TBWA\HAKUHODOのシニアクリエイティブディレクターとしてアディダス ジャパンの広告制作を手がけている、佐藤カズーさん。広告制作のみならず、ジャージーやシューズなど商品のプロモーションやキャンペーンの企画など、今までにない新しい切り口のコミュニケーションを成立させている。広告への思いなどを聞いた。
――アディダス ジャパンの広告を手掛けるようになったのは、いつ頃からですか?
2009年の秋の「SKY COMICプロジェクト」が最初にやらせてもらった仕事です。これは2010年サッカー・ワールドカップ南アフリカ大会に出場する日本代表選手を応援するためのプロジェクト。各代表選手とそれぞれ縁のある土地のサポーターと一緒に、25メートルプール相当の巨大なコミックを制作しました。完成した絵は空撮し、制作過程とともに特設サイトにアップしています。南アフリカへと旅立つ選手たちに上空から見てもらえるように、完成した全コマを羽田空港の脇の砂浜に並べたりもしました。
現在はアディダス ジャパンがサポートするホノルルマラソンをはじめ、野球、テニス、バスケットボールなど各スポーツのジャージーやシューズといったプロダクトにまつわる広告や、店頭でおこなうキャンペーンの企画などにもかかわっています。
優勝がもたらした、日本にとっての「希望」
――女子ワールドカップドイツ大会の決勝戦当日と優勝した日はアディダスの広告が新聞に掲載されましたが、澤選手を中心に歓喜する選手たちの写真は印象的でした。
僕は広告会社の立場から、この広告のクリエーティブディレクターも務めさせてもらいました。
今、あらためて二つの広告を並べて見ると、試合前の期待と緊張、見事優勝を果たした喜びと感動がよみがえるようですよね。キラキラと舞い散る紙吹雪がつかめそうなほど臨場感のあるあの写真には僕も心揺さぶられたました。なでしこジャパンがつかんだ優勝というニュースが、現地スタッフからクライアント、クリエーティブチーム、そして新聞を見る人たちへ、まるで大事なものを届けるリレーの一員ように感じながら作っていたことを思い出します。
――この夏、アディダスの店頭で展開された「気温割」キャンペーン(気温が35度を超えたら35%、36度なら36%割引)は話題になりました。
CLIMA COOL(クライマクール)という素材を使ったウエアやシューズを広告するための仕組みとして「気温割」というキャンペーンを考えました。うだるような暑さでも何かいいことがあれば、辛くても楽しめるはず、という仮定のもと企画しました。いろいろなメディアで取り上げてもらえたので話題になり好評でした。
――その他の仕事では、P&Gアリエールが行っている、被災地を洗濯で支援する活動にもかかわっていますね。
この活動は、洗濯支援というダイレクトな形で被災地の方々を応援し、日常や希望を取り戻していただくお手伝いをするという、 P&Gさんが世界中の被災地で実施してきたプログラムでした。今回、新たに取り組んだ「いいね!支援」は、活動内容を紹介したフェイスブックで「いいね」が押された数に応じて活動資金が増額されるという仕組みで、押しつけではなく企業と被災地と人とがエンゲージされた良い例だと思います。「いいね」はこの場合英語だと「Like」ですが、日本語の「いいね」って言葉はすごく深くて、特にこういった支援プログラムにおいては日本人のビヘイビアーに合っている気がしました。それを新聞媒体を通じて広く知っていただくことで、今までフェイスブックをやったことがないという人も「やってみる」きっかけになったと思うし、フェイスブックを見てもらえれば被災地の現状とともに、洗濯支援という取り組みの深さも知ることができます。
クリエーティブの原動力は、「悔しさと怒り」
――今までにないユニークなアイデアは、どのように生まれるのですか?
