと夢あるスマートな空間になるかもしれないという話をしていました。ドラえもんも一緒にいたら楽しい存在なはず。そこから、クルマのスマートフォン化から、「クルマがドラえもんになっていく」というアイデアにつながっていきました。

――現在の広告業界を牽引(けんいん)するクリエーターが集結しています。多忙の中、打ち合わせなど時間を合わせるのは大変なのでは?

 打ち合わせが終わったあと、そのときに出たキーワードにまつわるビジュアルを一気にビジュアル化していきました。参加したメンバーに一斉に送信するんです。そうすると、あちこちから「もっとこうしたら良くなるのでは」とか「こういうストーリーで展開したらどうか」など、メールを介して24時間ブレストしている状況です。うかうかしていたら、話に乗り遅れてしまうくらい、即反応、即対応する。サッカーで例えるなら、ゴールに向かって精度の高いパスまわしをしているセリエAのような状況です。

――広告づくりにおける基礎体力があるからこそ、だからできることだと思います。

 普段から素振りして練習をしていなければバッターボックスに立つこともできませんからね。僕もいまだに緊張して素振りしてます(笑)。広告業界で働くようになって16年が経ちますが、今、一緒に仕事をさせていただいている方々から、あらためて刺激を受けています。ドラえもんシリーズを手がけている佐々木宏さんをはじめ、CMプランナーの澤本さんや東畑さんも、コピーライターの前田さんも、それぞれがクリエーティブディレクターとしても仕事をされている方々。そんな濃いメンバーの中で仕事をしていると、改めてアートディレクションの可能性を考えるようになります。たとえば、コピーワークやセリフ回しなど到底かなわないこともあるが、漠然としたイメージやキーワードから、ビジュアル化することは誰よりも得意で、そのビジュアルアイデアからキャンペーンを組み立てることができる、とか。

――デザインする上で何か大切にしていることはありますか?

 ビックリはてな「!?」を生み出しているかどうか。誇張すればいいわけではありませんが、何か新しい役に立つ情報や話題にしたくなることを提示することは、デザインにとって欠かせない要素であり価値だと思っています。たとえば正月に親戚が集まったときや、美容院に行ったとき、「最近、なんの仕事をしているの?」と聞かれて、「これこれ、これです」と言ったとき、「あれ、面白いよね」って言ってもらえるようなモノを作りたいという気持ちは昔から変わりません。短いワードで説明できて、みんなの印象に残るもの、そういうビックリはてな「!?」を作ることが、楽しいし、デザインの価値だと思います。

 もちろん、ビックリはてな「!?」を生み出すだけでなく、広告する商品やサービス、ブランドなどのファンになってもらうことも重要なミッションです。僕は人の記憶に残ったり面白いと興味を持ってもらえたりするものの多くは、完璧すぎないものだと思います。たとえば頭も切れてイケメンでブランデーが似合いそうな隙がない雰囲気なのに、実はお酒が飲めずチョコレートが大好きだとか。そんなちょっとしたギャップがあると、親近感を覚えたりすると思うんです。もちろん、広告するものや内容にもよりますし、そのバランスは難しいんですけど。ユーモアや面白みがミックスされることで、ブランドに人格が出るような気がするんです。

 

ウェブによって、既存の広告メディアの表現の幅が広がった

――ドラえもんの顔とクルマのタイヤで構成された元日の広告は、インパクトがありました。ウェブが当たり前に存在する今、新聞広告のつくりかたは以前と比べて変わりましたか?

