クリエーティブエージェンシー、博報堂ケトルの代表を務める嶋浩一郎さん。約1カ月にわたり掲載された池田模範堂のMUHI(ムヒ)の広告は、最近手がけた仕事のひとつ。新聞というメディアを選んだ理由、また広告メディアを選ぶポイント、新聞広告の可能性などについて聞いた。
企業の課題解決方法を、ゼロベースで発想
――嶋さんが手がけた仕事は本屋大賞のプロデュースをはじめ、社長島耕作就任キャンペーンや週刊少年サンデー・週刊少年マガジン50周年コラボ企画など、今までの広告制作とは違ったアウトプットで話題となりました。
一見すると多岐にわたって仕事をしているようですが、根本は一緒。企業の課題解決をコミュニケーションの領域で考えた結果なんです。博報堂ケトルは広告制作を手がけるクリエーティブエージェンシーですが、課題解決に結びつくことであればその方法は広告に限りません。クライアントにとっての解決すべき課題を理解し、解決方法をゼロベースで考えていきます。パッケージをリニューアルすることが最善の方法であればそうするし、テレビCMのときもあるのです。
――そういった考えを持つようになったきっかけは何だったのですか?
博報堂に入社したとき、最初に配属されたのがPRの部署でした。PRをする上では広告もひとつの部品なんです。メディアの方に記事を書いていただく方法もあれば、広告を打つという方法もある。一般的な広告以外にも世の中を動かす手段がたくさんあることを、その部署にいたときに実感していました。だから、今、やっていることは、自分にとってはふつうの感覚なんですよ。僕らの仕事はポスターやCMを作ることではなく、商品が売れたり、ブランドを知ってもらったり、好きになってもらうこと。その手段としてあらゆる可能性を模索し、テクノロジーも駆使する。そのほうが楽しいですし、お客様にも喜んでもらえると思っています。
「これは私に向けたメッセージ」と受け取ってもらう構造を、新聞で作る
――池田模範堂のMUHIの広告も、同様の考え方で制作したのですね。
MUHIといえば夏というイメージが強いですが、実際にはあかぎれやひび割れ、乾燥によるかゆみ肌の治療薬など冬に使うMUHIが何種類もあるんです。冬にもMUHIという事実はニュース的な情報でもあると思い、メディアは毎日ニュースが掲載されている新聞が向いているかもしれないと考えていきました。
新聞広告は読者層が広く、特定のターゲットに対するメッセージを発信することは難しいと思われがちですが、今回の場合は、ターゲットは子育てや家事をしている主婦。その方々に「これは私に向けたメッセージ」と受け取ってもらう構造を作る必要がありました。そのために、たとえば新聞の4コマ漫画を毎日チェックするように、MUHIの広告を見てもらえるにはどうしたらいいか考えました。
具体的には、ターゲットが「あるある!」と思わずうなずくような共感できるコピーとイラストで展開しました。季節の移り変わり、社会情勢、祝日など身近なニュースと複数あるMUHIの商品を絡ませ、毎日連続して掲載する。そういったコントロールができるのは、毎日発行される新聞だから。主婦の方々は、子育てや家事の合間、ほっと一息ついたときに新聞を見るだろう、そして忙しくてもきっとテレビ面は目を通すはずだと想定し、掲載する面はテレビ面の右下を選びました。
――新聞広告のあり方自体、ゼロベースで考えた結果ですね。
手もとにはスマートフォンが常にあり、電車の中ではトレインチャンネルや中づり広告、駅のホームにはポスター、街にはデジタルサイネージやショーウインドー、会社ではパソコン・・・・・・と、新聞、テレビ、ラジオ、雑誌のほかにもメディアが街にあふれています。それらの情報の多くは、何かをしながら見る程度。そう考えると、ラジオや雑誌は特定のターゲットに向けたメディアであることも分かります。それらをどう活用するかだと思います。トレインチャンネルやデジタルサイネージも特定の時間、特定のターゲットに対してコミュニケーションができるメディアです。夜、サラリーマンが帰宅する時間帯を狙って「ハイボールを飲みましょう」というメッセージを出すこともできますからね。そういったメディアの潮流を踏まえ、いつ、どこで、誰が、どのタイミングで情報を見ているか注意深く観察していけば、メディアの選び方、発信の仕方が見えてくると思います。それは、広告制作に携わる人たちが持つべき基本スキルだよねっていうのが僕らの意見。
あと、今はソーシャルがはやっているから、ソーシャルを使うことが「新しいこと」をしていると錯覚する傾向があります。ソーシャルの機能が必要であれば、ラジオや雑誌だって候補に入れるべき。ラジオはある意味、元祖ソーシャルメディアであり、雑誌にはもともとコミュニティーがありますからね。新しいメディアだからいいとか、安直に考えるのはどうかと思うんです。突き詰めて考えれば、この課題解決には折り込みチラシが最高だよねってこともありますし。あくまでもSNSは情報が拡散するインフラのようなもの。拡散される情報のネタ元はマスメディアから発信されているものが多いんです。だから面白いネタをもとに魅力的なコンテンツを企画できる人にとっては、いい世の中じゃないかな。自分たちの情報を拡散してくれる、イケてるインフラが作られたことに感謝して活用したらいいと思います。
朝刊 小型広告 2011年10月31日~11月4日 全30回 (内5回)
一番のネタ元は新聞
――嶋さんがお持ちの幅広い知識がお仕事の源になっていると思いますが、どのように情報収集しているのですか?