面白いアイデアを考えようとしているのではないんですよ。新しいものをつくるためには、必然的に人と違うことをする必要がある。その結果、アウトプットの表現がユニークに見えるのだと思っています。
僕にとってのクリエーティブの原動力は、「悔しさと怒り」です。日々さまざまな広告をチェックしていると、今まで見たことのない新しい仕組みや面白い表現に出会うことがあります。そのたびに悔しく思うんです。自分にはもう新しいアイデアは生みだせないかもしれない・・・・・・と不安になったりもしますが、負けずに前に進みたいと思います。
僕は他の人のような才能がないので、ひたすら努力の毎日です。日本はもちろん、世界のトップクリエーターは365日、必死に考え新しいものを作り出します。その人たちに追いつき、追い越すためには泥まみれになって走るしかないと思っています。
――アグレッシブですね。
TBWA\HAKUHODOはTBWAの外資の文化が色濃く、世界のクリエーティブが身近に感じられるんです。その分、世界の壁は高いことも実感します。だけど、高い壁だからこそ乗り越えて見たくなるんです。目標はカンヌのグランプリを受賞すること。そうしたら初めて「なでしこジャパン」の選手たちと肩を並べられるかもと、勝手ながら思っています。
――佐藤さんが考える新聞広告の可能性は?
時代はリアルタイムなもの、取れたての情報を求めています。情報をリアルタイムで発信したり、知らない人と共感したりすることは、デジタルメディアの得意分野です。リアルタイムという観点から考えると、新聞は若干のタイムラグがあるのは否めません。だけど、新聞の情報は知識として自分の中に蓄積させることができると思うんです。料理にたとえたら、新聞の情報は食べる人のことを思って有機野菜で作った手作りのお弁当。スピード重視のファストフードもおいしいけれど、栄養を考えたら、やっぱり手作りの料理がいいですよね。
新聞はオーセンティックで社会性が高いため、企業の社会的な活動を届けるメディアにも最適です。掲載するメディアによっては、取り組む内容の規模が実際より小さく見えたり、真剣さがアピールしきれなかったりすることもあると思います。
――では、最後にこれから広告業界を目指す人に向けてメッセージをお願いします。
クリエーティブな仕事では、クリエーティブディレクターとかアートディレクター、フォトグラファー、スタイリストなど横文字系の職種が集まります。一見、かっこいいですよね。でもそんな上面にあこがれるのではなく、大志を抱いて来るべきだと思います。実際、採用面接で10年後の目標を聞くと、答えられない人が多いんですよ。そもそも、広告を作ることが目標だなんて小さすぎます。広告を作ることは目的じゃなくて、もっと未来を見据えて何がしたいのか考えてみたらいいと思います。その入り口が広告であるくらいで、ちょうどいいのです。
今年からカンヌ国際広告祭の「広告」という言葉がなくなりました。それは商品やサービス、ブランドのプロモーションにおける表現の枠が取っ払われたことを意味します。これからは、ますます広告という枠にとらわれず、何かを伝えるすべてに挑戦してみたいと思っています。
思いついたアイデアは、iPadでメモ
少し前まではアイデアはノートにメモしていました。最近はもっぱらiPadのEvernoteを活用しています。思いついたことは全てEvernoteに入力。ノートとペンでやっていると、考えるのをやめるタイミングが難しかった。iPadだと「電池が切れるまで」しかできない。電池が切れた時点で、気持ちをスパッと切り替えられるんです。ムダにダラダラ考えることもなくなりましたよ。
ハンティングで狙うは、ライオン
エントランス近くにあるラウンジスペースには、ずらりと広告賞受賞記念のトロフィーがディスプレーされている。佐藤さんがTBWA\HAKUHODOに入社してから、その数はぐんと増えたという。世界三大広告賞の最高峰とも言われるカンヌライオンズ。「ハンティングで狙うはライオン」と、壁にはライオンの頭部が飾られている。「まさか本物の剥製(はくせい)?」恐る恐る聞いてみると、特殊メークで制作したものだとか。口の下に近づくと、センサーが反応して「ガオー」と鳴く小細工もあり。
TBWA\HAKUHODOエントランスのライオン
TBWA\HAKUHODO シニアクリエイティブディレクター
ソニー・ミュージックエンタテインメントを経て、2010年9月からTBWA\HAKUHODO入社。ノンバーバル&メディアの枠を超えたビッグアイデアで、カンヌ国際広告祭(現カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル)金獅子賞をはじめ、100を超える国内外の賞をこれまでに受賞。また広告にとどまらず、CDジャケットデザイン、ミュージックビデオやコンサート演出なども手がけている。
※新聞広告を手がけるクリエーターにインタビューする、朝日新聞夕刊連載の広告特集「新聞広告仕事人」に、佐藤カズーさんが登場しました。(全国版掲載。各本社版で、日付が異なる場合があります)