2012年1月1日付 朝刊 2012年1月1日付 朝刊

 正月広告だから、どういうレイアウトがいいのかと考えていたら顔とタイヤだけのビジュアルには到達しなかったと思います。ReBORN、「FUN TO DRIVE, AGAIN.」、スマートフォン、クルマのドラえもん化など、打ち合わせで出てきたキーワードから様々なビジュアルをつくり、どういうコミュニケーションをするかを膨らませていき、その一部を新聞用に切り出しているというイメージです。

 ときどき「広告は効かなくなっている」という話、聞きますよね。けれども、全くそんなことはないと思っています。実際、ドラえもんシリーズもテレビCMの1コンテンツがYouTubeで1,000万回以上再生されていたり、新聞広告が出稿された朝、ツイッター上で新聞各社の紙面画像が飛び交ったり、フェイスブックで話題になったりしている事実がある。単純に面白いもの、目立つものを発信すれば、実は見ているし、拡散もしてくれる。だから、新聞広告やテレビCMがウェブの発達によって衰退したとは全く思っていません。あらたな仕組みができたおかげで、既存の広告メディアの表現の可能性が広がったとポジティブにとらえています。たとえば、外食する人が減ったから客足が減ったと嘆く前に、本当においしい料理を提供していたのか、店の雰囲気や定員の態度は悪くないかなどあらためて見直す必要があるはず。広告に関しても、それと同じタイミングだと思います。とにかく効果が出るようにつくる、その一言に尽きます。

――ミツカンの「とろっ豆」、山形の米「つや姫」、エステーの「家庭用放射線測定器」のパッケージをはじめ、サントリーボス「ゼロの頂点」の壮大な世界観が話題の広告まで、実に幅広く仕事を手がけています。

佐野研二郎氏 佐野研二郎氏

 これだけ多くのデザイナーがいる中、MR_DESIGNにまた頼もうと思って声をかけてもらえることは、喜ばしいことです。その期待に少しでも応えるためには、プレゼンのギリギリまで少しでも良くなることがないか探り続け、入稿ギリギリまで粘ります。たとえば、0.1ミリ、ロゴの位置をずらしたところで印象は極端に変わることはないんだけど、そうやって繰り返し検証していると、急に今まで見えていなかったことに気づいたりするんです。それをきっかけに芋づる式に新しいアイデアが出てくることもある。ディテールを詰めて、さらに大きく見て修正して、またディテールへ。絵をかくような作業と全く同じにやっています。
仕事をすればするほど、アートディレクターの仕事の奥深さを感じているこの頃です。

 
 
aaaaaaaaaaaaaaaaa ミツカン「とろっ豆」
aaaaaaaaaaaaaaaaa 「つや姫」パッケージデザイン
aaaaaaaaaaaaaaaaa エステー「家庭用放射線測定器」

机の上で見守ってくれているドラえもん

ドラえもん ドラえもん

 まず、フォルムがかわいい。あらためてドラえもんを見ると、色とかたちのバランスが美しいことにも気づきます。のび太くんが困っていると道具を出して解決してくれるドラえもん。ものをつくる人はドラえもんのような存在であるべきなのかもしれない、と思っています。机の上に置いておくと、「どれどれ、できたかな?」と優しく見守られている気分になるんです。後ろに手を組みながらニッコリ笑っていて、威張った感じでもない。自分にとっての指針のような存在でもあります。

佐野研二郎(さの・けんじろう)

アートディレクター/クリエイティブディレクター MR_DESIGN代表

1972年生まれ。多摩美術大学グラフィックデザイン科卒業、博報堂入社。HAKUHODO DESIGNを経て、2008年MR_DESIGN設立。主な仕事に、トヨタマーケティングジャパン「ReBORN」、サントリー「BOSSゼロの頂点」「BOSSプレッソ」「グリーンDAKARA」や、au「LISMO!」、日光江戸村「ニャンまげ」、東京放送/TBS「Tブー!S」等のキャラクターデザイン、テレビCMのアートディレクション。東京ADC賞、NY.ADC賞、ONE SHOW DESIGN、英国D&AD賞、グッドデザイン賞、東京TDC賞など受賞多数。www.mr-design.jp 

※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、佐野研二郎さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)

広告特集「新聞広告仕事人」Vol.31(2012年4月5日付夕刊 東京本社版)