一番のネタ元は新聞なんですよ。たとえば、カピバラの習性からウズベキスタンの政治のこと、着物の歴史について、自分の意思とは関係なく幅広い分野の情報に偶然出会うことができますよね。それらをネットでも知ることができるかもしれないけれど、一堂に会したそれらの情報を自ら検索することは、まずないですから。
自宅での購読紙は5紙。全てかばんに入れて持ち歩き、仕事の合間や移動中に読んでいます。タクシーで読むことも多いので、空車のタクシーに読書灯がついているかどうか、瞬時に見分けることもできるんですよ。忙しい日が続くと、かばんの中は新聞だらけ。どっさり新聞が入ったかばんを持ち歩く姿は怪しいです、きっと(笑)。
テレビも見ています。オフィスに数台あるテレビは常につけっぱなしです。ラジオもBGMのように流れています。毎日チェックするサイトは30個くらい。スタッフにもチェックをお願いしていて、面白いニュースや記事があれば逐一教えてもらっています。もちろん、SNSも活用しています。本や雑誌も昔から大好き。情報オタクなんだと自覚しています。
愛用しているのは、
モレスキンの手帳/ぺんてるのサインペン/ペリカーノジュニアの万年筆
1日1ページで展開するモレスキンのデイリータイプの手帳。ラージサイズです。そこに予定を書き込んでいきます。書き込むときのペンはペリカーノジュニアの万年筆。ドイツの小学生が書き方を覚えるときに使うものだそうです。普段づかいにはぴったりの万年筆で、何本も持っています。書き込んだ予定は○や□で囲んでいきます。○は自分ひとりでおこなう作業の時間。□は打ち合わせや取材など拘束される仕事。終わったものはピンクのサインペンで斜線を入れていきます。ぺんてるのピンクのサインペンは、ヨーロッパに行ったときに買いだめしています。
博報堂ケトル クリエイティブディレクター/編集者
1968年生まれ。1993年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR活動に携わる。2001年朝日新聞社に出向。スターバックスコーヒーなどで販売された若者向け新聞「SEVEN」編集ディレクター。02年から04年に博報堂刊『広告』編集長を務める。2004年、「本屋大賞」を立ち上げる。現在NPO本屋大賞実行委員会理事。06年既存の手法にとらわれないコミュニケーションを実施する「博報堂ケトル」を設立。
カルチャー誌『LIBERTINES』(太田出版)共同編集長、食材カルチャー誌『「旬」がまるごと』(ポプラ社)プロデューサー、カルチャー誌『ケトル』(太田出版)編集長、エリアニュースサイト「赤坂経済新聞」編集長など、メディアコンテンツにも積極的に関わっている。編著書に『childlens』(リトルモア)、『嶋浩一郎のアイデアのつくり方』(ディスカヴァー21)、『企画力』(翔泳社)、『このツイートは覚えておかなくちゃ。』(講談社)、『人が動く ものが売れる編集術 ブランド「メディア」のつくり方』(誠文堂新光社)がある。
※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、嶋浩一郎さんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)
広告特集「新聞広告仕事人」Vol.29(2012年2月9日付夕刊東京本社版)
朝刊 小型広告 2011年10月31日~11月4日付 全30回